第30話
「私のアルトから離れなさい」
「邪魔者は両断するのみ」
「お姉ちゃんが消毒してあげる」
サクリアの極大魔法、ユエルの聖剣、ミサリアの超重力。
三人の致死量の殺意が、俺の腕にしがみつくイルマへと放たれた。
だが、イルマは眼鏡を光らせて不敵に笑う。
「無駄です。この手錠はギルド税務局の最高傑作である神話級魔道具。いかなる物理も魔法も完全に反射し」
ズドガァァァァンッ
イルマの言葉通りだった。
手錠に直撃した三人の規格外の攻撃は、鏡に跳ね返るように完全に反射されたのだ。
行き場を失った破壊の奔流が、俺たちが苦労して耕した畑とギルドハウスの残骸を跡形もなく吹き飛ばしていく。
砂埃が晴れた後には、見事なまでの更地だけが広がっていた。
俺はポカンと口を開け、虚無となった我が家を見つめた。
『あ、これ。修繕費どころか新築費用がかかるやつだ』
俺の頭の中で何かがプツンと切断される音がした。
スローライフの完全崩壊。無限に増え続ける借金。そして俺の腕に絡みつく理不尽な金属の輪。
俺は作業着のポケットから、サビだらけの園芸用ハサミを取り出した。
「アルト様? 諦めて私と二十四時間一緒に」
「ごめん。ちょっと出費の計算でイライラしてるんだ」
俺はイルマの言葉を遮り、神話級の金属鎖にハサミの刃を当てた。
そして、庭の雑草を刈り取るような軽い力でチョキンと刃を噛み合わせた。
パキィィィンッ
いかなる魔法も反射するはずの絶対捕縛の銀鎖が、百円のハサミであっけなく真っ二つに切断された。
「えっ」
イルマが目を見開き、サクリアたちも唖然として動きを止める。
俺はハサミをポケットにしまい、深く長いため息をついた。
よし、これで邪魔な手錠はなくなった。
あとはこの更地になった家をどうやって再建するか考えるだけだ。
そう思って俺が空を仰いだ、まさにその瞬間だった。
切断された手錠の断面から、不吉な真っ黒な瘴気が噴き出したのだ。
ゴゴゴゴゴッ。
大地が深くひび割れ、更地となった庭のど真ん中に、巨大な骸骨のレリーフが彫られた『冥界の門』がせり上がってくる。
「なっ……なぜ神話に伝わる大冥界の扉がここに」
サクリアが驚愕の声を上げた直後、重々しい石の扉がギギギと開いた。
中から姿を現したのは、ボロボロの黒いローブを纏い、巨大な天秤を持った見上げるほど巨大な骨の魔神だった。
魔神の虚ろな眼窩に青い炎が灯り、地響きのような声が世界を震わせる。
『我は冥府の取り立て屋。神話の縛鎖を破壊せし大罪人よ。その代償として、魂の尽きるまで奈落の底で強制労働を命ずる』
ファンタジー世界の究極の借金取りが、巨大な骨の腕を伸ばし、俺の体を冥界の扉の奥へと一気に引きずり込もうとして――




