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第47話

裏路地の石畳を、赤いトマトがコロコロと転がっていった。


「……っ」


私は壁際まで吹き飛ばされ、手にした鉄のフライパンを強く握り直した。

腕からは真っ赤な血が流れ落ち、買ったばかりの野菜が泥水の中に散乱している。


「あの薄汚いガキが最近、従順に連続任務をこなさないと思えば。お前のような女が入れ知恵をしていたとはな」


暗がりから歩み出てきたのは、ギルドの裏の顔である『懲罰部隊』の暗殺者だった。

黒い短剣から滴る毒の液体が、石畳をジュウジュウと溶かしている。

アルトを洗脳状態から引き剥がそうとする私を、ギルドの上層部がついに『物理的に排除すべき障害』と認定したのだ。


私は荒い息を吐きながら、背後に庇った紙袋だけは絶対に守るように立ち塞がった。

中には、今日アルトの誕生日を祝うために、市場でなけなしのお金をはたいて買った特別な卵と鶏肉が入っている。


「私のアルトを、これ以上道具扱いさせるものですか……!」


私は残った魔力を振り絞り、超重力の術式を展開しようとした。

だが、実戦経験の差は残酷だった。

私が魔法を放つよりも早く、暗殺者の姿が影のようにブレて消失する。


直後、背後に冷たい殺気が張り付いた。


「死ね、障害物」


振り向く暇もなかった。

必殺の毒刃が、私の心臓に向かって無慈悲に振り下ろされる。

アルトの顔が脳裏をよぎり、私が強く目を閉じた、その瞬間。


パァァァンッ!


雷鳴のような破裂音が裏路地に轟き、暗殺者の体がくの字に折れ曲がって、数十メートル先のレンガ壁に深々とめり込んだ。


「……え?」


壁は完全に粉砕され、暗殺者は白目を剥いて気絶している。

彼の腹部に突き刺さって致命傷を与えた凶器は、丸められた『未承認の経費精算書』だった。


「残業代も出ないのに、俺の家族に勝手なタスクを振るな」


雨だれを滴らせながら、真っ暗な瞳をしたアルトがそこに立っていた。

全身から放たれる殺気は、先ほどの暗殺者など赤子に思えるほど濃密で、どす黒い。


だが、アルトは倒れた暗殺者には一切目もくれず、私のもとへ真っ直ぐに歩み寄ってきた。

そして、泥水の中に座り込む私の前にしゃがみ込むと、さっきまでのどす黒い殺気を嘘のように消し去り、ひどく怯えたような顔をした。


「姉さん……血が」


アルトの震える指先が、私の傷ついた腕に触れる。

彼が不器用な魔力を流し込むと、熱を帯びた光が傷口を包み込み、一瞬で痛みが消え去った。


「ごめんなさい、アルト……せっかくのご馳走が、台無しになっちゃった」


私が泥だらけのトマトを見て力なく笑うと、アルトは急に顔を歪ませた。


「そんなもの、どうでもいいっ……!」


ガシッ、と。

アルトの強い腕が私の背中に回り、力強く、息が止まるほどの強さで抱き寄せられた。


冷たい雨の降る裏路地で、アルトの熱い体温が私の全身を包み込む。

いつもは感情を見せないアルトが、私の肩に顔を埋め、子供のように微かに震えていた。


「俺は、美味しいご飯が食べたいわけじゃない。姉さんが……姉さんがそこにいて、笑ってくれるだけでいいんだ。俺から、帰る場所を奪わないでくれ……」


切実で、泣き出しそうな声。

この圧倒的な力を持つ少年が、今の私に世界のすべてを委ね、心から縋り付いてくれている。


その事実が、私の胸の奥を甘く、激しく締め付けた。


「……アルト」


私は腕に力を込め、彼の濡れた背中を強く抱き返した。

首筋に私の頬をすり寄せ、アルトの鼓動を直接肌で感じる。泥の匂いと、雨の冷たさすらも、今の私にとっては愛おしいスパイスだった。


「どこにも行かないわ。私はずっと、アルトの特等席にいる。……だからアルトも、私だけのものになってね」


耳元で甘く囁くと、アルトの腕の力がさらに強くなり、私を誰にも渡さないと主張するようにギュッと抱きしめ直してくれた。


ギルドの脅威など、もう少しも怖くない。

この日、暗い雨の裏路地で交わした強烈な依存と愛情の抱擁が、私たちを真の『家族』へと縛り付けたのだった。

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