18話
一瞬ティーガーから降りるのは恐怖があったが、それを押し殺してハッチから出ると、いくつかの仕掛けを施す。
完了すると素早くティーガーに戻り、指示を出す。
「八嶋、陽動する。その間に北側の谷に降りろ!」
『了解、ご主人様!』
「出せ、敷嶋!」
「御心のままに」
敷嶋が建物の陰からティーガーを急発進させる。
直後、少し遅れて地面に多数の針が飛来するが、ティーガーの加速について行けずに、全てが後方に着弾する。
既に砲弾は榴弾を装填してある。
「今だ!」
敷嶋に指示を出すと、その場で左膝を僅かに曲げると同時につま先を地面に触れさせる。
かかと部分の履帯が高速旋回している状態で、左に荷重が掛かり、つま先を支点としてその場で急旋回する。
「ぐっ……」
履帯が激しく悲鳴を上げつつ旋回し、機体が激しく横に振られ、あちこちから不協和音を奏でる中、目まぐるしく視界が回って行く。
主砲旋回ハンドルをしっかりと掴み、顔を照準器パッドに押し付けることで、体が持っていかれるのを無理やり抑え込む。
まだか……まだか…………見えた!
照準に南の崖に並んでいるサソリの群れが入った瞬間、榴弾を発射。
九・五キロの弾頭が秒速八二〇メートルで砲口から撃ち出され、徹甲弾よりも山なりの弾道を描いて崖の上の群れに落下する。
榴弾なので、距離さえ合っていれば、厳密に照準を付ける必要はない。
直後、密集していたサソリのどれかに当たったのか、小さな爆発が生じた。
ティーガーの旋回はそのまま止まることなく、主砲も崖の上を横になめるように砲弾を叩き込んで行く。
五発撃った直後、敷嶋が左つま先を地面から離し、一瞬後ろに荷重を掛ける。
それによって、履帯がより強く地面を噛み、旋回していた機体を強引に前進させる。
加速と同時に、少しずつ膝を曲げてやや前傾した走行姿勢へと移行させた。
「行けっ!」
高低差からどの程度の被害を与えたかは分からない。
だが、全く効かなかったわけではなさそうだ。
それでも数が多いので、僅かに混乱したようだが、すぐにティーガーに向けて針を撃ち込んでくる。
だが、一度ティーガーが加速したのに射線を合わせるために、尾を横に向けたのが、急にその場で四分の三回転したのは想定外だったのか、あらぬ方向へと針が飛んでいる。
それを尻目に北側に針路を変更、二基のエンジンを轟かせて加速する。
一方八嶋は、攻撃がティーガーに向いている間に、塹壕から抜け出すと、軽量の機体を生かして一挙に加速、ガンブット基地の中へと飛び込んだ。
そのまま、姿勢を低くして建物の残骸の中をジグザグに走行、基地の北側へと向かう。
左前方に、八嶋機がわざと砂煙を上げてかく乱しながら走って行くのが見える。
直後、台地の北の端を飛び越える八嶋機、低い姿勢でジャンプを小さく抑え、すぐに見えなくなる。
『北側、崖、高さは約二〇メートルぅぅぅぅ!』
通信に八嶋の絶叫が飛び込んできた。
「頼むぞ、敷嶋」
「お任せを」
八嶋の行動によって、北側がどうなっているかは具体的に判明した。
軽量なⅡ号L型に比べ、五倍も重いティーガーで飛び降りるには、少し高さがある。
唯一降りやすそうな場所は、道がある所だが、当然ながらそこに敵の攻撃が集中している。
他の斜度が緩そうな場所を探す暇はないので、今は敷嶋の腕とティーガーに掛けるしかない。
いや、敷嶋の腕は信用している。
この程度、何とでもなる。
舌を噛まないように注意するだけだ。
「行きます」
「よし、行け!」
崖に向かって、姿勢を低くして、速度を上げる敷嶋。
そのままためらうことなく崖の縁を蹴るように踏み切り、斜め下へと重力に引かれて落下する。
だが、飛び出す直前に、腰部のフックに取り付けてある二本の牽引用ワイヤーをロケットアンカーで射出、崖の縁に打ち込んだ。
次いで、腰や脚に取り付けた固形ロケットを噴射、落下速度を制御する。
崖が風化して溜まった砂が噴射によってもうもうと舞い上がり、視界が完全に遮られる。
だが、崖下の斜面に履帯が接地した瞬間、敷嶋は脚部の固形ロケットをパージする。
脚部のダンパーが思いっ切り圧縮され、衝撃を吸収、更に崩れそうになる姿勢をワイヤーで制御し、次いで腰のロケットもパージした。
両側の履帯を回転させ、地面を噛んだ瞬間、牽引用ワイヤーも外して斜面を前進し、残っていた落下の勢いを殺すと、斜面のなだらかな所で急旋回して機体を止める。
エンジンのアイドリング音だけが響く中、強く握りしめていた主砲旋回ハンドルから手を放す。
手のひらは革手袋をしているのに、その表面まで汗が染みて色が変わっていた。
額から落ちた冷や汗をぬぐうと、一つ大きく息をつく。
顔を上げると、操縦席の敷嶋がこちらを向いていた。
「成功しました」
「よくやった、敷嶋」
「いえ、ご主人様の仕掛けのお陰です」
急いで緊急用の固体ロケットやロケットアンカーを取り付けたが、それが成功するかどうかはぶっつけ本番で、半ば賭けだった。
上手く行ったのはやはり敷嶋の冷静な操縦のお陰で、素直にそれを口に出す。
「そんなことはない。敷嶋の操縦があったから成功したんだ、感謝している」
僅かに頭を下げる敷嶋、だが自分の仕事ぶりに満足したように小さく口の端を動かしたのが見えた。
『たぁ~すけてくださ~~い』
そこに八嶋からの通信が飛び込んできた。
しまった、そう言えば先行した八嶋、どうなった?
崖が邪魔になって南の崖からの攻撃は遮られており、北からの敵はまだ攻撃可能範囲に入っていないのを確認すると、ハッチを開けてそっと頭を外に出す。
周囲を見回すと、左前方三〇メートルほどの位置に何かが見える。
「あれか。敷嶋、八嶋機に向かえ」
「了解です」
今までの丘の上とは違い、丘が風化して崩れた砂が溜まっているので、足元が悪い。
砂が崩れないようにゆっくりと進むと、何かは予想通り、砂の中に頭部を突っ込んで倒れたⅡ号L型だった。
崖を振り返ると、飛び出した後に着地には成功したようだが、姿勢を崩しそうになったのを何とか立て直したが、それでも勢い余って斜面を転がったような跡が付いている。
両腕で八嶋機を抱き起す。
『ひどい目にあいました……』
「大丈夫か?」
『二〇ミリ機関砲使用不能、頭部主カメラ故障、それ以外は問題ありません』
「それもあるが、八嶋は大丈夫なのか?」
『あっ、はい、えっとおでこぶつけて痛いです』
「バイタル確認、脈拍、呼吸、血圧、体温異常なし。意識も正常だと思われます」
敷嶋が、全員が身に付けている生体モニターから転送されてきた八嶋の生体情報を読み上げる。
「出血は無いか?」
『はい、それは大丈夫です~』
それを聞いてほっとする。
「時間がない、八嶋は機体の再始動。準備を急ぐ」
『了解』
まずは装甲修理回収機であるベルゲティーガーと朝日を呼び出す。
ベルゲティーガーはツインエンジンには改造していないし、魔導複合装甲も簡易的なものだ。
しかしティーガーはティーガー、今すぐに使えるゲシュペンストの中で最も装甲が強固で、性能も十分だ。
最大の問題は非武装であることだが、そこはゲシュペンストの利点である両腕がある。
そして朝日、どことなくおっとりとした深窓の令嬢といった感じで、ややゴシック風のフリルの多い実用性よりは見栄え重視のゆったりとした袖とウェストがコルセット状になったメイド服を着込み、やや赤みがかった長い黒髪は先の方がふわりとロールしながら広がっているのを黒のリボンで束ねている。
長い脚を包む黒いストッキングは、見えはしないがガーターベルトでとめているはず。
メイド隊の中で戦闘部隊に属してはいるが、常に自分に侍っている敷嶋たちとは違い、普段は外交折衝や接客を中心としたパーラーメイド隊の長でもある。
だからこそ別動隊として活動することも多い。
「朝日、仰せによりまかり越しました」
足場の悪い砂の上にもかかわらず、優雅に片足を斜め後ろに引いて、もう片足を軽く曲げ、スカートの端をつまんで、恭しくカーテシーの礼をする朝日。
「よく来てくれた、朝日。今は戦闘中で挨拶は後だ。すぐにベルゲティーガーと八嶋を率いて欲しい」
「はい、仰せのままに」
「申し訳ない。詳しい情報は敷嶋が送る。それと拆釧と拆鈴の二人を支援に送る」
拆釧と拆鈴は、朝日と同じパーラーメイド隊の一員で、大きく広がった袖の白を中心とした上着に緋の膝下のフリルの多いスカートとを合わせ、アクセントとしてエプロンに緋の線が入ったメイド服を着て、白い厚手のストッキングを履いている。
二人とも膝上まであるやや青みがかった黒髪で、拆釧が頭の後ろで長いポニーテールに、拆鈴がサイドでツインテールにまとめ、それを緋のリボンでとめている。
また、拆釧がつり目、拆鈴がたれ目という違いがあるが、双子姉妹の設定で、背は低いが出るところは出たボディラインが、ゆったりとしたメイド服の上からでもわかるほどなのも特徴である。
朝日がベルゲティーガーに乗り込むと、二人を車内に直接送り込む。
次いで、Ⅱ号L型にも、戦闘班から小楯を支援に送る。
小楯は敷嶋直属の戦闘班の一員で、八嶋よりも小柄でスレンダー、というかはっきり言うと小学生のようなちびっ子だ。
紫がかったストレートの長髪を敷嶋のまねをして後ろで束ねて、これも敷嶋と同じような黒が基調のヴィクトリアンスタイルのメイド服に身を包んでいるが、スカートは活動しやすいようにやや短めとなっている。
車内が狭いⅡ号L型にはぴったりなはず。
後はベルゲティーガーとⅡ号L型の収納に、用意した兵器をありったけ詰め込む。
それと手持ち武器として、後期のⅣ号戦車の主砲である七・五センチ KwK40 L/48を朝日のベルゲティーガーに、武装を失った八嶋のⅡ号L型には、気休め程度だが何も持たせないわけにはいかないので、三・七センチKwK36を渡しておく。
「よし、作戦通り頼んだぞ」
「ご主人様をお一人で行かせるのは不安ですわ」
ハッチから上半身を乗り出した朝日に指示を出すと、心配そうな表情を浮かべる。
「何を言っている。自分は一人じゃない、敷嶋もいるし、君たちもいる」
「いえ、ですが」
「大丈夫だ、俺を信用しろ」
「もちろん信用しておりますけど……心配なものは心配です」
「何があっても俺は君たちの元に帰ってくる。今までもそうだったろ? サソリごときでやられるような俺、いや我々じゃない、君はいつも通り微笑んでくれればいい」
クサいセリフだとは分かっているが、こういった時ははっきりと言った方がいい。
すると朝日が真っ赤になって俯いてしまった。
あれー、思っていた反応と違う。
てっきり深窓の令嬢風ちょいツン軽口キャラという設定的に、こんな時は言い返してくる感じだと思ったのに。
まあいい、時間がない。
「よし、頼んだぞ!」
そう言うと、敷嶋に坂を下った先、北側の敵の群れに向かうように指示を出す。
「御心のままに……ですが、少し朝日に甘くありませんか?」
敷嶋がちょっと拗ねたように呟く。
あ、ちょっと嫉いてくれてるのか?
みんな設定上忠誠心は高いはずなんだけど、それぞれが呼び出してから時間がたつに従って感情がはっきりしてくるので、これだけ人間らしい対応をしてくれると、自分に対してどんな感情を持っているのか、とても気になる。
ゲームだと定型のコミュニケーションしかできない相手だったからなあ。
どんな反応が出てくるのか、毎回毎回気にはなる。
「常に全員の理想の主人であろうとしている。だがいつでも筆頭は君だ、敷嶋」
きりっとした顔でどこかで聞いたキメ台詞を言ってみる。
「……目標三〇〇〇、如何なさりますか」
一瞬の沈黙の後、冷静な敷嶋の報告が返ってきた。
あれー、こっちも思っていた反応と違う。
設定どおりのセメント対応が返ってきたのは間違っていないんだが、もうちょっとこう、何と言うか呆れた感じになるかと思ったのに。
でも、ちょっと耳が赤くなっているような気がするが、あれは気のせいか。
まだちょっと砲戦距離には遠いが、朝日たちも予定通り目標に向かって移動している。
気を取り直してまた戦いの時間だ。




