第26話
「イルマは俺の家の客人だ。手出しはさせないぞ」
俺はイルマを背後に庇い、特大のモグラに向けて害虫用のハエ叩きを振りかぶった。
「ちょっと下がってて。あのモグラを穴に埋め戻すから」
平穏なスローライフを守るため、ハエ叩きを一閃しようと腰を捻ったその瞬間。
ピキッ。
俺の腰の奥底で、絶対に鳴ってはいけない致命的な音が響いた。
「痛っ」
慣れない農業で加減を知らずに鍬を振り回したツケが『ぎっくり腰』という最悪のデバフとなって襲いかかってきたのだ。
力なく崩れ落ちる俺の体を、背後にいたイルマが慌てて抱き止める。
「アルト様! しっかりしてください」
結果的に、俺はイルマの柔らかな胸の谷間に顔をうずめる形になってしまった。
『……あ、これ絶対にやばいパターンだ』
俺が冷や汗を流した直後、サクリアとユエルの理性を繋いでいた糸がプツリと切れる音がした。
一方その頃。
クレバスから這い出した神話級の地底竜は、圧倒的な恐怖に震え上がっていた。
数千年ぶりに目覚め、地上を支配しようと威嚇しただけなのに。なぜか目の前にいる黒髪の女と銀髪の女から、星を砕くほどの理不尽な殺意が放たれているではないか。
しかもその標的は自分ではなく、気絶した男を抱きかかえる眼鏡の女である。
地底竜が逃げ出そうと一歩後ずさった、まさにその時。
「その薄汚い腕をアルトから離しなさい、泥棒公務員」
「アルトに触るなおおおお」
サクリアの極大殲滅魔法と、ユエルの神話級の斬撃が同時に放たれた。
「善良な納税者の健康と財産を守るのも、私の義務です」
対するイルマも全く退かない。
手にした魔導バインダーを盾のように展開し、国家権力の理不尽な防御結界を張り巡らせる。
ズドガァァァァンッ
三つの規格外の力が激突し、ついでに巻き込まれた可哀想な地底竜は、断末魔を上げる暇もなくチリとなって消滅した。
だが、本当の地獄はここからだった。
「アルトが腰を痛めて動けないなんて。これは妻である私が、服を脱がせて徹夜で看病を」
「違うよ! 私がアルトの体を隅々までマッサージして治すの」
「いえ、労働災害ですので、労働基準監督官の私が特製湿布を直接お貼りします」
土埃が晴れた後。
ぎっくり腰で指一本動かせない俺を見下ろす三人の瞳に、暗く濁った危険すぎる光が宿り始めていて――




