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第60話

汗ばんだ白い肌から、甘い熱を帯びた吐息が漏れる。

ベッドに横たわるタチアナの赤い瞳が、とろけるような熱情を宿して真っ直ぐに俺を捕らえていた。


「アルト……もっと、あーんして」

「タチアナ? 随分と甘えん坊だな。まだ熱が高いのか」


俺が心配して額に手を当てようとした、その瞬間。

タチアナはスリップドレスから伸びる細い両腕で俺の首をガシッとホールドし、力任せにベッドの上へと引きずり込んだ。


「うおっ」


ぽすん、と柔らかい布団の上に倒れ込む。

直後、極限まで火照った柔らかな身体が、俺の胸にピタリと密着してきた。

銀の髪から、ほんのりと鉄と汗の匂いが香る。


「違う……熱じゃない。ただ、ずっと我慢してたんだ。騎士として、国を守る剣として……誰かに甘えるなんて、許されなかったから」


タチアナは俺の胸板にすりすりと頬を擦りつけ、子供のように服の裾をギュッと握りしめる。


「でも、お前が優しくするから……。こんなに温かいご飯を、あーんして食べさせてくれるから……っ。もう、騎士団長なんてどうでもよくなってしまった」

「タチアナさん、いくらなんでもキャラが崩壊しすぎだぞ」

「今はただのタチアナだ。アルト……私を、一生お前のお嫁さんとして、甘やかしてくれ……っ」


顔を真っ赤にして、完全に理性を溶かした元・厳格な騎士団長の爆弾発言。

室内を満たす極上の甘い空気に、俺の心臓が早鐘を打つ。


だが、この家でそんな抜け駆けが許されるはずもなかった。


「…………ちょっと、泥棒騎士」


背後から、鼓膜を凍らせるような極低温の声が響いた。

振り返れば、お粥のお椀を持ったミサリアが、一切の光を持たない瞳で見下ろしている。


「看病という神聖な名目を隠れ蓑にして、私からアルトの特等席を奪う気かしら?」

「そうよ! 病人だからって許されるラインを超えてるわ!」

「ズ、ズルい! 私だってアルトにベッドに引きずり込まれたいのに!」


サクリアの周囲に黒い炎が渦巻き、ユエルが地団駄を踏む。

さらにイルマが、カチャカチャと手錠を鳴らしながら一歩前に出た。


「公務執行妨害ならびに、風紀紊乱の現行犯です。直ちにアルト様から離れなさい」


四人からの致死量の殺気と嫉妬。

普通の人間ならショック死するプレッシャーだが、完全にぽんこつ甘えん坊モードへと覚醒したタチアナには、一切通じていなかった。


「うるさい……お前たちこそ、少し黙っていろ」


タチアナは俺の胸に顔を埋めたまま、背中の四人に向かってあっけらかんと言い放つ。


「私は今、病人特権を発動している。それに、徹夜明けのひ弱な乙女を攻撃するような無作法を、アルトが許すはずがない」

「なっ……」

「この、ポンコツ女……っ」


ぐぬぬ、と悔しそうに唸るヒロインたち。

タチアナの言う通り、看病中の病人をベッドから引きずり下ろすわけにもいかず、四人は武器を構えたまま完全にフリーズしてしまった。


「アルトぉ……頭、撫でて。もっと、お前で私を満たしてくれ……」


勝利を確信したタチアナが、とろけるような笑顔で俺の胸に擦り寄ってくる。

部屋の隅から聞こえるギリギリという歯ぎしりの音と、胸の中から伝わってくる限界突破の甘い体温。


やれやれ。

休日の看病というタスクは、どうやら徹夜のダンジョン探索よりもずっと疲労度が高いらしい。

俺は小さく息を吐きながら、甘える銀髪の頭を優しく撫で続けた。

窓の外では、春の陽光が呆れるほど穏やかに降り注いでいた。

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