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第32話

ガラガラと崩れた巨大な骨の山から、むせ返る少女が顔を出した。

漆黒のドレスは土埃にまみれ、頭の王冠も斜めにずれている。


俺はしゃがみ込み、その小さな頭に手を乗せて優しく土を払ってやった。


「怪我はないか。派手に転んだみたいだけど」


「触るな人間。私は大冥界を統べる王女、ネリアであ……ひゃん」


威厳たっぷりに名乗ろうとした少女の口から、聞いたこともないような甘い声が漏れた。

俺の無自覚な魔力と、純粋に子供を気遣うような温かい包容力を至近距離で浴びたネリアは、みるみるうちに顔を真っ赤にしてフリーズしてしまう。


冥界の王女が、完全に恋に落ちた乙女の顔になった瞬間。

背後で、ただならぬ三つの殺気が爆発した。


「……ちょっと目を離した隙に、また泥棒猫を増やしてるじゃない」

「アルトは絶対撫でるの禁止。私の頭だけ撫でていればいいの」

「お姉ちゃん、さすがにちょっと怒るわよ」


サクリアの極大魔法、ユエルの聖剣、ミサリアの超重力が再び俺の背後で限界突破のチャージを始めている。

イルマもバインダーを構え、なぜか公務員としての戦闘態勢に入っていた。


これはまずい。

俺は修羅場を回避するため、ネリアが両手で大事そうに抱えていた打刻機に目をつけた。


「あ、出勤ご苦労様。とりあえず定時だからこれ通しとくね」


俺は作業着のポケットから自分のタイムカードを取り出すと、ネリアの持つ機械にガチャンと迷いなく通した。

定時退社のアピールをして、この場を平和に終わらせようという完璧な作戦だ。


だが、ジジジッとカードが印字された瞬間、ネリアの顔から一気に血の気が引いた。


「ば、馬鹿者。これはただの打刻機ではない。冥府の戸籍に魂を刻み込む、永久就職の契約書だぞ」


ネリアが震える手で差し出したカードには、打刻時間の代わりに『冥界王女ネリアの夫』という文字が真っ赤な血文字で刻まれていた。

それを覗き込んだサクリアたち三人の動きが、ピタリと止まる。


世界を滅ぼすほどの静寂が、ほんの一秒だけ更地に降り降りた。


直後、絶対に踏み抜いてはいけない地雷を全力で踏み抜いた俺の頭上に、神話級の武器と極大魔法が容赦なく振り下ろされる凄まじい轟音が鳴り響いたのだった。

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