第68話
「ハッピーバースデー、アルト!」
パンッ、パンッ!と色鮮やかなクラッカーが弾け、リビングに歓声が響き渡る。
二十畳の圧縮城の中央には、全員で手作りしたという、まるでタワーのような巨大なバースデーケーキが鎮座していた。
「ありがとう、みんな。こんなに盛大に祝ってもらえるなんて思ってなかったよ」
俺が照れくさく笑うと、エプロン姿のミサリアが妖艶な笑みを浮かべてすり寄ってきた。
「ふふ、喜ぶのはまだ早いわよアルト。ケーキの前に……私たちからの『メインプレゼント』の贈呈式があるんだから」
「……プレゼント? さっきみんなから、手袋とかマフラーとか色々もらったけど」
「モノの話じゃないわ。……アルトへの、ファーストキスの献上よ」
ミサリアの言葉を合図に、部屋の空気が一気に沸騰した。
「そ、そういうことだから! 妻である私が、真っ先にアルトの唇の味を確かめるわ!」
「サクリア、抜け駆けは許さない。私がアルトの唇を……物理的に守護する!」
「ちょ、ちょっと! 血の繋がらない妹の私が一番に決まってるでしょ!? 挨拶みたいなものよ!」
「アルトの初めては我のじゃー!」
「ふん、冥界の口付けをくれてやる!」
イルマとタチアナも加わり、八人のヒロインたちが俺を囲んで完全な包囲網を形成する。
石鹸の匂い、甘い香水、火照った肌の熱気。八人分の尋常ではない愛情とプレッシャーが、ゼロ距離で俺の全身を締め付けてきた。
「ちょ、お前ら、一旦落ち着けって——」
「「「アルト(お兄ちゃん/様)!!」」」
逃げ場はない。限界突破した人口密度の極甘カオス空間の中で、八人の美しい顔が、俺の唇を奪おうと一斉に迫り来る。
目を閉じかけた、まさにその瞬間だった。
ピシッ……。
部屋の空気が、不自然に凍りついた。
それは、あまりにも場違いで、異質な音だった。
バリィィィンッ!!!!
リビングの中央、何もない空間が、まるで薄いガラスのように粉々に砕け散った。
吹き荒れる暴力的な暴風とオゾンの匂いが、暖かな部屋の空気を一瞬でかき消し、ケーキのろうそくの火を無残に吹き消す。
次元の亀裂から、二つの影が静かに、そして傲慢に足を踏み入れた。
一人は、純白の法衣を纏い、感情の抜け落ちた氷のような瞳を持つ男——神殿の異端審問官トップ。
もう一人は、漆黒の重鎧に身を包み、周囲の空間を焼き焦がすほどの獄炎を放つ巨大な魔族——魔軍の過激派将軍。
「……見つけたぞ、無垢なる剣の器よ。さあ、神の御下へ帰る時間だ」
「長きに渡る反逆の逃避行もここまでだ、玉座を捨てた愚かなる魔王よ」
絶対的な強者の余裕を含んだ、冷酷に見下ろす声。
その瞬間、俺の腕にしがみついていたサクリアとユエルの体が、ビクンと大きく跳ねた。
「あ……」
「う、そ……」
十数年前、二人を絶望の底に突き落とし、俺からすべてを奪い去った元凶の姿。
その圧倒的なトラウマの具現を前に、サクリアとユエルの顔から一瞬にして血の気が引き、その瞳に明らかな恐怖が浮かぶ。
世界で一番温かくて甘かった誕生日パーティーの会場は、一瞬にして、凍てつく過去の地獄へと塗り替えられてしまった。




