第34話
数万トンの呪われた金貨が、空を覆い尽くすほどの超巨大な暗黒神の口から滝のように吐き出される。
ギルドハウスの跡地は、あっという間に禍々しい黒光りする硬貨の山に埋め尽くされた。
「終わった……俺の平穏な人生が、天文学的な贈与税で終わってしまった」
俺は膝から崩れ落ち、足元に転がってきた呪いの金貨を一枚拾い上げた。
だが、その感触は金属にしてはやけに軽く、妙に柔らかい。
不思議に思って表面の黒い皮膜を爪でカリカリと剥がしてみると、中から見覚えのある茶色い甘味の塊が顔を出した。
「……これ、コインチョコじゃないか」
俺がポツリと呟いた瞬間。
ピタッ、と暗黒神の動きが止まり、プシューという気の抜けた音と共に、見上げるほど巨大だった体がみるみるうちにしぼんでいく。
山のように積まれた金貨も、よく見ればすべて精巧に作られたおもちゃのお金とチョコレートだった。
「ああっ、お父様から借りてきた特大の魔界製・暗黒神バルーンが破れてしまったぞ」
更地の隅っこで、冥界の王女ネリアが慌てて魔法のコントローラーを背中に隠そうとしていた。
イルマが眼鏡を光らせ、地面のおもちゃの金貨を拾い上げる。
「……玩具の紙幣およびチョコレートは、非課税対象です。よって、先ほどの天文学的な贈与税はすべて取り消しとなります」
俺は安堵のあまり、その場に大の字で寝転がった。
どうやら、借金取りからの一連の流れは、冥界の王女による盛大なドッキリだったらしい。
ネリアはとてとてと歩み寄ってくると、しぼんだ暗黒神のバルーンを愛おしそうに抱きしめた。
「す、すまないアルト。お前を驚かせようと思って……。私は昔から、こういうホラーで少しグロテスクな人形や怪物が大好きなのだ。だが、周りからは悪趣味だと気味悪がられて、ずっと冥府の奥底で一人で人形で遊んでいたから……つい、加減が」
ネリアが不安げに上目遣いで俺を見つめる。
冥界の王女という恐ろしい肩書きの裏にあったのは、自分の趣味を理解されず、孤独にホラー人形を集めていた寂しがり屋の女の子の素顔だった。
俺は立ち上がり、ネリアの頭をポンポンと優しく撫でた。
「なんだ、そんなことか。別に悪趣味なんかじゃないさ。自分の好きなものを大切にできるのは、すごくいいことだと思うよ。よく手入れされてるじゃないか」
俺がなんの偏見もなく微笑み、しぼんだ怪物バルーンを撫でてやると、ネリアはポカンと口を開け、やがて大粒の涙をポロポロとこぼし始めた。
「う、うわぁぁぁん。アルトぉ、お前は本当に、私のすべてを受け入れてくれるのだな」
完全に絆されたネリアが、俺の腰に勢いよくしがみついてくる。
その真っ直ぐな好意に、サクリアたちからの刺すような視線が俺の背中に突き刺さったが、今は泣いている子供をあやすのが先だ。
「よしよし。でも、どうしてこんなドッキリを」
「うむ。お前が冥府に出張するのではなく、私が地上でアルトと暮らせば丸く収まると思ってな。というわけで、私の嫁入り道具をすべてここに転送したぞ」
ネリアが嬉しそうにパチンと指を鳴らす。
空間が歪み、更地となった庭に、ネリアの私物である『血塗られた呪いのフランス人形』や『四つん這いで追いかけてくるゾンビのぬいぐるみ』など、R指定ギリギリのグロテスクなホラーグッズが数万点規模で降り注いだ。
「いやああああああっ」
「む、無理、私こういうお化けとか呪いとか本当に無理ぃぃぃ」
最強の魔王と剣聖が、血走ったホラー人形の群れを見て悲鳴を上げ、俺の背後に泣きながらしがみつく。
更地となった我が家は、冥界の王女のお引越しによって、文字通り本物の最恐お化け屋敷へと変貌を遂げてしまったのだった。




