第38話
右腕には花の冠を被った魔族の姫が、左腕には銀髪の剣聖の卵がしがみついている。
七歳の俺は、両手にかかる柔らかくて小さな重みに困惑しつつも、どこかくすぐったいような嬉しい気持ちになっていた。
「二人とも、引っ張ったら服が破けちゃうよ。仲良くイチゴを食べよう」
俺がなだめようとした、まさにその時だった。
ガサガサッ、バキィッ。
静かな春の森の空気を切り裂くように、乱暴な足音と金属の鎧が擦れ合う音が近づいてきた。
空き地の茂みを乱暴に踏み躙って現れたのは、黒い法衣に身を包み、鋭い剣を帯びた大人たちの集団だった。
「見つけたぞ! 逃げ出した剣聖の欠陥品だ」
先頭に立つ司祭のような男が、血走った目でユエルを指差した。
その冷酷な声を聞いた瞬間、俺の左腕にしがみついていたユエルの体がビクッと跳ね、ガタガタと激しく震え出す。
「ひっ……いやだ、戻りたくないっ。また暗い部屋で、血が出るまで剣を振らされるのはいやだぁっ」
ユエルが顔を真っ青にして俺の背中に隠れる。
さらに、司祭の男は俺の右腕にいるサクリアを見て、醜く口元を歪めた。
「おい見ろ、あの頭の角。魔族の生き残りだ。剣聖の器と一緒に捕らえれば、神殿からの評価も上がるぞ。そこの村のガキごとまとめて捕縛しろ」
大人たちが容赦なく剣を抜き、殺気を放ちながらじりじりと距離を詰めてくる。
サクリアは震える足で一歩前に出ようとした。
「下がっていなさいアルト。私が魔族の誇りにかけて……って、あれ」
だが、幼いサクリアはまだ魔力をうまく扱えず、手のひらから小さな火花がパチッと出ただけだった。
絶望的な状況に、女の子二人が身を寄せ合って怯える。
「お前はどいていろ、ただの村人」
一人の騎士が俺を邪魔者扱いし、乱暴に突き飛ばそうと手を伸ばしてきた。
その瞬間、俺の頭の中で何かが冷たく弾けた。
せっかくの温かい春のおやつタイムを邪魔されたこと。
そして何より、俺の友達を道具扱いして泣かせる大人たちへの、純粋な怒りだった。
「俺の友達をいじめるな」
俺は足元に落ちていたユエルの木剣を拾い上げ、伸ばされた騎士の手をペシッと軽く叩き落とした。
ただの子供の軽い反撃。そう思われたはずだった。
ドゴォォォォンッ
木剣が触れた瞬間、騎士の全身を包んでいた鋼鉄の鎧が紙くずのようにひしゃげ、凄まじい衝撃波と共に男の体が森の奥深くへと一直線に吹き飛んでいった。
大木を何十本もなぎ倒しながら星になって消えていく仲間の姿に、残された大人たちはポカンと口を開けて硬直する。
「え……あ、あれ」
俺自身も驚いて木剣を見つめる。
無自覚に漏れ出した俺の魔力が、ただの木剣を神話級の聖武具へと変貌させていたのだが、七歳の俺には知る由もなかった。
「さあ、次は誰の番だ。この子たちを泣かせるなら、俺が相手になるぞ」
俺が木剣を構え直して一歩前に出ると、大人たちは悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
あっけなく訪れた静寂の中。
振り返ると、サクリアとユエルが、星のように目を輝かせて俺を見つめていた。
「アルト……すっごくかっこいい」
「私のピンチに駆けつける、本物の白馬の王子様だわ」
強大な敵をあっさりと追い払った俺の小さな背中に、二人の幼いヒロインの好感度が限界を突破して音を立てる。
こうして俺の平穏な幼少期は、規格外の女の子たちとの甘くて危険な秘密の共有によって、完全に終わりを告げたのだった。




