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第10話:「空腹」を爆砕せよ! 巨大イカと炎の航海

「……なんで。なんで俺まで、こんな揺れる箱の中に放り込まれなきゃいけないんだ!」


王立海軍の突撃艦『シー・フェニックス号』の甲板で、ハンスは手すりにしがみつきながら胃の中身と格闘していた。数日前まで王宮の厨房で皿を洗っていたはずが、気づけば潮風に吹かれている。


「黙ってろ。エルゼ王女が『獲れたての海の幸が食べたい』と言い出したんだ。お前は予備の食材運び兼、盛り付け担当だ」


ツヨシは微塵も揺らぐことなく、船首で腕を組んでいた。その腰には、第8話で覚醒し、第9話でスカイ・ポテトを鎮めた伝説の銘――**『鳳凰ほうおう』**が、黒い鞘の中で静かにその時を待っている。


「獲れたてって……ここは『魔の深海域』ですよ!? 出るのは魚じゃなくて海獣モンスターばっかりだ!」


ハンスの叫びを肯定するかのように、海面が突如として盛り上がった。


ズゥゥゥゥン……!


船体に凄まじい衝撃が走り、マストが悲鳴を上げる。海中から現れたのは、一隻の戦艦を丸ごと包み込めるほど巨大な、漆黒の触手だった。


「出たぞ! ランクA魔獣『クラーケン・デス・スクイッド』だ!」


海軍兵士たちが色めき立つ。しかし、ツヨシの目は戦士のそれではなく、完全に「シェフ」のそれだった。


「……ほう。いいツヤだ。あれだけ筋肉質なら、熱を通しても縮まないだろうな」


「ツヨシさん、目が怖い! あれは食材じゃなくて死神です!」


触手の一本が、獲物を絞め殺そうと甲板に叩きつけられる。兵士たちが逃げ惑う中、ツヨシは一歩も引かずに『鳳凰』を抜き放った。


チリィィィィィン……!


空間を震わせるような鋭い抜刀音。鞘から現れた刃は、南国の太陽を浴びて、まるで生きているかのように紅い脈動を繰り返している。


「ハンス、まな板の準備をしろ。一瞬で終わらせる」


「えっ、まな板!? こんな揺れる船の上で!?」


ハンスが慌てて調理台を固定するのと同時に、ツヨシの体が跳ねた。

空中で旋回する彼の背後に、揺らめく炎の翼が幻視される。


「必殺・ツヨシ流――『鳳凰の辻斬り・ゲソ仕立て』!」


紅い閃光が走った。

巨大イカの触手が甲板を叩く直前、ツヨシの刃がそれを十数段に「輪切り」にした。しかも、ただ切るのではない。摩擦による超高熱を刃に宿らせた『鳳凰』は、切断と同時に断面を完璧に焼き固めていた。


ドサドサドサッ!


甲板に落ちてきたのは、巨大な「イカのステーキ」の山だった。切り口からは香ばしい匂いが立ち上っている。


「な、なんて手際だ……! 戦いながら下処理を終えやがった!」

兵士たちが唖然とする中、クラーケン本体が怒り狂い、墨を吐き出した。


「おっと、ソースの材料か? 気が利くな。だが、不純物が多い」


ツヨシは『鳳凰』を構え直し、飛来する巨大な墨の塊に向かって突き出した。


「鳳凰・烈火旋風!」


包丁を高速回転させると、刃から放たれる熱気が竜巻となり、墨を蒸発させながら不純物を弾き飛ばす。残ったのは、魔力によって高度に凝縮された、純度100%の「極上イカ墨エッセンス」だけだった。


ツヨシは空中でそれを空き瓶に回収し、着地する。


「ハンス、火を熾せ! オリーブオイルとニンニクを忘れるな!」


「は、はいぃっ! 料理モードのツヨシさんには逆らえない!」


ハンスは恐怖を通り越し、反射的にフライパンを振り始めた。

戦場は一瞬にして「青空(海辺)キッチン」へと変貌した。


巨大イカの逆襲は続く。本体が巨大な嘴を剥き出しにして船に乗り上げてきた。だが、ツヨシは動じない。


「いい出汁が取れそうな頭だな。鳳凰、今日は大漁だぞ」


ツヨシの殺気が最高潮に達した。

『鳳凰』の刀身が、真っ赤に熱せられた鉄のように輝き始める。これは包丁に宿る鳳凰の魂が、強敵を「食材」として認めた証拠だ。


「とどめだ。……『鳳凰・紅蓮解体』!!」


ツヨシが突進する。

巨大イカの巨体が、一瞬の閃光によって縦に真っ二つに割れた。それだけではない。内臓や不要な部位だけが正確に削ぎ落とされ、海へと還っていく。残ったのは、最高級の「身」の部分だけだった。


海面には、熱せられた刃が通った跡が蒸気となって立ち上り、まるで海の上に鳳凰が羽休めをしたかのような、美しい光の道ができていた。


「……終わったな。ハンス、仕上げだ」


ツヨシは血一滴(いや、イカの汁一滴)浴びることなく、包丁を鞘に収めた。


数十分後。

船上には、兵士たちの歓喜の叫びが響き渡っていた。

「う、うめぇ! なんだこのイカ墨パスタは! 噛むたびに海が口の中で爆発しやがる!」


「このステーキの焼き加減……鳳凰の炎で焼いたのか!? 柔らかすぎて溶けるぞ!」


ハンスも、ちゃっかり自分用の皿を抱えて頬張っていた。

「ふふふ、これですよ。この暴力的なまでの旨味! あのスカイ・ポテトの付け合わせも最高に合いますね!」


ツヨシは、一人船尾で海を眺めていた。

その手には、まだ微かに熱を持った『鳳凰』がある。


「……美味いか、鳳凰」


包丁は、満足げにチリリと一度だけ鳴った。


「ツヨシさん! 兵士たちがもっとイカ墨をくれって暴動を起こしそうですよ!」

ハンスの情けない声が飛んでくる。


「……やれやれ。殺し屋時代より、こっちの方がよっぽど忙しい」


ツヨシは苦笑しながら、再びエプロンを締め直した。

異世界の海に、香ばしいニンニクの香りが広がっていく。彼らの航海は、まだ始まったばかりだ。

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