第75話
「アルト、このドレス……本当に一晩で縫い上げたの!?」
サクリアが信じられないという顔で、身に纏った純白のウェディングドレスの裾をつまみ上げた。
透き通るような白絹には、光の角度によってオーロラのように輝く繊細な刺繍が施されている。
「ああ。庭の世界樹からちょっと繊維をもらって、夜なべしてミシンで縫ったんだ。サイズ、合ってるか?」
俺が寝不足の目をこすりながら言うと、ユエルやタチアナたちも、自分たちのドレスを見つめて感動に打ち震えていた。
ただのミシン掛けのはずが、俺の「家族を世界一綺麗にしてやりたい」という無自覚チートが乗り、神の防具すら凌駕する『絶対守護の聖骸布ドレス』へと昇華されていたのだが、俺は気づいていない。
「お、お兄ちゃん……私、綺麗……?」
ツインテールに白いリボンを結んだリゼが、顔を真っ赤にして上目遣いで聞いてくる。
「ああ。みんな、世界一綺麗だ」
俺のストレートな言葉に、八人の花嫁たちの顔が一気に林檎のように赤く染まった。
「さ、次は指輪ですね! アルト様が用意してくださった永遠の誓いの証……っ」
イルマが興奮気味に眼鏡を光らせ、俺が手作りしたリングケース(端材の木箱)を開けた。
そこに並んでいたのは、銀色に鈍く光る八つのリング。
「……アルト様。これ、ホームセンターで売っている『百円の六角ナット』では……?」
「ああ。ステンレス製で錆びないし、何より頑丈だからな。ちょっとヤスリで磨いて、角を取っておいたぞ」
「ひぃぃっ! 百円のナットに『永遠不変の概念』が物理的に刻み込まれ、星の寿命より長く存在する神話級の神環に変貌しているぅぅっ!」
たまたま式の司会進行(兼、ご祝儀回収係)を頼まれていた行商人ヴァンセルが、指輪から放たれる凄まじいオーラを感じ取って泡を吹いて倒れた。
「ふふ、アルトの手作りなら、ただの鉄くずでも私にとっては国宝以上の価値よ」
ミサリアがうっとりと指輪を左手の薬指にはめる。
八人全員がナットの指輪をはめると、俺たちは手作りの特設大聖堂(※俺が庭をゴムハンマーで軽く叩いて数秒で建造した)の祭壇へと向かった。
バージンロードの両脇には、信じられない顔ぶれの参列者たちが並んでいた。
大号泣しながらおもちゃの金貨をばら撒く超巨大な暗黒神(ネリアの父)、ドン引きしながら拍手する王都の精鋭騎士団たち、そして天界から祝福(という名目で様子見)に来た天使の群れ。
かつていがみ合っていた種族たちが、俺の規格外の結婚式の前に圧倒され、ただ大人しく席についている。
「それでは、誓いの言葉を」
ヴァンセルが震える声で司会を進める。
「病める時も健やかなる時も、ブラックな残業が襲ってきた時も、互いを愛し、定時で帰り、共に温かいご飯を食べることを誓いますか?」
俺たちにとっての、真の平穏を意味する誓いの言葉。
俺は八人の花嫁たちと顔を見合わせ、力強く頷いた。
「「「誓います!」」」
「よ、よし! それでは、新郎から花嫁たちへ……誓いのキスを!」
ヴァンセルが宣言した瞬間。
大聖堂の空気が、ピシッと張り詰めた。
「さあアルト。もちろん、正妻の筆頭である私からよね?」
サクリアが妖艶に微笑みながら一歩前に出る。
「何言ってるの! アルトが最初にキスするのは私だよ!」
ユエルがドレス姿のまま見えない聖剣を構えようとする。
「お姉ちゃんに決まってるでしょう?」
「特級監査官として、一番の口付けを監査します!」
「私が一番だ! 騎士団の突撃を見せてやる!」
「妹の私からよ!」
「我じゃ!」
「冥府のキスのほうが甘いぞ!」
感動の結婚式から一転、祭壇の上が再び血みどろの第一夫人争奪戦(殺し合い)になりかける。
「お、お前ら、神聖な場所で武器を出すな!」
俺が慌てて両手を広げて止めようとした、その時だった。
「「「だったら、全員一緒よ(じゃ)!!」」」
八人の花嫁たちの瞳が爛々と輝き、彼女たちは全く同じタイミングで祭壇の段差を蹴り飛ばした。
「うおわぁぁっ!?」
ドサァァァァッ!!
またしても。
俺は八人分の極上のウェディングドレスの柔らかさと、致死量の愛の重みに押し潰され、大聖堂の祭壇のど真ん中で仰向けに倒れ込んでしまった。
「んんっ……!」
「アルトぉっ!」
「大好きぃっ!」
誰の唇がどこに当たっているのか全くわからない、超密着・限界突破のキスの嵐。
参列者たちが「なんて羨ま……いや、恐ろしい愛の重さだ」と戦慄する中、俺の視界は色とりどりのドレスと、世界で一番大好きな彼女たちの笑顔で完全に埋め尽くされていた。
息が詰まるほど騒がしくて、死にそうになるほど甘い。
これこそが、俺が選び、俺たちが勝ち取った『最強の家族』の形なのだ。
ステンドグラスから降り注ぐ光の中、俺は押し倒されたまま、幸せな降伏の笑い声を上げるのだった。




