第12話:砂漠の蜃気楼! 巨大サソリのチリソースがけ
「……ツヨシさん、もう限界です。僕の体、たぶん今なら美味しい『ハンスの干物』になっちゃいますよ」
ハンスは、どこまでも続く黄金の砂丘の上で、カサカサに乾いた声を漏らした。ここは灼熱の砂漠『カ・ラ・マーレ』。気温は優に五十度を超え、蜃気楼がゆらゆらと地平線を歪めている。
「弱音を吐くな。第11話で食ったドラゴン・ジャーキーの魔力はどうした。あれを食えば、あと三日は不眠不休で走れるはずだぞ」
ツヨシは涼しい顔で、愛用の包丁『鳳凰』を日傘代わりに(!)構えながら歩いていた。鳳凰の刀身が放つかすかな冷気が、彼の周囲だけを快適な室温に保っているのだ。
「あれ、依存性が高すぎて……食べ終わった後の虚脱感がすごいんですよ! それより、王女様の伝令……『最近、刺激が足りないわ。口の中で暴れるような、真っ赤で辛くて、プリップリの何かが食べたい!』って、絶対僕たちのこと殺しに来てますよね?」
「ふん、あの我儘娘め。だが、狙いは悪くない。砂漠の底には、最高の『エビ』に似た食材がいる」
「エビ!? 砂漠にですか?」
その瞬間、足元の砂が大きく盛り上がった。
ズズズ……ズガァァァン!!
砂飛沫と共に姿を現したのは、戦車ほどもある巨大な漆黒の塊。毒々しく光る二本の巨大なハサミと、天を突くような鋭い尾の針。ランクAの魔獣『大砂蠍』だ。
「ヒィィィッ! サソリだ! エビじゃなくて、ただの巨大な毒虫じゃないですか!」
「ハンス、外見で判断するな。サソリは節足動物だ。殻を剥けば、中身はロブスターをも凌駕する弾力と甘み、そして魔力のキレがある。特にこの『カ・ラ・マーレ』産は、砂の熱で身が締まっていて最高だ」
ツヨシの目が、料理人の鋭い査定眼へと切り替わった。
「よし、ハンス。お前は囮だ。あいつのハサミを引きつけろ」
「ええぇぇ!? またですか!? クラーケンの時もそうでしたよね!? 僕は食材の引き立て役じゃないんですよ!」
「安心しろ、死なせはせん。……たぶん」
ツヨシはそう言うなり、鳳凰を逆手に持ち替え、砂の上を滑るように加速した。
大砂蠍が激怒し、巨大なハサミを振り下ろす。ドォォォン! という衝撃と共に砂が爆発するが、ハンスは必死の形相でそれを回避し続けた。
「わぁぁ! 来るな! 僕は美味しくないぞ! 砂混じりだぞ!」
「いいぞハンス、そのままキープだ。……鳳凰、火龍の熱を解き放て!」
ツヨシが鳳凰の刀身を砂に突き立てた。第11話で火龍のブレスを吸収していた鳳凰が、一気に熱エネルギーを解放する。
「ツヨシ流・砂漠調理法――『大地加熱』!」
周囲の砂が一瞬にして真っ赤に熱せられ、巨大サソリの足元が「巨大なフライパン」と化した。
「ギチチチチッ!?」
熱さに悶絶するサソリ。殻の中で身が蒸され、ちょうどいい「湯通し」の状態になっていく。
「よし、殻の中で旨味が凝縮されたな。次は下処理だ!」
ツヨシが跳躍した。空中で独楽のように回転しながら、サソリの頭上へと舞い降りる。
「昇天・殻剥き一閃!」
鳳凰が閃光となって、サソリの強固な外殻の「節」の部分だけを的確に叩いた。ガキィィン! という金属音が響き、サソリの漆黒の鎧が、まるでパズルが解けるようにバラバラと剥がれ落ちていく。
現れたのは、透き通るようなピンク色の、プリップリに盛り上がった純白の身。
「おおぉ……綺麗だ。ハンス、特製チリソースの準備だ!」
「はいっ! 第10話のクラーケン墨と、第9話の爆発ジャガイモから抽出したデンプン、それに砂漠の辛子サボテンを調合した『ツヨシ特製・地獄チリソース』ですね!」
ハンスがリュックから巨大な瓶を取り出し、空中に放り投げた。
「鳳凰・旋風刻!」
ツヨシが空中で瓶を粉砕し、中身のソースを鳳凰の風圧で操った。真っ赤なソースが竜巻となって、剥き出しになったサソリの身に絡みついていく。
「ギチッ……ギチチッ……(熱い、でも美味そう……)」
サソリ自身も、自分の身に絡みつくソースの芳醇な香りに、一瞬戦意を喪失したかのようだった。
「仕上げだ! 鳳凰、火龍の『予熱』をもう一度!」
ツヨシは鳳凰を鞘に収める直前、刀身に残ったわずかな熱をソースに叩き込んだ。ジュゥゥゥッ!! という景気いい音と共に、辛味成分が熱で活性化し、サソリの身の深くまで浸透していく。
――数分後。
砂漠の真ん中には、真っ赤なチリソースを全身に纏い、完璧に「チリソースがけ」となった巨大サソリ(の中身)が、皿のような平らな岩の上に鎮座していた。
「……完成だ。『大砂蠍の爆炎チリソース・蜃気楼仕立て』。ハンス、フォークを出せ」
「……これ、もう魔獣じゃなくて高級中華料理にしか見えませんね」
ハンスはおそるおそる、ソースの絡んだ大粒の身を口に放り込んだ。
「!! ……っ! 辛い! 痛い! でも……止まらない! エビよりプリップリで、噛むたびにソースのコクとサソリの野生的な旨味が脳を直撃します! ツヨシさん、これお酒! 冷えたエールが欲しいです!」
「残念ながら、ここには熱い砂しかない。……だが、安心しろ。王女の元へ届ける頃には、鳳凰の冷気でちょうどいい『冷製チリ』になっているはずだ」
ツヨシは満足げに腕を組み、残ったサソリの殻(これはこれで盾の素材になる)をハンスに担がせた。
「さあ、帰るぞ。次のメニューは何だろうな」
「もう嫌だ……次はせめて、動かない植物とかにしてくださいよ……」
砂漠の夕陽が、真っ赤なチリソースの色と重なり、不気味なほど美しく輝いていた。ツヨシたちの胃袋と伝説は、また一段と膨らんでいくのであった。




