第15話:潜入!美食暗殺者オークション――心臓は踊り、胃袋は叫ぶ
月明かりが波間に砕ける夜。魔海を往く巨大豪華客船『リヴァイアサン号』のデッキでは、世界中から集まった「食」に魅入られた狂人たちが、今か今かと開演を待ちわびていた。
「いいか、リン、ハンス。今回の目的は幻の食材『ドラゴンの心臓』だ。これさえあれば、あの不治の病に苦しむ孤児院の……」
「ツヨシ殿! 見てくだされ! この『ウニの金箔まみれ』、絶品でござる!」
「話を聞け!」
ツヨシが眉間を押さえる横で、黒いカクテルドレスに身を包んだリンが、忍術『隠行の術』を完全に無視してバイキング会場を蹂躙していた。
「シュシュシュ……! 忍法・千手観音!」
目にも止まらぬ速さで箸を操るリンの手が、まるで千手観音のように増殖して見える。高級ローストビーフ、フォアグラのムース、トリュフの天ぷらが、次々と彼女の胃袋へ吸い込まれていった。
「リンさん! 目立ちすぎですよ! 隠密任務だって言ったじゃないですか!」
蝶ネクタイを曲げ、銀盆を震わせながらハンスが嘆く。彼は今回、潜入費用の都合で「臨時ウェイター」として雇われるハメになっていた。
「安心いたせハンス殿。拙者の胃袋は四次元、証拠(食べ物)はすべて消滅させているゆえ、これぞ完璧な隠密!」
「それはただの完食です!」
オークション会場の鐘が鳴り響く。主催者は、悪名高い美食界のフィクサー、ドン・カルボナーラ。
「紳士淑女の諸君! 今宵のメインディッシュだ! 古の龍より捧げられた、脈打つ命の輝き……『ドラゴンの心臓』だ!」
ステージ上に、脈打つ巨大な青い宝石のような肉塊が現れた。会場が殺気と欲望に包まれる。
「一億ゴールド!」
「二億!」
「五億だ!」
「……ダメだ、手持ちじゃ届かない」ツヨシが苦々しく呟く。その時、最前列の闇料理人が叫んだ。「十億! それと、この会場に紛れ込んだネズミどもの首を添えてやる!」
一斉に、会場の客たちが武器を抜いた。タキシードの下からマシンガン、扇子の裏から毒針。どうやら最初から正体はバレていたらしい。
「バレたか……。リン、やるぞ!」
「待ってました! デザートの前の運動でござるな!」
リンがドレスの裾を豪快に引き裂いた。下にはしっかり忍装束を仕込んでいる。
「忍法・爆ぜる海老フライ(ばぜるえびふらい)!」
彼女が投げつけたのは、先ほどバイキングから掠め取ってきた揚げたての海老フライ(に、爆薬を詰めたもの)。
「どっかーん!」という爆音と共に、会場にタルタルソースの雨が降る。
「うわあああ! 汚れる! ドレスが汚れる!」
パニックになる悪党たちの中を、ツヨシが真っ直ぐにステージへ走る。
「どけ! 料理を汚す奴らに、その肉を触る資格はない!」
闇の料理人たちが包丁を振りかざして襲いかかる。ツヨシは腰の鳳凰を抜かず、手近にあった「巨大な生ハム」を掴み取った。
「流派・聖食一刀流――『生ハム・インパクト』!」
ガチガチに乾燥した原木生ハムが、鉄塊のごとき威力で敵の顎を砕く。さらに、ハンスが運んでいた銀盆を奪い取ると、それを盾にして銃弾を弾き飛ばし、反動を利用して跳躍した。
「リン、天井だ!」
「承知!」
リンがクナイを四方に放ち、シャンデリアを支える鎖を断ち切る。巨大なクリスタルが落下する混乱の中、ツヨシは空中を舞い、展示ケースの中の『ドラゴンの心臓』をひったくった。
「捕まえろ! 殺せ!」
ドン・カルボナーラの怒号が響く。出口を塞がれた三人は、船の厨房へと逃げ込んだ。
「袋の鼠だぜ、料理人!」
数十人の暗殺者が厨房を包囲する。しかし、厨房に入った瞬間、ツヨシのオーラが変わった。
「ここは俺の聖域だ……。おいハンス、火をつけろ。強火だ」
「えっ、ええっ!? い、今から料理ですか!?」
「リン、奴らの動きを三秒止めろ」
「容易い御用! 忍法・激辛一味煙幕!」
リンが懐から取り出したのは、超高濃度の一味唐辛子を詰めた煙玉。厨房に赤い霧が立ち込め、暗殺者たちが「あぎゃあああ! 目が、鼻が死ぬ!」と悶絶する。
その三秒。ツヨシは手に入れた『ドラゴンの心臓』をまな板に叩きつけた。
「この肉は、鮮度が命だ。一刻も早く火を通し、細胞の爆発を抑えなければならない……!」
流れるような包丁捌き。心臓が薄くスライスされ、熱したフライパンの上で踊る。
「ただ焼くのではない。この厨房にある『香草オイル』と『バルサミコ酢』、そして奴らがさっき投げてきた『火炎瓶のアルコール』で――フランベだ!」
ゴォッ! と厨房を焼き尽くさんばかりの炎が上がる。その熱風で煙幕が晴れた時、そこには絶景が広がっていた。
皿の上で、青く透き通った肉が、虹色のソースを纏って輝いている。その芳醇な香りは、殺意に満ちた暗殺者たちの戦意を根こそぎ奪い去った。
「な……なんだ、この匂いは……」
「俺は、何をしようとしていたんだ……。故郷の母さんのオムレツを思い出す……」
ドン・カルボナーラまでもが、よだれを垂らして跪いた。
「頼む……一口、一口でいい。それを食わせてくれ……! オークションは中止だ、船もやる、金もやる! だから!」
ツヨシは冷めた目で彼らを見下ろし、心臓の半分を自分たちの弁当箱に詰め、残りの半分を一切れずつ、ハンスが持つ銀盆に乗せた。
「食え。だが、代金は高くつくぞ。お前らが今まで奪ってきた全ての『食材』への謝罪だ」
翌朝、豪華客船は静かに港へ着いた。乗客たちは全員、憑き物が落ちたような穏やかな表情で下船していった。
「……で、ツヨシ殿。拙者の分の『ドラゴンの心臓』は?」
「さっき食べただろ、逃走中に一口。残りは孤児院に届けるんだ」
「……えええ! 殺生な! 拙者、あんなに動いたのに! あれっぽっちじゃ足りぬ! 忍法・空腹の舞!」
「そんな忍法作るな! ハンス、余ったローストビーフをこいつの口に突っ込め!」
「了解です! どさくさに紛れて僕も食べます!」
朝日を浴びながら、三人の騒がしい旅は、また次の「美味」を求めて続いていくのであった。




