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19話

双眼鏡で周囲の状況を確認する。


現在はガンブット基地の台地北側、さっきよりも二〇メートルちょっと下がった地点であり、北東の低地の切れ目から続々とサソリの群れがこちらに向かって来ている。

切れ目の辺りは恐らくここよりも更に三〇メートルほど低く、南に向かって上り坂となっている。

その坂の中に真っすぐ北に向かって道が続き、低地を越えた先にまた東西に続く低い丘があり、その丘に沿って道は東に曲がっている。

その先でサソリの群れが出てきた切れ目で道は北上しており、恐らくその先にあった港へと繋がっているのだろう。


こうやって見ると、この地形は海岸段丘だと良く分かる。


群れの中央には、さっきの厄介な仮称ボス級がいるのも見える。


「中央の大型を、以後Aqrab(アクラブ)と仮称する」


「了解、アクラブまでの距離二八〇〇」


「敵に対して道の後ろ側を移動、二〇〇〇まで接近」


「了解しました」


この辺りは砂漠でも時折雨が降るらしく、水没しないように道は周囲よりも少し盛り上がった土手の上にある。

しかも、向こうの方が低い位置にいる以上、この地形を生かさない手はない。

敷嶋がティーガーを加速させて坂を下りながら土手の後ろに回り込むと、少し走った所に枯れワジと思われる浅い溝があるのが見えた。


「あそこで待ち構える、姿勢モード戦車タンクフォーム」


「了解、モードチェンジ」


敷嶋が、シート横に取り付けられた姿勢変更レバーを、直立スタンディングフォームから戦車タンクフォーム位置に変更する。


機体が大きく旋回した直後に、尻の下の方からガコンとロックが外れる音が響き、走行時の腰を低く落とした姿勢から、股間の装甲ブロックが斜め後ろに移動して、下部の補助履帯が接地する。


「補助履帯接地」


次いで、両脚を前に投げ出すように移動させ、つま先が上がり、かかとの履帯をふくらはぎに収納しつつ接地させる。

腰のエンジンブロック下部の補助輪も接地する。


戦車タンクフォーム移行完了」


直立状態では体高六・五メートルのティーガー・ゲシュペンストが、戦車タンクフォームでは実際のティーガー戦車と大差ない三メートル程度まで体高が下がる。

次いで、衝撃吸収用に両手を後ろに下げて、上半身を支え、土手から肩の主砲と頭部だけを出す。


本来ゲシュペンストにはこんな機能は無かったのだが、某野球ファンのロボが登場する映画好きのプレイヤーが、やっぱり戦車ロボと言えば「死ぬ時はスタンディングモード」だろ、と言いつつ改造を行い、それが極東の一部で大人気になったので、元ネタを知らない運営側も姿勢制御システムとして実装した。

諸外国からは、「また日本人か」「どうせなら三段変形させろよ」なんて声が出たが、中には戦車フォームをもっと戦車に近付けるプレイヤーも出て、プレイの幅が広がったと基本的には好評であった。


「射撃準備よし」


戦車において、装甲の厚い砲塔部分だけを出して、車体の大部分を土手で隠して射撃を行う稜線射撃、それが今の姿勢だが、これが射撃姿勢の基礎中の基礎だ。

それはゲシュペンストでも同じで、いくらこのティーガーの装甲が魔改造してあるといえども、少しでも相手に姿を見せずに攻撃できる時はそれを選択する。

但し戦車フォームは主砲の衝撃吸収のために、両手を地面に付けているので、機動性が著しく落ちるのと、両手が使えないのは大きなデメリットでもあるので、こんな時か、ロマンを追求する時しか使わないのだが。


また、稜線射撃状態だと、周囲を索敵するのが頭部カメラだけになり、しかもそちらは主に照準に使うので、絶大な演算能力を誇る敷嶋の視界が大きく遮られてしまうのもデメリットの一つだ。

一応、操縦席側から潜望鏡ペリスコープを出して周囲を観測できなくもないが、その場合ハッチを開ける必要があるので、戦闘時はめったに使わない。


射撃体勢が整ったので、照準器を頭部カメラの映像に切り替えると、すぐに目標の群れが飛び込んでくる。

急いで広角から望遠にレンズを切り替え、距離の調整を行う。


「弾種、粘着榴弾(HESH)


今回は大盤振る舞いで、最初から自動装填装置の砲弾選択を課金砲弾にする。

こっちの世界では多分二度と課金をすることはできないが、ここで砲弾を惜しんで、究極の回復薬をゲームの最後まで取っておいて、結局使わないでクリアするような真似はしたくない。

それに五発入りのマガジンがまだ二つ残っている。

さっきあれだけ苦戦したんだ、下手に長引かせるよりはさっさと片付ける!


照準を微修正して、主砲を動かし……まだだ、もう少し……今だ!


何度も見慣れた綺麗な弾道を描いて、砲弾が仮称アクラブへ吸い込まれる。


「よし、やった…はぁ!?」


命中したと思った瞬間、少し前にいた他のサソリが急にアクラブの前を横切ったせいで、砲弾を受けて吹き飛ばされる。


「くそっ、ついてない」


照準を僅かに近づけ、次弾装填完了のマークが出たと同時にトリガーを押し込む。

今度こそ砲弾が……いや、まただ、今度は二体も横切りやがった!


「今度は間違いなくわざとだ!」


「確かに今の敵は弾道を確認して、射線上に入ってきました」


「なんてこった!」


くそくそくそ、向こうは砲弾が見えるのか!

しかも見てから移動するとは……。


「発射位置が固定されているので、砲口を見て移動すればなんてことはありません」


「あいつら生ものじゃないのか! それが二キロも先の砲口を視認するなんて‼」


「驚異的な視力ですが、猛禽もうきん類の中には五キロ先の獲物を見分けるものもいるそうです。必ずしも不可能ではないかと」


むむむむ、ボスのアクラブから叩き潰そうと思ったが、これでは無理か!


「弾種、高速徹甲!」


初速が遅い粘着榴弾ではなく、初速が秒速一一三〇メートルにも達する高速徹甲弾に砲弾を変更する。

距離も詰まってきているし、これなら目標までは一秒ちょっとで到達する。

まずは雑魚狩りだ。


僅かに主砲を動かすと……おい、待て。


「奴ら、主砲の動きに合わせて動いたぞ」


「はい、間違いなく見えておりますね。推察するにこちらの攻撃が初見ではないと考えられます」


「過去に砲撃を受けたことがあるってのか?」


「もしくは、先ほど撃破された群れから情報を受けていた可能性も否定できません」


どうやったかは知らんが、群れ自体がリンクしてるかもしれないってことか。

そういや、さっきの群れはボスを倒したら残ったのが突然動きが止まったっけ。

リンクというよりは、群れ一つ、いやこの辺りにいるサソリすべてで一つの生命体なのか?

なら、本当の頭脳はどこだ?


その瞬間、通信機から声が響く。


『こちら朝日、所定位置に到達、これより攻撃を開始しますわ』


しまった、もうあっちも攻撃時間か!


「朝日、そっちの群れも含めて一つの生命体の可能性がある! 動きに注意しろ!」


『大丈夫ですわ、何があってもそちらに近付けません』


「そうじゃなくて」


『攻撃開始!』


直後、通信機から牛か魔獣が、天を切り裂いて吠えるような長く尾を引いた特徴的な音が響いた。

しかも一つではなく、それが二つ三つと増え、ついには通信が全くできなくなった。


ドイツ軍が使用したロケット砲であるネーベルヴェルファー、その中でも最大級の三〇センチネーベルヴェルファー42の音だ。

直径三〇センチ、重量一二七キログラム、炸薬量四五キロのロケット弾を最大四五五〇メートル飛ばすことができる、自分の保有している最大の砲弾だ。

なお、三〇センチ砲弾といえば前弩級戦艦の三笠などの主砲と同等のサイズである。

もっとも三笠の砲弾は重量三八六キロもあり、それが秒速七三二メートルで一三〇〇〇メートル以上も飛ぶのだが。

戦艦の砲には劣るが、それでも通常の野砲などよりも圧倒的な威力の砲弾であり、数発も撃ちこめば、簡単に町の数ブロック程度は吹き飛ばせる。


朝日のベルゲティーガーには、車輌搭載用のヴルフラーメン(発射フレーム)40用のベースプレートを両肩に四か所、背中に二か所取り付け、六発発射可能としている。

更に地上設置型の六連装発射器を一個中隊分計六基と、それぞれ十射分の砲弾も渡してあり、腕と修理用クレーンを使用して再装填を行わせる予定だが、朝日ならば余裕で全てを制御可能だろう。


こいつを全て南の丘の上に叩き込み、崖ごと殲滅する。

八嶋には、弾着と敵の動きの観測を命じてある。

向こうの射程は最大で一キロちょっとなのに対し、こちらは四・五キロ先から一方的に叩き込む。

それだけの距離があるし、敵が迫ってきたら砲は捨てて逃げろとは命令してあるが、敵が一つの生命体だとしたら動きが全く読めなくなった。


「まずは司令塔を発見し、それを倒すのが最優先と進言致します」


僅かな時間だが思い悩んでいると、敷嶋の叱責が飛んだ。


「そうだな、よく言ってくれた。今は考えるよりも動く時だ。当てられないなら、当たるまで接近すればいい。戦車前進パンツァーフォー!」


「了解、それでこそ我がご主人様です」


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