第63話
「べ、別に甘えたかったわけじゃないんだからねっ! お兄ちゃんから加齢臭がしたら可哀想だから、抱きついて消臭魔法をかけてあげただけよ!」
大泣きから一転、真っ赤な顔で俺から飛び退いたリゼが、身の丈ほどの杖を振り回して言い訳をまくし立てる。
圧縮された二十畳のリビングに、バチバチと賢者術式のオゾンの匂いが充満した。
「だいたい、こんな狭い部屋で魔王とかと一緒に住むなんて危機感がないのよ! 私の神話級・多重絶対防壁で、お兄ちゃんを隔離してあげるわ!」
リゼが杖を鳴らすと、幾重もの幾何学的な魔法陣が俺の周囲をドーム状に覆い尽くした。神の攻撃すら弾き返す、大賢者の最高峰結界だ。
「ほう、涼しくて快適だな。エアコンの風避けにもちょうどいい」
俺がコタツに入ったままみかんを剥いていると、結界の外から極低温の吹雪のような声が聞こえてきた。
「……ぽっと出の義妹が、お姉ちゃんの特等席を奪う気かしら」
エプロン姿のミサリアが、手にしたお玉をギリッと握りしめて立っていた。
「ふんっ。血も繋がってないのに姉面しないでよね。家事なんて私の全自動魔法を使えば一瞬だわ!」
「愛のない魔法なんて無価値よ。私が手作りの超重力で、その生意気な防壁ごとすり潰してあげる」
ドス黒いオーラを放つ義姉と、多重術式を展開するツンデレ義妹。
リビングの空気が物理的に軋み、空間がメリメリと悲鳴を上げ始めた。
「ちょっと二人とも! 抜け駆けは許さないわよ! アルトの隣は正妻の私なんだから!」
「私も結界の中に斬り込む!」
「アルト様の防壁内は、私が監査します!」
サクリア、ユエル、イルマ、タチアナまでもが一斉に武器を構え、レムとネリアがアルトの横は我の場所じゃと突撃態勢に入る。
八人のヒロインたちによる、世界を滅ぼす規模の身内争いが今まさに勃発しようとしていた。
俺は剥き終わったみかんの筋を丁寧に取り除き、ふうと息を吐いた。
「みんな、喧嘩するならみかん抜きにするぞ」
俺がみかんを差し出しながら、目の前を遮っていた神話級の絶対防壁を、暖簾をくぐるような無造作な動作でスッと素手で掻き分けた。
パリンッ。
大賢者の全魔力を注ぎ込んだ結界が、俺の指先が触れただけで飴細工のようにあっけなく砕け散る。
「えっ」
リゼが間の抜けた声を出し、構えていた杖を取り落とした。
「さあ、みかん食べるか? リゼも長旅で疲れただろ」
俺が直接口元にみかんを運んでやると、リゼはポカンと口を開けたままパクリとそれを飲み込んだ。
「あ……あまっ。お兄ちゃんの、あーん……」
強がっていたツンデレ大賢者の顔が、みるみるうちに限界まで沸騰していく。
「ほーら、お姉ちゃんが熱いお茶を淹れてあげたわよ。仲良く飲みなさいな」
背後からミサリアが満面の笑みで熱湯の入った湯呑みを差し出し、他の六人もここぞとばかりに俺のコタツへと雪崩れ込んでくる。
甘いみかんの香りと、女の子たちの熱気でむせ返るようなコタツの中。
限界突破した人口密度の中で、俺は今日も静かに温かいお茶をすすっていた。




