第31話
巨大な骨の腕が俺の胴体をガッチリと掴み、冥界の暗闇へと引きずり込もうとする。
周囲に死者の怨嗟の声が響き渡る中、俺は足元に転がっていた小さな鉢植えをヒョイと拾い上げた。
「みんなはここで待ってて。奈落って日当たり悪そうだから、この観葉植物だけ持っていくよ」
俺は一人で冥府へ乗り込む覚悟を決め、家族たちへ爽やかに微笑みかけた。
だが、そんなお涙頂戴の展開を、この家の規格外同居人たちが許すはずもない。
「未納の税金がある納税者を、冥界になど渡しません」
真っ先に動いたのはイルマだった。
冷徹な公務員は魔導バインダーを投げ捨て、俺の右足に思い切りしがみついてきたのだ。
「ちょっと! 税務局のくせにアルトに抱きつかないでよ!」
「妻である私を置いて冥府へ行くなど、絶対に許さないわ」
ユエルが俺の左足に飛びつき、サクリアが背中から首に腕を回してガッチリとホールドする。
「ああもう、みんなお弁当も持たずに地獄へ行く気? 仕方ないわね」
最後はミサリアが巨大なサンドイッチのバスケットを抱え、俺の腰にタックルするように飛び込んできた。
大人四人の美女が俺の全身にぶら下がり、冥界の門を挟んで凄まじい密着度の綱引きが始まる。
『ぐぬぬ……人間の分際で、冥府の引力に逆らうというのか』
門の奥から、骨の魔神がギリギリと歯ぎしりをするような念波を送ってくる。
だが、俺が気になっているのは別のことだった。
「ちょっとみんな、引っ張らないで。鉢植えの土がこぼれちゃうだろ」
俺は鉢植えを水平に保つため、無自覚に少しだけ足を踏ん張り、冥界の門とは逆の方向へグイッと体を引いた。
ただの村人Aによる、日常のささいな踏ん張り。
しかしそれに乗った無自覚な規格外の筋力と魔力が、神話の引力を完全に凌駕した。
メキッ。
ズゴォォォォンッ
「えっ」
門の奥から間抜けな声が響いたかと思うと、見上げるほど巨大だった骨の魔神が、門の枠をへし折りながら地上へと勢いよく引っこ抜かれてきた。
そのまま顔面から畑の更地に激突し、巨大な骨の体がガラガラと音を立ててバラバラに崩れ落ちる。
冥界の絶対的な使者が、ただの踏ん張り一つで完全に物理粉砕されてしまった。
あまりのあっけなさに、俺にしがみついていた四人も唖然として動きを止める。
「よし、土はこぼれてないな。……って、あれ」
俺が安堵の息を吐いた直後。
バラバラになった魔神の骨の山の中から、一人の小柄な少女がゴホゴホと咳き込みながら這い出してきたのだ。
漆黒のドレスに身を包み、頭には豪華な王冠。
そしてその手には、なぜか見覚えのあるギルドの『タイムカードの打刻機』がしっかりと握られていて――




