エピローグ
それから、どれくらいの季節が巡っただろうか。
ギルドハウスを改築した大豪邸の裏庭には、今や見渡す限りの見事な農園が広がっていた。
「よし。今日の収穫はこんなもんか」
俺は麦わら帽子を被り、首にタオルを巻いた姿で、豊かに実った真っ赤なトマトを籠に収めた。
かつて世界樹になりかけたり歩き出したりした規格外の品種ではなく、俺たちが毎日少しずつ土を耕し、水をやり、愛情を込めて育てた『ごく普通の、最高に美味しいトマト』だ。
「キュイ?」
足元で、我が家の長男(?)である歩くトマトのプチが、籠の中の普通のトマトを不思議そうにツンツンと突いているその後ろでは、厄災の魔犬タロウと魔神の幼体ポチが、じゃれ合いながら土埃を上げている。
「アルト様! 本日の収穫量、完璧なデータとして記録いたしました。もちろん、自家消費分ですので全額非課税です!」
日傘を差したメイド服姿のイルマが、魔導バインダーを叩いて報告してくる。彼女の目元にもうクマはなく、健康的な血色が良い。
「お疲れ、イルマ。後で姉さんに冷やしてもらおう」
俺が縁側に向かって歩き出すと、ぽかぽかとした春の陽だまりの中で、信じられないほど平和な光景が広がっていた。
「すー……すー……」
かつて不眠不休で国を背負っていた騎士団長タチアナが、無防備にお腹を出して大の字で爆睡している。
その隣では、大賢者のリゼが「お兄ちゃんに褒められるための全自動草むしり魔法」の開発途中で力尽き、幸せそうな寝顔を浮かべていた。
「ふふっ。本当に、平和になったわね」
縁側に腰を下ろした俺の右腕に、サクリアが自然な動作で身を寄せてくる。
大人モードに切り替えたレムとネリアが「我らもアルトの体温を寄越すのじゃ」「半分こにしよう」と俺の背中側に回り込み、左側には冷たい麦茶と絞ったおしぼりを持ったユエルが滑り込んできた。
「はい、アルト。お疲れ様!」
「ありがとう、ユエル」
俺はおしぼりで顔を拭き、冷たい麦茶を喉に流し込んだ。
五臓六腑に染み渡る美味さだ。
「さあみんな、おやつの時間よ。採れたてのトマトを使った、特製フルーツトマトのコンポート冷製仕立てよ」
エプロン姿のミサリアが、キラキラと輝くガラスの器をお盆に乗せて縁側に現れた。
その甘い匂いに釣られて、爆睡していたタチアナとリゼが「ハッ!?」と一斉に飛び起きる。
「むむっ、アルト! あーんしてくれ!」
「お、お兄ちゃん! 私が先よ!」
「抜け駆けは許さないって言ってるでしょ!」
またしても、縁側で俺の『あーん権』を巡るドタバタな修羅場が始まる。
世界最強の元魔王も、神話の創造女神も、国を守る騎士も、俺の家ではただの『愛する家族』だ。
遠く王都の方角や、他次元の空からは、俺たちの発する規格外の魔力(主に愛と嫉妬のエネルギー)に恐れをなし、誰もこの領域に近づこうとはしない。
この圧縮城とその庭は、世界のどのシステムにも縛られない、俺たちだけの絶対的な『聖域』になっていた。
「こらこら、順番な。ほらサクリアから」
「んっ……ふふ、甘いわ。アルトの優しさみたい」
サクリアが蕩けるような笑顔を見せると、他の七人が「ズルい!」「私も!」とさらにヒートアップする。
俺は苦笑しながら、青く澄み渡った空を見上げた。
かつて、暗い地下で血を吐きながら書類にハンコを押し、誰の温もりも知らずに孤独に戦い続けていた日々。
あの頃の俺に教えてやりたい。
お前が必死に守り抜こうとした命は、決して無駄じゃなかった。
すべての理不尽を乗り越えた先には、こんなにも騒がしくて、面倒くさくて、そして——涙が出るほど愛おしい、最高の『スローライフ』が待っているんだと。
「……アルト? どうしたの、笑って」
ミサリアが小首を傾げて俺の顔を覗き込んでくる。
八人の妻たちが、不思議そうに、けれど世界で一番優しい瞳で俺を見つめていた。
「いや。俺は本当に、果報者だなと思って」
俺は縁側に座ったまま、八人の家族たちをぐるりと見渡し、心からの笑顔を向けた。
「みんな、俺のお嫁さんになってくれて、本当にありがとう。これからもずっと、よろしくな」
俺の言葉に、八人の花嫁たちの顔がパァッと花が咲くように明るくなった。
「もう……急にそんなこと言うなんて、反則よ、アルトのばかぁっ!」
「「「大好きぃぃぃっ!!!」」」
ドサァァァッ!!
またしても縁側で、八人の一斉ダイブの愛情に押し潰されながら。
自称・村人Aの俺は、今日も世界一幸せな降伏の笑い声を上げるのだった。
【自称・村人Aの無自覚俺TUEEEスローライフ! 完】




