24話
むー、柔らかい感触。
これはあれだ、以前泊まった高級ホテルのエグゼクティブスイートルームのベッド。
ふわっと体を包み込むようでありながら、まるで重力を感じさせないかのような圧倒的な抱擁感と浮遊感、ずっとこのまま寝ていたい。
風呂にいたような気がするけど、これはつまり、これは装甲指揮車に設置されたベッドだな。
どうやって戻ってきたかは、考えないようにしよう。
あっちの風呂は広くて気持ちよかったけど、あれは落ち着かないな~まあ、装甲指揮車にも風呂あるし、普段はこっちでいいか。
で、明日はどうするか。
まずは、ティーガーの修理だ。
他のゲシュペンストも修理やメンテしないとならないし、そうなると野戦整備拠点と仮設宿舎の設置が最優先だな。
おやっさんに場所を借りて……個人的にはガンブット基地に拠点を置きたいけど、それには完全にあそこを調べて、敵を駆逐してからだから、ちょっと時間が掛かるか。
それまでは、整備場に間借りだな。
場所が決まれば各メイド隊にも人員補充して、機体や兵器の整備と、在庫の整理。
在庫と言えば、あのサソリの価値を調べないと。
売れるかな。
それとも、装甲溶かしてインゴットにでもした方がいいかな。
で、ティーガー直ったら、おやっさんを乗せて情報を色々と聞き出す、大体はこんな所かな。
んー、ところで今何時だ。
まだ目が重いが何とかまぶたを開けると……んん~~このベッド肌色だったっけ?
って、これ違う!
物凄い勢いで飛び起きると、そこは物凄い光景となっていた。
まさかのジェットストリーム膝枕ベッド。
左右のベンチに座ったメイドたちが、膝を突き合わせて自分の体を支えてくれている。
どうやら場所は、この薄暗さと温かさからすれば、さっきの脱衣所らしい。
ってことは、それほど時間たっていないのか。
「お目覚めになりましたか」
上から敷嶋が声を掛けてきた。
むっ、グレートツインマウンテンが重力に惹かれて、いや引かれている。
やばい、バスタオルも重力に従っている。
重い物が下に落ちるのは必然なのかっ。
しかし、ここで視線を向けると、落ちるのはバスタオルではなく、自分の尊厳っ。
いや、落ちるのではなく墜ちてしまう!
敵は下だ、主砲対空射撃準備をするんじゃない、砲の位置は俯角だ、仰角かけるな!
己の心の砲戦指揮所に命令を下す。
いいか、今は対空戦闘をする時じゃない。
ましてや誤射などしたら、その際はどうなるか分かっているな。
素数を数えろ、2999、3001、3011、3019……って、何でそこからだよ。
リーマン予想によれば、ある数以下の素数は何個あるか定数化可能だが、まだ証明されていない数学上の問題で……よしよし、対空戦闘準備をしようとした主砲も収まってきた。
深呼吸を一つして、必死に何気ない風を装い、落ち着いた声を出す。
「ああ、済まない。寝てしまったか」
「はい、お疲れだったのでしょう」
敷嶋のフォローが逆に心に痛い。
上半身を起こそうとする。
「どうぞ、そのまま」
「いや、しかし」
「急に動くと危険です。私どもにお任せを」
敷嶋と反対側にいた朝日が、上半身を寄せてくる。
そのままがっしりと体をホールドされ……うむ、柔らかい。
やばい、敵機直上、対空戦闘急げ!
その命令はダメだ、絶対にダメだ。
しかし、グレートツインマウンテンの左右からのアタックで、クアドラプルマウンテンアタック、これにはなす術がない。
上半身をゆっくりと起こされると同時に、足側のメイドたちが膝を順次引くことで、足が地面に着いた。
更に月影が前から覆いかぶさるように抱きかかえ、後ろから山桜が体を支える。
……うむ、新しい知見を得た。
刺激が過剰になって、ある一点を超えると、人間、何も感じなくなるのだな。
主砲が発射しなくとも、人間賢者になる時は賢者になる。
ソクラテス曰く、ただ一つの真なる知恵とは、自分が無知だと理解することにある、と。
今、自分はそれを知った。
いや、ごめんなさい。
賢者モードってのは、なるべくしてなるんだよ。
分かれよ。
うちのメイドたち、意外と肉食系?
そんな設定した覚えないんだけどなあ……どこまでが業務なんでしょうか。
誰か教えてくれないかなあ。
いやまあ、もう一歩踏み出せばいいのかもしれないけど、嫌われたらやじゃん?
あとほら、贅沢かもしれないけど、慎みと恥じらいって大事だよね。
賢者である今こそ冷静に物事を進められる。
立ち上がって、収納から牛乳を出そうとすると、月影が既にふたを開けた瓶を渡してくれる。
むう、致せり尽くせりじゃないか。
腰に手をあてて一気飲みをする。
のぼせた頭に、この一杯が実に気持ちいい。
収納からラムネと炭酸水と牛乳の瓶を出して、全員に勧める。
風呂の後の水分補給は必須であると、命令を付け加えて。
下手に遠慮されると困るし。
一休みして汗が引くと、月影が新しい下着を持ってくる。
「お、もう出来たのか?」
「はい、ですが全員に必要な分だけ作るとなると、やはり手が足りません。補給中隊も速やかな増員をお願い致します」
「うむ、考慮する」
やっぱり増員要請来たかー。
下着を月影から受け取ろうとすると、首を左右に振る。
すると、拆釧と拆鈴が近寄ってきて、月影から下着を受け取り、足を上げるように身振りをする。
「えーっと……」
月影がじっと見ているので、自分で着るとは言えないで、指示の通り足を上げる。
すると拆釧がこちらを支えつつ、拆鈴が下着を足に通す。
そして足を下ろすと、反対側の足を持ち上げられて、結局履かされてしまった。
その上に浴衣のような簡単な夜着を着せられて、手早く身支度をさせられると、敷嶋が扉の所で待っている。
「あれ、他のみんなは?」
「身支度と片付けがございますので、後程参ります」
そう言うと、さっきまで履いていた短靴の代わりに、サンダルを差し出してくる。
足を入れて外に出ようとすると、敷嶋と山桜が左右に付き従い、それ以外の全員が後ろで頭を下げる。
その光景に一瞬慌てたが、動揺を隠して右手を軽く上げて挨拶を送る。
敷嶋が扉を開き、山桜が一礼すると素早く動いて先に出ると、ランタンを手に周囲を確認する。
「危険はございません。暗いのでお気をつけて」
すっと山桜が左前に立つと、ランタンでこちらの足元を照らして歩き始める。
それに着いて行くと、後ろに敷嶋と朝日が付き従う。
拆釧と拆鈴が、音もたてずに暗い中を小走りで先に行くのが見えた。
外は山桜のランタン以外はほぼ真の闇、と言いたい所だが、星が凄い。
昔、田舎で見た星空が天の川が綺麗に見えたように、いやそれ以上にはっきりと天の川が見えている。
しかも空気が乾燥しているせいか、あまり星が瞬いていないように思える。
これだけ綺麗に見えるのは、周囲に灯りが無くて暗いからなんだろうけど、それと同時に自分の目の性能が上がっているのかもしれないなあ。
ちょっとゲームのやりすぎで近視気味になっていたのが、欠片も気配がない。
そうそう、もう一つやるべきことあったわ。
この身体のスペックとスキルを確認するのと、実際にスキルがどの程度体に馴染んでいるか、必要な時に必要なスキルが出せるのか、そして自分がそのスキルを使いこなせるのか調べないと。
銃と刀は使えたけど、体に馴染みきって、いや頭がついていっていないからなあ。
さっき生き残ったサソリが出てきた時も、まず体が動く前に一瞬硬直しちゃったし、これが実戦だと命の危機に繋がりかねない。
装甲指揮車にたどり着くと、扉を拆釧が開けてくれて、その横で拆鈴が頭を下げている。
「ありがとう」
「「もったいないお言葉です」」
二人がハモって応える。
うむ、実に双子感があっていいね。
その間に敷嶋と朝日が中に入り、山桜が足元を照らしてくれる。
「段差にお気を付け下さい」
いつの間にか、装甲指揮車の側面扉の前に踏み台が置いてあり、拆鈴が手を出して掴まるように促している。
なので、拆鈴の手を取って、踏み台を登り、車内へと入る。
車内の照明も既に点いている。
現代のホテルとコラボなので、LEDライトなのがちょっと違和感があるが、部屋が暗いのは嫌いなので、こっちの方がありがたい。
海外のホテル行くと間接照明ばっかりな上、部屋全体を照らす照明が無かったりして暗いんだよな。
あれはちょっと困る。
この部屋も最初か全部間接照明で、しかも電球のような暖色系だったのを、そこはカスタマイズで白色に変えてある。
その辺りまでカスタマイズできるのが、パンストのこだわりだけど、こだわりすぎと時々思わなくもない。
内部に入るとすぐに朝日が自分の体を支えたので、何事かと思ったら、敷嶋が足元に跪いてこちらの足を拭いてくれる。
外をサンダルで歩いたからなのは分かるが、ちょっとくすぐったい。
拭き終わると、敷嶋がスリッパを足元に差し出してくれた。
「敷嶋、朝日、ありがとう」
「いえ、メイドのつとめですから」
二人とも恭しく頭を下げる。
「本日は、お部屋付きが私敷嶋と朝日、身の回りのお世話は拆釧と拆鈴、警備は山桜が致します。御用があれば、お呼びください」
「ああ、宜しく頼む」
部屋付きとか良く分からないが、敷嶋の言うことには基本的に従っておく方がいい。
こちらの知らない作法とかのあれこれも、自分よりもよく知っている……まぁ、ちょっと知識が偏っているような気がしなくもないんだけど。
「すぐにお休みになられますか? それとも何かお飲み物でも?」
「いや、今日は疲れたから寝るよ」
「分かりました、ではこちらに」
今度はさっき着たばかりの夜着を脱がされ、別なナイトガウンを着せられる。
何度も脱いだり着たりさせられて、ちょっと大変なので、一言告げる。
「普段はここまでしなくていいぞ」
「いつも清潔にしておく必要がありますから」
どうやら敷嶋も朝日もそこは譲る気はないらしい。
ご主人様というの大変だ。
朝日がベッドの掛布を持ち上げてくれたので、そこからベッドの中に入る。
うん、柔らかい。
でも、さっきの無重力みたいな感触は無いな。
いやいや、あれは夢だ、そんなことは無かった、いいね?
電気を消そうとすると、敷嶋たちがベッドの横に控えている。
「君たちはいつ寝るんだ?」
「交代で休息を取ります。ご安心下さい」
と言ってもなあ、彼女たちもアシスタントの時とは違うんだから万全でいて貰わないと困る。
しっかり全員が休憩を取るように言いつけるが、疲れていたせいか、すぐに眠りに落ちた。
「おやすみ……」
「「おやすみなさいませ」」
今日は実に大変な一日だった。
これで目が覚めたら、全部夢だったりしないよな……。
ここでようやく一区切りです。
宜しかったら評価を入れて頂けると嬉しいです。
戦闘とメイドたちとのキャッキャウフフと世界を探検する比率って、どの位が皆さんお好みなんでしょうか。




