第11話:灼熱の火龍(ドラゴン)! 最高の燻製を作れ
「……あの、ツヨシさん。一つだけ確認してもいいですか?」
ハンスは、目の前でゴロゴロと煮え滾る溶岩の川を指さしながら、震える声で尋ねた。
「なんだ」
「僕たちが今いるのは、死の火山帯『ヘレナの喉笛』ですよね? 観光地じゃないですよね?」
「当たり前だ。エルゼ王女の伝令を忘れたのか。『海鮮の次は、保存の利く最高級の肉料理……そう、香ばしい燻製が食べたいわ!』だとさ。あのアマ、いつか絶対にタダで食わせてやるもんか」
ツヨシは苛立ち紛れに、腰の『鳳凰』の柄をパシッと叩いた。第10話のクラーケン戦で存分に海鮮を調理した『鳳凰』は、心なしか「次は肉だ」と言わんばかりに熱を帯びている。
「でも! 燻製なら豚肉とかでいいじゃないですか! なんでわざわざ、火を吐くドラゴンを狩りに来るんですか!」
「ハンス、お前は分かってないな。ドラゴンの肉は強靭だ。普通に焼いてもゴム草履みたいに硬い。だが、火龍の肉には、体内の魔力によって常に『予熱』が通っている。これを火山の噴煙でじっくり燻せば……」
ツヨシの目が、殺し屋の冷徹さと、美食家の狂気を孕んでギラリと光った。
「世界最高の『ドラゴン・スモークジャーキー』ができる。想像してみろ、噛むたびに溢れ出す濃縮された魔力の旨味を」
「……あ、ヨダレ出てますよ、ツヨシさん」
その時だった。
火口の奥から、空気を震わせる咆哮が轟いた。
ゴガァァァァァァン!!
岩壁を突き破り、深紅の鱗に包まれた巨躯が現れた。全長二十メートル。吐息だけで周囲の岩を溶かす、ランクSの災厄――『灼熱龍ヴォルカノス』。
「き、出たぁぁぁ! ドラゴンだ! 本物のドラゴンだ!」
ハンスが岩陰に転がり込むのと同時に、ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。
「来るぞ! 直撃したら消し炭だ!」
ヴォルカノスの口から、数千度の超高温ブレスが放たれた。紅蓮の炎が津波となってツヨシを飲み込もうとする。
「……ちょうどいい火加減だ。鳳凰、吸い込め」
ツヨシは一歩も引かず、『鳳凰』を鞘ごと前方に突き出した。
するとどうだ。襲いくる炎の奔流が、まるで吸い込まれるように包丁の鞘へと吸着し、渦を巻いて消えていくではないか。
「ブレスを……食った!? 伝説の包丁は、ドラゴンの火まで燃料にするんですか!?」
「当たり前だ。第9話のジャガイモ爆発を吸った時より、こっちの方が質がいい。……さて、下準備(狩り)を始めるか」
ツヨシが跳躍した。
背後でハンスが叫ぶ。
「ツヨシさん! 燻製にはサクラのチップとか、香りのいい木が必要ですよ!」
「そんなもん、そこら辺の『千年枯れ松』をドラゴンの火で炙れば十分だ! お前はチップを砕いておけ!」
空中で『鳳凰』が抜かれた。
今や刀身は、太陽よりも眩い白熱光を放っている。
「ツヨシ流・空中解体術――『昇天・乱れ叩き』!」
ツヨシはドラゴンの背の上を、重力を無視したスピードで駆け抜けた。
彼の振るう『鳳凰』は、肉を斬るのではなく、特定の部位を「叩いて解し、筋を切る」という、マッサージに近い超高速の打撃を繰り出していく。
バババババババッ!
「グオォォッ!?」
ドラゴンが困惑の声を上げる。攻撃されているはずなのに、なぜか体が軽くなり、肉質が極上の柔らかさに変化していくからだ。
「よし、肩ロースとバラの部分が最高の状態になったな。……仕上げだ!」
ツヨシがドラゴンの喉元へ肉薄する。
ドラゴンが再びブレスを吐こうとした瞬間、ツヨシはその巨大な顎を下から蹴り上げた。
「鳳凰・真空烈波!」
包丁を一閃させると、真空の刃がドラゴンの首筋の鱗だけを、綺麗に一枚残らず剥ぎ取った。
「ハンス! 今だ、チップを火口に放り込め!」
「う、うわぁぁぁ! やるしかないんだな!」
ハンスが意を決して、用意していた香木のチップを溶岩の中へぶち込む。
モクモクと立ち上る、芳醇でスモーキーな煙。
ツヨシは逃げようとするドラゴンの尻尾を掴み……いや、正確には『鳳凰』から放たれる熱の鎖でドラゴンを拘束し、そのまま煙の渦の中へと叩き込んだ。
「な、なんて無茶苦茶な! ドラゴンを生きたまま燻製にする気ですか!?」
「鮮度が命だからな。生きたまま魔力を循環させつつ、煙を通す。これが秘伝の『ライブ・スモーキング』だ!」
煙の中で、ドラゴンが苦しそうに、しかしどこか気持ち良さそうに(?)悶絶している。
ツヨシは煙の密度を『鳳凰』の回転でコントロールし、最適な濃度に調整していく。
「一分、二分……よし。ハンス、冷水魔法のスクロール(巻物)を準備しろ!」
「えっ、次は冷やすんですか!?」
「燻製の基本は、熱を入れた後の急速冷却だ! 旨味を閉じ込めるぞ!」
ハンスが慌てて魔法を発動させる。
巨大な氷の塊がドラゴンの頭上に降り注ぎ、蒸気が爆発した。
――数分後。
火口付近には、ぐったりと横たわるヴォルカノスの姿があった。
しかし、その肉体からは、これまでの人生で嗅いだこともないような、芳醇で、重厚で、食欲を極限まで刺激する「完成された燻製」の香りが漂っていた。
「……完璧だ。鳳凰、よくやった」
ツヨシはドラゴンの脇腹から、黄金色に輝く肉の塊を一切れ切り出し、ハンスに放り投げた。
「ほら、味見だ」
ハンスはおそるおそる、その「ドラゴン・スモーク」を口に運ぶ。
一口噛んだ瞬間。
「…………っ!!」
ハンスの瞳孔が開き、背後で宇宙が爆発するような幻覚が見えた。
「なんじゃこりゃあぁぁ! 濃厚! 脂が甘い! なのに後味がスッキリして、噛めば噛むほど元気が出てくる! これ、ポテトに合わせたら一生食べ続けられますよ!」
「だろうな。第10話のクラーケン墨ソースをちょっと垂らせば、さらに完璧だ」
ツヨシも一切れ口にし、満足げに頷いた。
ちなみに、中身(魔力と旨味)を吸い尽くされたドラゴンは、ダイエット後のようにスリムな体型になり、すごすごと火口の奥へと帰っていった。命は取らない、それがツヨシの「食材への敬意」だ。
「さて、王女への献上品を包むぞ。ハンス、お前も手伝え」
「はい! ……でもツヨシさん。これ、美味しすぎて途中で全部食べちゃいそうなんですけど」
「その時は、お前を燻製にするから安心しろ」
「ひぃっ! 冗談に聞こえない!」
夕焼けに染まる火山の麓、二人の影が伸びていく。
異世界での「最強の料理人(殺し屋)」の伝説は、確実にその悪名……いや、美味名を轟かせていた。




