20話
一旦後退し、姿勢を直立フォームへと戻す敷嶋。
視点が一気に高くなり、土手の上に上半身がせり上がって、照準器に敵影が入った瞬間、主砲を発射する。
今度も中央のアクラブを庇おうと他のサソリが動いたが、距離が詰まっているのと、敷嶋が後退したせいで一瞬砲口が見えなくなったからか、動きに迷った中型に砲弾が吸い込まれ、その頭部から尾部まで砲弾が貫通、更には後ろにいた一体にも命中する。
「お見事です」
こちらの射撃を称賛しつつ、敷嶋はティーガーを目の前の土手に真っ直ぐ向かわせずに、ある程度後退してから方向変換してから加速した。
正面から土手を乗り越えると、戦車同様にゲシュペンストでも弱点である下部を晒しかねない。
上半身を斜めにすることで装甲の厚みを稼ぎつつ、土手を勢い良く乗り越え、そのままの勢いで道路も越えて土手の反対側へと降りる。
「躍進射三回!」
「了解」
照準を大まかに敵の群れに向け、敷嶋に指示を出す。
加速状態から機体を急停止させると、一瞬大きく機体が揺れるが、優秀な衝撃吸収機構のお陰ですぐに動揺が収まる。
その瞬間に主砲発射ボタンを強く押し込む。
発射と同時に敷嶋は再びティーガーを加速させ、敵の進路の前を斜めに横切るように進ませる。
その間に砲弾は中型の一体に命中し、それを粉々に吹き飛ばした。
進んでは止まり、進んでは止まりを繰り返し、その都度主砲を発射、距離をじりじりと詰めつつ、アクラブ周辺の雑魚を排除していく。
敵側も尻尾から針を撃ち返し、更に距離を詰めようと接近して来るが、敷嶋の巧みな操縦によって、こちらを射線に捉えることができないで数を減らしていく。
それでも数の多さを生かして、扇状に大きく拡がってこちらを包囲しようとする。
「だが、それは悪手だ!」
拡がることにより、隊列の縦の厚みが減る。
それはアクラブの盾となる数が減るということであり、また相互に支援も難しくなる。
最初には静止状態で、次にはいちいち止まって撃つというのを見せておいたお陰で、アクラブ側はこちらが止まらないと撃てないと思い込んでいる可能性がある。
その証拠に、急停止のそぶりを見せると、こちらの真似をするようにジグザグに動いて砲撃を攪乱しようとしている。
「敷嶋、安定装置を入れろ」
「はい」
履帯で移動する車輌で不整地を高速走行すれば、上下左右に激しくシェイクされ、中の乗員が体のあちこちをぶつけるなんてのは珍しくない。
慣れていないと、車酔いで吐き気がすることもしょっちゅうだ。
更に二本足で歩くゲシュペンストは、上下動が極めて激しい。
そのために高速移動時には、振動を減らすために腰を低く落とし、かかと部の履帯で某肩を赤く塗るアニメのロボのように走行するのが一般的であるが、それでも地形の凸凹は直接伝わってくる。
ゲームではこの辺りはある程度緩和されていたが、始めた頃は3D酔いで三〇分もプレイしたら気分が悪くなることもあったぐらいだ。
なので、本来戦車もゲシュペンストも、できるだけ静止状態で射撃を行うか、もしくは先ほどのように躍進射撃――移動して急静止して車体の動揺が収まったら射撃――をするのがセオリーだ。
しかし、プレイヤーが慣れて行くのと同時に、ゲーム側も進化する。
課金装備だが、加速度計とジャイロスタビライザーによって常に安定する照準と、それと電動で連動する主砲と膝と腰の衝撃吸収機構によって、走行中でも目標を狙い続けるのが可能となった。
これが安定装置だが、ゲームだと機体がぐにぐに動いているのに、照準器の中だけが安定しているから3D酔いが酷くて、あんまり使いたくなかったんだよな。
機体の癖や主砲の性能や弾道に慣れてくると、別に安定装置を入れなくても普通に移動中に当てられるようになってくるし。
しかもこっちには、優秀な操縦士である敷嶋がいる。
ゲーム中可能な限り上げられるまで上げた演算能力によって、常に地形を把握してそれにあわせて機体を細かく制御し、できるだけ揺れないように走らせるなんてお手の物だ。
さすがに現代の最新鋭戦車のような、カップに入れたコーヒーがどんな不整地を走ってもこぼれないとか、レーザー測遠器で距離を割り出し、自動追尾装置で目標を捕捉し続けるとか、諸元を入れると自動で弾道を計算するデジタル式弾道計算機や、ネットワークで指揮統制を行う装置なんてものは備えていない。
余談だが、某うさぎさんたちのM3中戦車は、開発時からスペリー式砲安定装置を搭載しており、それ以降のアメリカ戦車にも搭載されるようになっており、ゲーム中でもそれは再現されていて、アルゲンテウス合衆国のゲシュペンストは、課金なしでも砲安定装置が使用可能となっている。
安定装置を作動させ、敷嶋が操縦を加速重視から安定重視に変更すると、明らかに上半身の動揺が減少、照準のぶれも少なくなった。
彼我の距離は一二〇〇を切っている。
この距離なら、動きながらでも必中距離だ。
撃ち切った高速徹甲弾を徹甲榴弾に切り替え、動きを止めないまま緩やかに上半身を右から左へと移動させて、照準に入った中型へ砲弾を叩き込む。
敷嶋が照準の中に次の目標が入るように車体を移動させ、すぐに二発目を発射。
三発、四発、五発と同じ動きを繰り返し、扇の要であるアクラブ周辺にいる中型を撃破した。
これでアクラブの周りには守る盾がいなくなった。
慌てて周囲に展開したサソリどもが戻ろうとしているが、そうはさせない。
もう一度砲弾を、さっき二発撃った粘着榴弾のマガジンに戻すと、距離が詰まったアクラブへと叩き込んだ。
砲弾は大きく盛り上がったアクラブの背中部分に命中、砲弾が変形して直後爆発するのが見える。
やったか、と言いたくなるのをぐっとこらえる。
ピクピクと両手の鋏を動かし、そのまま地面に力なく落ちるかと思った直後、それを上に振りかざすと、急加速で真っすぐにこっちに突っ込んできた。
「まだ生きてるのか!」
「頭部を狙って下さい」
敷嶋の冷静な声に我に返ると、頭を狙ってもう一発撃ち込む。
砲弾に向けて両手の鋏を頭部の前で交差するアクラブ、しかし鋏に着弾し、それを根元からもぎ取った。
「もう一発だ!」
残りの一発を無防備になった頭部へ叩き込むと、今度こそ体が大きく跳ね上がり、その後はだらりと脚を周囲に伸ばして動かなくなった。
同時に、アクラブを守ろうと中央に向かっていた中型も、制御を失ったようにその場でぐるぐると回り始める。
「手間取らせやがって……あとは、え?」
ぐるぐる回っていた中型が突然ピタリと動きを止めると、一斉にこちらを向いて、両腕の鋏と尾の針を掲げて威嚇して来る。
「どういうことだ?」
「どこかにまだ司令塔が存在している可能性大、ご注意を!」
「要するに仮称アクラブはボスじゃなく、中ボスだったってことか!」
「そう考えるのが論理的に適していると思われます」
「ちっ、なかなか終わらせてくれないな。いい加減しつこいぞ」
舌打ちをしつつ、中型に向けて片っ端から砲弾を叩き込んで行く。
最初の町出たばっかりで、いきなり連続バトルとかゲームバランス悪すぎだろ。
まぁ、チュートリアルバトルでヒュドラだったし、もうちょっとこう手加減を……あ、こっちもマックスまで強化している魔改造ティーガーだから、おあいこか。
つか、このクラスの敵相手に、味方戦力が中型クラスのⅢ号とかバレンタインとかしかないって、人間側詰みすぎだろ。
こうなったら根比べだ、雑魚を全部潰せば、嫌でも大ボスが出てくるだろう。
隊列を組んで統制が取れた動きで正面から攻めてくるサソリの群れ、最前列が撃破されても、その残骸を乗り越えてやってくる。
あの無機質な列の行進は、まるでスターリングラードの戦いか、もしくは年二回海沿いで行われるコミックの祭典の入場のようだ。
まあ、コミックの祭典では、倒れた参加者を踏み潰したりはしないけど。
何も考えないで、目標を照準に入れて砲撃、砲弾を撃ち尽くすと次のマガジンに交換し、ひたすら撃ち続ける。
だが、撃っても撃っても敵の数が減らない。
むしろ増えている気がする。
「砲身温度上昇中、危険域に近付いています」
敷嶋から緊急報告が上がってくる。
まずい、このまま撃ち続けると、砲身の中で砲弾が爆発する腔発が起きるかもしれない。
そうなったら、砲身が使えなくなるだけじゃなく、最悪収納庫の内部爆発で、ティーガーが木っ端みじんになりかねない。
確かに、通常時の搭載砲弾の八割をこんな短時間で撃つなんて、普通はあり得ない。
本来は装填にもっと時間がかかるのを、自動装填装置と収納庫で短縮していたのが仇となったか。
これ以上は主砲は撃てない。
じゃあ、どうする?
それ以前になんで敵は増えている?
どこから来ているんだ?
「敵の数、増えてないか?」
「はい、現在の撃破数六〇、当初出現数の四〇を越えました」
「どこから来ている?」
「お待ち下さい……」
珍しく敷嶋が即答しないで、演算に時間を掛けている。
一見、北東の低地の切れ目から追加が来ているように見えるが、どうもそれ自体がブラフのようだ。
そういえばさっき、敷嶋が最初からここが罠だと言ってたな。
あの時は東から来た群れが囮だと思ったが、それも含めて我々を引き込む罠……いや、何のためにここに引き込んだ?
ただ叩き潰すだけなら、こんな罠は必要ない。
しかも微妙に群れ同士の連携が悪い。
ということはだ、こっちの戦力を確認して、どんな戦い方をするか探ろうとしていたのか?
それはまさか、アウグスタ市から見張られていた?
いや、ヒュドラが潰されたのを知って、その戦力を探ろうとしたのか?
どうやって知ったかは分からない。
だが、脅威になるような戦力が来たから……なぜ、今のタイミングで?
くそが、何者が俺を転移させたか知らないが、これも仕込みだとしたら相当底意地が悪いな。
我々がガンブット基地に突っ込むのを待って、戦力を丸裸にして、最後にどこかに隠れている大ボスが攻撃を仕掛けるつもりだったのか?
じゃあどこだ、この全体を眺められる特等席は……。
頭を必死になってフル回転させる。
全てを見る特等席……そうか、分かったぞ!
そうか、分かったぞ!
「敷嶋、戻るぞ!」
「はい?」
「敵の本体はあそこだ、あそこで俺たちをずっと観察してやがったんだ!」
長く続いた戦闘もあとちょっとです。
師匠戦闘長いよ、三行で終わらせてよ! と思いつつ書いています。
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