第27話
動けない俺を見下ろす三人の瞳に、暗く危険な光が灯っている。
「あー、腰痛には絶対安静が一番なんだ。だから誰も俺に触らないでくれ」
俺は虚空を仰ぎ見ながら、必死の現実逃避を試みた。
だが、最強の同居人たちは俺の言葉を全く違うふうに解釈したらしい。
「そうね。安静にするなら、冷やさないように私たちが体温で温めてあげるわ」
「私もアルトにひっつく」
「労働基準監督官として、傷病者の体温管理も職務に含まれます」
サクリアが右腕に、ユエルが左腕に、そしてイルマが俺の胸に覆い被さるように密着してきた。
三人の極上の柔らかさと、それぞれ違う甘い香りが、俺の理性を限界まで揺さぶる。
『だ、ダメだ。このままじゃ腰より先に俺の心臓が爆発する』
密着治療という名の甘い拷問に意識が飛びかけた、まさにその時だった。
「アルトの看病は、家族である私の特権よ」
地獄の底から響くような極低温の声と共に、畑の空気がバキバキと凍りついた。
土埃の向こうから、手押し車に山盛りの怪しげなすり鉢と薬草を積んだミサリアが、凄まじい鬼の形相で歩み寄ってくる。
「泥棒猫たちは退きなさい。今すぐお姉ちゃんが、世界樹の樹液と神話の霊草を原液でブレンドした特製湿布を貼ってあげるから」
背後に巨大な死神の幻影すら見えるミサリアのドス黒いオーラに、さしもの最強三人組も本能的な恐怖を覚え、一斉に飛び退いた。
俺の腰に、ミサリアの手によって冷たい特製湿布がピタリと貼られる。
瞬間、全身の毛穴という毛穴から爆発的なエネルギーが吹き出した。
ぎっくり腰の激痛が嘘のように消し飛ぶだけでなく、かつてないほどの規格外の魔力が、俺の体内でギュルンギュルンと乱気流のように渦巻き始める。
「おおっ、治った。姉さん、ありがとう」
俺が勢いよく立ち上がり、腰の調子を確かめようと軽く足踏みをした直後。
ズドォォォォンッ
俺が軽く足を踏み鳴らしただけで、足元の大地が地平線の彼方まで割れ、空を覆っていた分厚い雲が衝撃波で円形に吹き飛んだ。
「えっ」
「アルト、動いちゃダメ! ミサリアの過剰な回復魔法のせいで、今のあなたは『くしゃみ一つで大陸が消滅する歩く災害』になっているわ」
サクリアが青ざめた顔で叫んだ。
どうやらミサリアの重すぎる愛情が俺の無自覚チートを限界突破させ、ちょっとした動作がすべて世界崩壊レベルの破壊力を持つようになってしまったらしい。
動けば世界が滅びる、究極のデバフ状態。
俺が冷や汗を流して石像のように硬直していると、イルマが震える手で分厚いバインダーの魔導計算機を叩き始めた。
「あ、アルト様。個人の許容量を著しく超える魔力の保有は『重度魔力超過保有税』の対象となります。現在のアルト様の魔力残高ですと、毎秒ごとに天文学的な遅延損害金が加算されまして」
動けば世界が滅びる。だがこのまま止まっていても、秒速で借金が無限に膨れ上がっていく。
逃げ場のない究極の八方塞がりの中、俺の鼻先に、どこから飛んできたのか一枚のタンポポの綿毛がふわりと落ちてきて――




