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第十一話  勇者と魔王



「ダメだ。お前も我と一緒に来るのだ」


 力を譲り渡して消滅しようとした黒の神器に、トアレはそう言って手を離した。


「勇者殺し? なにを言っているのですか? 白と黒の神器は一緒には――」


「そんなものは知らぬ!」


「知らぬって、そんな無責任な」


 黒の神器は呆れ、それから怒ったように言う。


「マスターのためを思うのならば、私の力を受け取りなさい」


「嫌だ! 我はお前を連れて行く!」


「……なぜ、そこまで頑なに私を連れて行こうとするのですか? 一度はあなたを排除してまで、マスターの隣を奪おうとした敵ですよ?」


「敵ではない! だって、我にはお前の気持ちがよくわかる!」


 トアレは本音をぶちまける。誰にも、それこそセルンにも言っていない本音を。


「我だって、本当はずっとマスターと一緒にいたい! 聖戦が終わっても、ずっとずっと一緒にいたい! だって、我はマスターが好きだから! 大好きだから!」


「勇者殺し……」


「だからわかるのだ。我と同じくらい、お前もマスターのことが大好きなのだと。お前はただ、マスターと一緒にいたいだけではないか。なのに……マスターに褒められることもなく、見送ってもらうこともできず、こんなところでお別れなんて、そんなの寂しすぎるではないか……」


「……私はそれでいいのです。マスターに気付いてもらえなくとも、お役にさえ立てれば」


「お前がよくても我がよくない! 我だって、この戦いが終われば去らねばならぬ! 大好きなマスターとお別れしなければならぬ! だから、だから最後まで悔いは残したくないのだ。胸を張って、笑顔でお別れをするために」


 ここで彼女を消滅させてしまえば、トアレには悔いが残る。


 その幸せは誰かの想いを奪ってしまったものだという後悔が残ってしまう。


「マスターが大好きって気持ちを我に託さなくていい! その気持ちはマスターに直接ぶつけるのだ!」


「…………嫌がられ、ないでしょうか?」


 トアレに本音をぶつけられ、黒の神器はドレスの裾をぎゅっと掴みつつ本音を返した。


「……私は、あなたよりもずっと弱い。役に立たない神器だと、そう拒絶されないでしょうか?」


「されるわけがないだろう! マスターは仲間には馬鹿みたいに優しいのだ!」


「……マスターに、少しでも必要としてもらえるでしょうか?」


「もらえるに決まっている! お前も立派なマスターの神器ではないか!」


「……マスターは」


「ええい、まどろっこしい!」


 トアレは黒の神器の腕を強引に掴むと、外へ繋がる隙間へと引っ張っていく。


 外でがんばってくれているのか、少しずつ、その隙間は広がっている。主との繋がりを感じる。身体に力がみなぎっていくのを感じる。絆を、感じる。

 

「怖いなら我の手に掴まっていろ! 我は絶対に、マスターのところまでお前の手を離さない!」


「勇者殺し……」


「あともうひとつ、我を勇者殺しと呼ぶな。我はトアレだ」


 マスターにそう名付けられ、一緒にいてもらえた幸せな神器だ。


 だから同じように、彼女にも幸せになって欲しい。


 ああ、そうだ。結局のところ、自分たちは同じもの。人間でいうところの、双子の姉妹のようなものなのだから。


「なんだったら、お姉様と呼んでもよいぞ。我が妹よ!」


「誰が妹ですが、誰が」


 手を引いてくれる自称・姉を見て、黒の少女は笑った。


「むしろ、それなら私が姉でしょう」


「どこかだ?! どう見ても我の方が大人っぽいだろう!」


「いいえ、私の方が大人です」


「我だ!」


「私です!」


 二人はそんなことを言い合いながら、手をつないで光の方へと駆けていく。


 白と黒は共存できない。会えば必ず対立する。

 それがこの世界の絶対法則、原初に刻まれた不変のルール。


 けれど、二人にとってそんなものは関係ない。


 共に同じ主より生まれ、同じ主を慕う、姉妹よりなお深い絆で結ばれた半身だ。


 だから信じる。二人は共にいられると。

 だから信じている。この世界はきっと、それを許してくれると。


 二人で一緒に外へと飛び出す。


 聖戦の空は、二人の繋いだ手を無理やり振り解くことはなかった。


「……なんとかなるものですね」


「だから言っただろう! たぶん我の力だな。我、すごい!」


「はいはい。すごいすごい」


 二人は手を繋いだまま、主人を探す。


 すぐ近くに、封印を無理やり解いてくれたらしいレナスロッテの姿があった。彼女は膝をついて、肩で息をしていた。彼女のことも心配だったが、気遣うのならば、今はセルンを探すのが先決だ。


 感覚を頼りに主の許へ急ぐ。見つけた主は、まだ眠っていた。


 傷はすでに癒され、目覚めのきっかけを待っているようだった。二人は頷きあうと、お互いの手を握るのとは逆の手でセルンの手を握り、左右から顔を近付けていく。


 そして愛情をこめて、二人は同時に主の頬へと唇を落とした。


「マスター!」


 トアレは呼ぶ。


「マスター!」


 黒の神器も呼ぶ。


「セルンさん!」


 二人の後ろから、マリエールが呼ぶ。


「セルン様!」


 その隣にやってきて、レナスロッテが呼ぶ。


「セルン!」


 戦いながら、ユーゴが呼ぶ。


「セルンさん!」


 想いをぶつけながら、リコリスが呼ぶ。


 半身たちの声が、仲間の声が、みんなの呼ぶ声が、聞こえてくる。


 そして……


『――セルン。目覚めなさい』


 懐かしい、誰かの声が聞こえてきた。


『あなたは、誰よりも格好いい勇者になるんでしょ?』


「ーーああ、そうだとも」


 その声に背中を押され、みんなの声に引っ張られ、セルンは目を覚ます。


 全身に力がみなぎってくる。マリエールによって与えられた生命力に、レナスロッテが取り戻してくれた神器たちの祝福。そして自分を信じて戦う仲間たちの背中を見て、セルンの身体に、心に、魂に、かつてない力がみなぎってくる。


 立ち上がったセルンは、繋がったトアレの右手を引っ張る。


「行くぞ。トアレ」


「応とも、マイマスター!」


 しっかりとトアレと手を握る。


 そのあと、セルンは同じように左手を引っ張った。


「お前もだ。俺と一緒に、戦ってくれないか?」


 その一言に、黒の神器は泣きそうになった。


 ずっと、ずっと、その言葉を待っていた。

 ずっと、ずっと、その言葉を待っていたのだ。


 トアレはもう大丈夫だと、繋いでくれていた手を離す。その手で零れそうになる涙をぬぐうと、主の手を握り替えし、彼女は答えた。


「はい、マイマスター!」


「よし。二人とも、力を貸してくれ!」


 三人は同時に大地を蹴って、魔王へと向かっていく。


 不安はなかった。恐怖もなかった。

 二人で超えられなかった壁も、この三人ならば超えられる。


 この三人で――さあ、格好いい勇者になろう。



「「「共に――『勇者に捧ぐ英雄歌トゥルーエンド・サーガ』!!」



 紡がれる絆。迸る白と黒の輝きが、魔王の拳を跡形もなく消し飛ばす。閃光が、魔王の巨大すぎる宇宙を切り裂いて行く。


 目が醒めるような光の中、セルンの全身を白と黒とが共存する煌びやかな鎧が包み込む。傍らには、翼のように主を支える運命の乙女たちの姿があった。


「行くぞ、二人とも! まずは邪魔者からぶったたく!」


「応!」


「はい!」


 セルンは両手に純白と漆黒の大鎌を握ると、魔王の攻撃を避けつつ、なにもない虚空に向かって振るった。


 すると空間が切り裂かれ、どこへともわからない異界への扉が開く。


 その奥から感じる邪悪の気配。燃える三眼の邪神の、おぞましい気配を感じ取る。


 間違いない。これこそが異界の神。魔王へ近付き、力を貸している存在だ。人間ではどう足掻いても太刀打ちできない、正真正銘の邪悪。


 震えるがいい。怯えるがいい。供物を捧げて礼賛せよ。


 そうすれば、お前にも力を貸してやろう――混沌はセルンの許へと這い寄ってきて、そんな甘言を囁く。


 勝ちたいだろう? 守りたいのだろう? それとも、死者の復活の望むのか? ああ、なんでも叶えてやろう。奇跡を欲するのなら、供物を捧げて礼賛を――


「――邪魔だ」


 神の声を、セルンは一蹴する。


 両手の神器が振るわれ、姿なき無貌の混沌を無造作に斬り裂いた。


 邪神が驚いている気配を感じる。


 セルンの一撃によって、邪神に小さな、けれど致命的な傷が刻まれていた。光が形のない混沌に確たる形を与え、闇が混沌のさらに深淵へと刃を届かせる。


「奇跡なんていらない。俺はこのどうしようもない現実で、色々な選択の果てにここまで来たんだ」


 切り開かれた邪神の腹より、捧げられた魂が還ってくる。捨てたはずの大事なものが、魔王の許へと帰っていく。


 それによって、魔王の神性が薄れ、彼を通じてこの世界に干渉していた邪神の力が弱まっていく。


「俺の敵は魔王だ。お前はお呼びじゃない」


 それの正体がなんであり、聖戦とどう関わっているかもどうでもいい。


「消えろ! 俺たちの聖戦に、神は要らない!」


 神を神と思わぬ不信者のさらなる一撃に、邪神の気配が遠ざかって行く。


 アレは滅ぼせない。だが光の彼方に、闇の彼方に、追放することはできる。セルンの放った白と黒のあり得ざる一撃が、三眼の邪神の干渉を断ち切った。


 閉ざされる異界への門。


 セルンが再び魔王に向き直ったとき、その姿は巨大すぎる紅蓮の巨人の姿から、小さな人間の姿に戻っていた。


 まるで悪い夢から覚めたように。


「改めて、始めようか。魔王」


 セルンは魔王に、鎌の切っ先を突きつける。


「最後の聖戦を。俺たちの聖戦を」


「ふ、ふふふっ」


 セルンの宣言に魔王が笑う。人間の声で笑う。


「ふははははは! 聖戦、聖戦だと、邪神を追い払っておいて、やるべきことが聖戦だと!」


 ひとしきり笑うと、魔王はしっかりと自分の足で立ち、三つの瞳で勇者をにらみつけた。


「ああ、そうだ。やるべきことは聖戦だ。黒の世界を守るため、私は貴様に勝たなければならない」


 魔王は左腕を掲げる。黒い聖痕を掲げる。


「勝つ。私は貴様に勝つぞ、勇者」


「いいや、勝つのは俺だ。魔王」


 セルンも白い聖痕を掲げるように魔王に見せる。


 神は去り、この現実の舞台で向かい合う二人の少年。遅れてきた勇者と、一度は去ってしまった魔王。ようやく、運命に導かれた二人は、本当の意味で出会うことができたのだ。


「――勇者セルン・ベルクルト」


「――魔王レクシオン・グリームニル」


 彼らは同時に名乗りをあげ、直後――激しくぶつかりあう。


 縦横無尽に鎌を振るい、セルンは無手のレクシオンに猛攻を仕掛ける。


 だがレクシオンも黙って攻撃を受けたりはしない。鎌の攻撃を受け流し、返礼の拳を返す。拳が鞭のようにしなり、蛇のような動きでセルンの首をはね飛ばそうとする。


 先程までの彼と違って、その動きはまさに血が通った人間の動きだった。相手の攻撃の隙を見計らい、敵を打ち砕かんとする殺意の理。無造作に怒りをぶつけてくるだけだった先程までよりも、セルンにとってはよほど恐ろしい攻撃であった。


 首をそらして、レクシオンの攻撃を避けたセルン。だがレクシオンの攻撃はそれで終わりではなかった。


「ラクサス!」


 叫びと共に、手に鋭い剣を握る。それを流れるように叩き込んでくる。


「そいつは」


「我が友の神器だ」


 ラクサスの神器を握り、レクシオンはセルンと切り結ぶ。


 神器の能力をただ解放するだけではない。まさに剣鬼そのものの動きで、レクシオンは剣を振るっている。その技巧はまさに無謬、ユーゴを超える剣の腕だった。一撃の威力では圧倒的に勝っているはずなのに、セルンは攻めきれない。

 

 レクシオンは今も、神器によって取り込んだ仲間の魂と共にある。


 彼らの力を借りて戦っているのだ。


「一度は邪神に捧げたっていうのに、大した人望だな、レクシオン」


「なに。私は大した人間ではないよ、セルン」


 刃と刃を高速でぶつけ合いながら、二人は語らう。


「仲間たちの器が大きいだけさ。その忠節には頭が下がる」


「それはお前が魔王の座を力できちんと勝ち取ったからだ。必死になって世界を救おうとしたからだ。だからあいつらは、お前を王として着いてきた。そうだろう?」


「そうかも知れない。いや、きっとそうなのだろう。どれだけ自信がなくとも、魔王になった以上は胸を張って戦わなければならない。それが選ばれた者の、託された者の責務だ!」


 叫びと共に、研ぎ澄まされた魔王の一撃がセルンの頬に傷を刻む。


 剣の腕では勝てない。セルンは一度距離を取ると、そこから雷光を放った。


「ミルヒアイゼン!」


 それに対し、レクシオンは刀を手放して魔本を握る。

 

 本は雪崩のようにページを巻き上げて、セルンの放った雷光をはねのける。


 のみならず、レクシオンは返礼として破壊の奔流を魔導書より放った。セルンはそれを避けようとするが、いかなる術理によって編まれたのか、その光はセルンのあとを追いかける。


「させません!」


 命中する直前、黒の神器が闇を放って魔法を吸収、無効化する。


「マスターは私が守ってみせます!」


「助かる!」


「いえ!」


 嬉しそうな黒の神器にお礼を言いつつ、セルンは再びレクシオンに近付いて雷光の鎌を振るう。


 レクシオンは再び剣に武器を持ちかえると、なんとかセルンの一撃を受け止める。


「雷撃よ!」


 その一瞬の動きの硬直を見計らい、トアレが雷を放った。


「ぐっ!」


 レクシオンはそれをまともに受け、身体に火傷を負った。


「マスター。奴は魔法で防がなかった。つまり――」


「マスター。魔王は同時に複数の神器は使えないのです」


「そういうことだな」


 二人の言葉は正しい。レクシオンには手にした仲間の神器を使う力があるが、同時に複数人の神器を解放はできないのだろう。


 対して、セルンは鎌も雷撃も同時に扱える。手数では確実に勝っている。


「突っ込む。フォローは任せた!」


「応!」


「はい!」


 セルンは防御と援護を二人に託し、双鎌をもって魔王を攻め立てる。


 魔王は剣で必死に受けるが、セルンだけに集中していれば、二人による援護攻撃は避けられない。闇によって攻撃を防がれ、雷光によってダメージを蓄積させられていく。


「強いな、セルン! いいや、お前たち三人か!」


 血反吐を吐きながら、魔王は称える。


「絆をもって強さと成す。ああ、素晴らしい神器じゃないか!」


「そっちこそ。魔王候補同士の絆、見事だよ」


 レクシオンはラクサスとミルヒアイゼンだけではない。的確に神器を切り替えて、セルンの猛攻を凌いでいた。一度の手数はセルンが勝っていても、引き出しは間違いなく魔王の方が上だった。魔王候補たちの誰も彼もが、レクシオンを勝たせようと応援している。


 本人はああいっていたが、彼らにとっては最高の魔王なのだろう。


 その絆の在り方は、眩しくすらセルンの目には映った。


 だからこそ――負けられない。負けたくはない。


「だけど、俺たちの絆の方が上だ!」


「いいや、私の方さ!」


 二つの神器の力を引き出して、同時に二つの鎌を叩き込むセルン。剣でも、魔法でも、防ぎきれない一撃だ。


 それをレクシオンは完璧に防いで見せた。鎌の切っ先からレクシオンを守っているのは、緑に輝く結界だった。


「ゼスティ。ありがとう」


 レクシオンは、彼の持つ最高の絆をもって、セルンの攻撃を受け止めたのだ。

 

「……私は魔王だ。みんなの希望を背負い、世界を救うために立ち上がった」


 妹の献身を受けて、レクシオンは大切なものを思い出す。


「それなのに、怒りに我を忘れて邪神に縋るなど……ああ、なんと愚かなことだったのだろう。妹の前で、なんという恥をさらしたのだ」


 初心を思い出し、レクシオンの左手の聖痕が一際まぶしく輝いた。


「今こそ誓おう。私は勇者を倒し、世界を救う、と。ゆえに――神器覚醒!」


 歪んでいた魂の形が元の形を取り戻す。

 魔王レクシオン・グリームニルが望んでいた、始まりの祈りが、ここに正しく姿を現した。


「滅びを超える――『正しき怒りの王エクスレクス・タイラント』!!」


 再び、燃え盛る紅蓮の巨人が顕現する。


 見上げるほどの巨人。だがそれは先程までの憤怒に支配されていた巨人ではなかった。大きくも勇ましい、雄々しき王としての姿であった。


 その両手に現れる剣と魔本。さらに肩の上に緑光に輝く少女が現れると、レクシオンを守るように緑の輝きで包み込む。


「行くぞ、勇者! これですべてを終わらせる!」


 正しき怒りを胸に、皆の想いを束ねて、魔王は剣を振り下ろす。

 すべての魔王候補の力を同時に顕現させ、最大出力をもってぶつかってくる。


 その姿に敬意を抱き、セルンもまた、最大威力をもって挑む。


「これで最後だ。二人とも、力を貸してくれ!」


 白と黒、二つの鎌をひとつに重ね合わせる。力と力は反発し合い、お互いを打ち消さんと暴れ回る。


「我は白の神器。最高で最強の、あなたの神器である!」


「私は黒の神器。究極にして無謬なる、あなたの神器です」


 セルンに寄り添いながら、二人の神器はお互いに手を結ぶ。すると反発していた力は喧嘩することなく混ざり合い始める。やがて光と闇は相反することなくひとつとなり、セルンの腕の中で神々しい光を放った。


 この三人だからこそ生み出せる光の姿。それを今、セルンは振りかぶって解き放った。


 ぶつかりあう勇者と魔王の一撃。


「勝つッ!!」


「負けるものかッ!!」


 力と力。魂と魂がぶつかり合う。


 その最中、トアレは繋いだ手が光と共にかすれていくのを見た。


 驚いて彼女を見る。漆黒の少女は、困ったように笑う。


 元々、彼女は限界だったのだ。魔王の憤怒の世界から主を守るため、その怒り、呪いを一身に引き受けた。戦いを始める前から、彼女を構成する力は消えかけていたのだった。


 だからすべてをトアレに託そうとして、けれど彼女は受け取ってくれなくて。


 その選択が、こんなにも嬉しい結末を用意してくれた。


「ありがとう、トアレ」


「……こちらこそだ。ありがとう」


 名前を呼ぼうとして、彼女には名前がないことを思い出す。


 それを悔しく思うが、黒の少女は悲しくなんてなかった。名前よりももっと大事なものを、二人からはもらったのだから。これ以上を望むのは欲張りというものだろう。


 けれど、欲張ればいいと二人の勇者は思う。


 光を放ちながらながら、セルンはそっと、ひとつの名前を口にした。

 前に一緒に戦ったときは聞こえなかった彼女の真名。それを今は、きちんと伝わっていたから。


 だから、感謝と愛情をこめてその名前を呼んだ。


 彼女は、黒の少女は、主に名前を呼ばれて、


「――ありがとうございます。あなたに会えて、本当によかった」


 心の底から嬉しそうな最高の笑顔で、光になって先に逝く。


 彼女の笑顔が、最後に残した光が、さらにセルンの光を輝かせる。勇者の光が、魔王の放つ光を押し返していく。


 セルンは叫ぶ。それにトアレも合わせる。


 三人の絆を届かせるために、二人は精一杯の声で叫んだ。


「「貫けぇええええええええええ――ッ!!」」


 その瞬間、光がさらなる輝きを呼び、魔王の力を凌駕した。


 レクシオンは自分へと向かってくる輝きを見て、眩しそうに目を細める。


「……すまないな。みんな」


 口にするのは詫びの言葉。最後の最後まで、自分は至らない魔王だったと、彼は謝る。


 気にするな。がんばったさ。うん、がんばった。


 けれど、返ってくるのは優しい言葉。悔しいが、それでも精一杯、必死になって戦ったという自負が魔王候補たちの心にはあったのだ。それに、この光になら負けてもいいと、そういう風にも思うことができたから。


 ――綺麗だね、お兄様。


 彼の中で妹が言う。


 それに、彼も答えた。


「ああ、綺麗だ。白でも、黒でもない、ただひたすらに、綺麗な光だ」


 その光を見て、もしかしてという気持ちを抱く。


 もしも自分が黒の世界を守るために白の世界を滅ぼそうとするのではなく、白の世界に助けを求めていたら。


 あるいは、この輝きを持つ彼は、自分たちに手を貸してくれていたかも知れない。勇者にも魔王にもなれる彼ならば、あるいは別の未来を作ってくれたかも知れない。


 彼が魔王になってくれれば、自分は全身全霊で忠誠を誓ったのに――最後の最後に、レクシオンは魔王ではなく、一人の人間として素直な言葉をもらし、そんな自分の弱さに笑う。


 これはただの妄想だ。現実には起こりえなかった、もしもの話でしかない。

 

 ただ、それでも、それはこの光のような美しい光景だと思った。


「さらばだ、私の勇者。あなたは本当に、憎たらしいほど格好いい勇者だったよ」


 最後の最後までその輝きに見惚れたまま、魔王はそのつぶやきを最後に、光と共に彼方へと消え去っていくのだった。



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