第41話
冷たい雨の記憶から、ふっと意識が浮上する。
目を開けると、爽やかな朝日が更地となったギルドハウスの跡地を照らしていた。
「んんっ……アルトぉ……」
「どこにも行かないで……」
俺の右腕にはサクリアが、左腕にはユエルがコアラのようにしがみつき、スースーと平和な寝息を立てている。
あの悲劇の別れから十数年。互いに顔も名前も忘れるほどの過酷な時間を経て、俺たちは奇跡的に再会し、再びこうして同じ朝を迎えているのだ。
『もう二度と、この手を離さない』
俺は二人の頭を撫でながら、過去の喪失感を塗り潰すように静かに誓った。
さて、感動的な朝を迎えたのはいいが、問題は現実の生活環境だ。俺たちの家は昨日の騒動で完全に吹き飛んで更地になっている。このまま野宿を続けるわけにはいかない。
俺は二人の腕からそっと抜け出し、庭の隅に残っていた世界樹の太い枝と、大工道具のトンカチを手に取った。
『みんなが安心して眠れる、小さくて頑丈なログハウスを作ろう』
俺は木材を地面に突き立て、トンカチでコンッと軽く叩いた。
ただの日曜大工のつもりだったが、過去の夢を見て無意識のうちに『家族を守る』という魔力が極限まで高まっていたのが運の尽きだった。
ズドガァァァァンッ
大地が激しく隆起し、世界樹の木材が俺の魔力を吸って異常増殖を開始する。
数秒後。更地だったはずの場所に完成したのは、小さなログハウスなどではなく、白亜の大理石と黄金の装飾で彩られた、王都の城すら凌駕する超巨大なファンタジー・キャッスルだった。
「……やりすぎた。これじゃ毎日の床掃除だけで日が暮れてしまう」
俺が社畜目線で頭を抱えていると、凄まじい地響きで目を覚ましたヒロインたちが、パジャマ姿のまま呆然とそびえ立つお城を見上げていた。
「あ、アルト……これ、あなたが建てたの」
サクリアが震える指で、薔薇のアーチが飾られた黄金の城門を指差す。
「ああ、ちょっと力加減を間違えて」
俺が苦笑いして振り返ると、サクリアとユエルの瞳が、かつてないほどの熱っぽく凶悪な愛に染まり切っていた。
「お城……そう、ついに私をお城の玉座に、いえ、正妻として迎えてくれるのね。完璧な新婚生活の始まりだわ」
「ずるいっ。そのお城のお姫様は私だよ。アルトが私のために作ってくれたんだもん」
二人の間に、かつての幼少期を遥かに超える巨大な恋の火花がバチバチと散る。
そこに、他の同居人たちも負けじと乱入してきた。
「お待ちください。巨大城郭の無許可建造は固定資産税の対象です。寝室の広さを正確に査定するため、私がアルト様と同室で寝泊まりします」
「ふふっ、冥界の城より立派だな。私もアルトの隣で暮らしてやろう」
「みんな退きなさい。お城の特大キッチンと、アルトの背中を流す特大のお風呂は、お姉ちゃんが一番に使うの」
パジャマ姿の美女五人が、新居の最上階にあるであろう『俺の隣のスペース』を巡り、朝っぱらから凄まじい魔力と殺気をぶつけ合い始める。
あの頃の切ない思い出はどこへやら。
強すぎる愛と過剰なファンタジー建築が交差する中、俺の夢見る静かなスローライフは、新築の超絶豪華な宮殿と共に、今日も果てしない修羅場へと飲み込まれていくのだった。




