第67話
眩しすぎる、純白の部屋。
窓一つない神殿の地下修練場には、無機質な聖歌と、私が振るう木剣が空を裂く音だけが反響していた。
「感情を殺しなさい、ユエル。あなたはただの剣。神の意志を代行する、無垢なる器です」
白装束の異端審問官たちの声が、呪いのように脳髄に直接響く。
手のひらの皮が破れ、木剣の柄が自分の血で黒く染まっても、剣を振るのをやめることは許されない。
痛い。苦しい。休みたい。
そんな当たり前の感情すら、「ノイズ」として聖魔法で強制的に消去されていく。
自我が白く塗り潰され、ただの人形へと成り果てそうになった、その時。
ふと、血まみれの小さな両手に、温かいものが触れた気がした。
『——痛いの、痛いの、飛んでいけ』
泥だらけの私の手を小さな両手で包み込み、一生懸命に息を吹きかけてくれた、七歳のあの日のアルトの声。
記憶の底にある、ひだまりのような温もり。
神殿の洗脳術式の中でも決して消えることのない、それだけが私を私に留める『魂の楔』だった。
——チュン、チュン。
窓の外で鳴く小鳥の声と、顔に当たる柔らかな光で、意識が急浮上した。
目を開けると、そこは無機質な純白の修練場ではなく、木目の見える見慣れた天井だった。
「ん……朝か。おはよう、ユエル」
すぐ隣で、寝癖をつけたアルトが目をこすりながら微笑んでいる。
部屋には、キッチンから漂ってくるベーコンの焼ける香ばしい匂いと、大鍋がひっくり返ったようなドタバタとした騒音が響いていた。
「あ……アルト」
私は無意識に自分の両手を見た。
血まみれだったはずの手のひらには、今は剣ダコしかない。その手を、アルトが大きな手でそっと包み込んでくれた。
「手が冷えてるな。また布団を蹴飛ばしてたのか?」
アルトの生温かい体温が、指先からじんわりと全身に広がっていく。
神殿の最高位の奇跡なんかより、この無造作な手の温もりだけが、私を一番強くしてくれる。
「……アルト」
「ん?」
「お誕生日、おめでとう」
私が顔を近づけてそっと囁くと、アルトは少し照れくさそうに目を細めて「ありがとう」と笑った。
「アルト! 朝ごはんができたのじゃ! 早く起きるのじゃー!」
「ちょっとレム、フライングしないでよ! アルトの寝込みを襲うのは私の役目……きゃっ!」
バンッ!と勢いよく扉が開き、レムとネリア、そしてフライパンを構えたミサリアたちが雪崩れ込んでくる。
いつもの、最高に騒がしくて、愛おしい日常の朝だ。
私はそっとアルトの腕にすり寄り、心の中で密かに誓った。
私を人形から人間へと繋ぎ止めてくれた、この世界で一番大切な人。
彼の今日という特別な一日を邪魔する奴がいたら——神だろうと悪魔だろうと、私のこの剣で、塵一つ残さず斬り伏せてみせる。




