第73話
リゼの結界騒動から数日が過ぎた、ある日の午後。
俺たちは、広大すぎる庭の隅に設けた小さな畑の前に集まっていた。
「見ろアルト! プチの弟分として、我が神界の土で育てた『光の白菜』じゃ!」
「ふん。私のは冥界の腐葉土で育てた『漆黒のキャベツ』だ! 見よ、この禍々しい葉脈を!」
レムとネリアが、それぞれの自信作(なぜかオーラを放っている)を俺に見せつけてドヤ顔をしている。
「……ただの野菜が、なんで自ら発光したり瘴気を出したりしてるんだ。絶対にお腹を壊すだろ、これ」
俺が呆れてツッコミを入れると、エプロン姿のミサリアがニコニコと笑いながら歩みみ寄ってきた。
「大丈夫よアルト。私が『概念消滅』の調理法で、安全で栄養満点の美味しいサラダにしてあげるからね」
「姉さんの料理スキルも大概チートだからなぁ……」
のどかな農業(?)風景。
だが、その平和な空気を切り裂くように、庭の上空で唐突にバキバキと耳障りな空間の軋み音が鳴り響いた。
「「「!?」」」
空が割れ、そこから眩しすぎるほどの純白の光の柱が、庭のど真ん中に向かって真っ直ぐに降り注いだのだ。
「な、なんじゃこれは!?」
光の柱は、俺の足元でプチと遊んでいたレム(創造女神)を正確に捕らえ、その小さな身体をふわりと宙に浮かせた。
「レム!」
俺が手を伸ばすが、光の柱の表面には神話級を遥かに超える、この『世界そのものの理』の拒絶反応が張り巡らされており、物理的に弾き返されてしまう。
『警告……創造神システムのエラーを検知。神の魂に、不純なノイズ(恋心)の混入を確認』
空から、無機質で絶対的な機械音声が響き渡った。
「システムのエラー? どういうことだ!」
俺が叫ぶと、宙に浮いたレムが顔を青ざめさせ、必死に光の壁を叩きながら叫び返した。
「わ、我が昔に設定した、世界の自動管理プログラムじゃ! 我が人間に対して『雌』としての感情を抱いてしまったせいで、神としての純度が下がったと判定され、天界の初期化プールへ強制送還されようとしておる……っ!」
「強制送還って……! 行ったらどうなるんだ!」
「プログラムが初期化されれば……我は、アルトと過ごしたこの温かい記憶も、アルトへの恋心も、全部忘れて、また冷たいシステムの一部に戻ってしまうのじゃぁっ……!」
大粒の涙をポロポロとこぼし、子供のように泣き叫ぶレム。
その小さな手が、必死に俺に向かって伸ばされる。
「いやじゃ! 我は、アルトのベッドで一緒に寝るのじゃ! アルトのご飯を食べるのじゃ! 忘れたくない……アルトを、愛しておるのじゃぁっ!!」
創造女神の、悲痛なまでの愛の告白。
それを聞いた瞬間、俺の中で何かが冷たく、そして熱く弾けた。
『また……俺の家族を、理不尽なシステムが奪おうとしているのか』
かつてのブラックギルドの理不尽。幼いサクリアたちを奪った追っ手。
どれもこれも、個人の感情を無視した『大きなシステム』の身勝手な都合だ。
「……ふざけるな」
俺は腰の工具袋から、使い古した百均のゴムハンマーを引き抜いた。
「ア、アルト様!? それは世界の法則そのものです、神の理に物理攻撃は……っ!」
イルマが悲鳴を上げるが、俺の耳には届かない。
俺は真っ直ぐに光の柱の前に立ち、ハンマーを振りかぶった。
俺の『家族を誰一人手放さない』という強烈な我儘と、無自覚な概念破壊の魔力が限界までハンマーに集中する。
「俺の家のコタツのルールが、この世界のルールだ!!」
ドッゴォォォォォォンッ!!!!!
ゴムハンマーが光の柱に直撃した瞬間。
世界そのものを管理するはずの絶対的なシステムが、ショートした蛍光灯のようにバチバチと火花を散らし、粉々に砕け散った。
「あ……アルト……っ」
光が消散し、落下してくるレムを、俺はガッチリと両腕で受け止めた。
『警告……システム崩壊。世界法則の再構築を開始……』
空から響く機械音声が、ノイズ混じりにバグり始める。
俺のハンマーの一撃が、この世界の理を根底から書き換えてしまったのだ。
「レム、怪我はないか? もう大丈夫だ」
俺が胸の中で震える小さな頭を撫でてやると、レムは俺の服をギュッと握りしめ、顔を真っ赤にして見上げてきた。
「アルトぉ……お前、システムを壊して、これから世界がどうなるか分かっておるのか……?」
「さあな。でも、お前がいない世界なんて、俺には何の価値もないからな」
俺がストレートに答えると、レムの瞳の奥で、カチリと何かのストッパーが外れる音がした。
直後。
俺の胸に抱かれたレムの身体が、そして隣で見ていたネリアの身体が、同時に眩い光と漆黒の瘴気に包まれ始めたのだ。
「え……?」
光と闇が晴れた後。
そこにいたのは、いつもの子供のような二人ではなかった。
「……ふふっ。システムが壊れて、神と冥界の『大人の女(雌)』としてのリミッターが外れてしまったようじゃな」
「ああっ……アルトが私を守ってくれたから、身体の成長が追いついてしまったぞ……!」
豊満で神秘的なプロポーションに、艶やかな大人の色香を漂わせた絶世の美女二人が、熱を帯びた瞳で俺を見つめている。
マスコット枠だった二柱の神が、真の『正妻モード』へと限界突破の覚醒を遂げた瞬間だった。
「さあアルト。大人のキスを、教えてもらうぞ」
「「「抜け駆けは許さないわよぉぉぉっ!!!」」」
大人の魅力で俺を押し倒そうとするレムとネリア。
そして、その背後から武器を構えて雪崩れ込んでくる六人のヒロインたち。
システムすら書き換えた規格外の庭で、全員が『正妻』として並び立った、究極のハーレム大戦争が今、本当のピークを迎えようとしていた。




