第76話
鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む柔らかい朝の光。
俺はゆっくりと目を開けた。
広すぎるベッド……いや、かつての王城の客間をぶち抜いて作った特大のマットレスの海で、俺は完全に身動きが取れなくなっていた。
右腕にはサクリアが、左腕にはユエルが抱き着いている。
胸の上ではレムとネリアが丸まり、背中にはリゼがピッタリと張り付いていた。
それぞれの左手の薬指には、俺が手作りした百均のナット(神話級の結婚指輪)が、朝日を反射してキラリと光っている。
「んん……アルト、おはよう……チュッ」
サクリアが寝ぼけ眼で俺の頬に甘いキスを落とす。
「えへへ……アルトの匂い……」
ユエルも足を絡ませて、さらに深く俺の腕の中に潜り込んできた。
全員の無防備な寝顔を見ていると、俺の胸の奥に、言葉にできないほどの温かい感情が込み上げてくる。
かつては冷たい石の床で、血まみれになって短い眠りについていた俺が。
今では、こんなに温かくて、少し(いや、かなり)重たい愛に包まれて朝を迎えている。
「ふふ、アルト。やっぱり身動き取れなくなってるわね」
ベッドルームのドアが開き、エプロン姿のミサリアがふわりと微笑みながら入ってきた。
その後ろから、完璧なメイド服のイルマと、なぜか朝から騎士の鎧のパーツを磨いているタチアナも続く。
「おはよう、姉さん。……今日もいい匂いがするな」
「ええ。今日はみんな大好きな、特製厚焼き卵と黄金シチューよ。さあ、泥棒猫たちを起こしてちょうだいな」
ミサリアがパチンと指を鳴らすと、ベッドで寝ていたヒロインたちが「ふわぁ」と一斉に目を覚ました。
「朝ごはん!? 食べるーっ!」
「ちょっとユエル、アルトを踏まないでよ!」
「お兄ちゃん、私の髪とかして!」
「我、まだ眠い……アルト、おんぶして運ぶのじゃ」
「だめだ! アルトの背中は私が守る(おんぶされる)!」
「皆様! 朝の洗面所ルートの監査を開始します! 一列に並んで!」
あっという間に、寝室が騒々しいカオスの渦へと変わる。
洗面所から響く水の音、キッチンから漂う幸せな匂い、そして廊下をパタパタと走る足音と笑い声。
「パパ! おはよー!」
足元では、すっかり大きくなった歩くトマトのプチが、タロウ(厄災の三つ首魔犬)の背中に乗って元気いっぱいに跳ね回っている。
「おはよう、プチ。よしタロウ、後で散歩に行こうな」
俺はベッドから抜け出し、大きく背伸びをした。
圧縮された二十畳の城から、今のこの大豪邸(結婚式のあと、家族が増えたから俺が少し増築した)へ変わっても、この家の中の距離感はあのコタツの時と何も変わらない。
「アルト! 早く来ないと、私があなたの分まで食べちゃうわよ!」
リビングから、サクリアの楽しそうな声が聞こえる。
「だめーっ! アルトの隣の席は私なんだから!」
「お姉ちゃんが一番に決まってるでしょ!」
またしても、食卓の『特等席』を巡る世界滅亡レベルの口論が始まっているようだ。
だが、その声には一切の殺意はなく、ただの幸せな日常のスパイスでしかない。
「はいはい、今行くよ。喧嘩するなら朝ご飯抜きにするぞ」
俺が苦笑しながらリビングへと歩き出すと、八人の正妻たちが、世界で一番眩しい笑顔で俺を振り返った。
ブラックギルドの理不尽も、神や魔界の宿命も、もうここにはない。
あるのはただ、呆れるほど騒がしくて、心臓が溶けるほど甘い、俺たちだけの居場所。
「やれやれ、今日も我が家は騒がしいな」
俺は優しく微笑み、世界で一番幸せな食卓へと足を踏み入れた。
自称・村人Aと、規格外の愛妻たちによる究極のドタバタ・スローライフは、これからもずっと、この温かい陽だまりの中で永遠に続いていく。




