第四話 神器の心
翌日の早朝、準備を整えたセルンがトアレと共に待ち合わせ場所である街の門に赴くと、エルジェラントをのぞいた面々がすでに集まっていた。
「おはよう、セルンさん! トアレちゃん!」
「おはようさん」
出迎えてくれるリコリスとゼノに手を挙げつつ、二人は近付いていく。
「おはよう、二人とも。ゼノ、身体の調子は大丈夫か?」
「問題ない。マリエールには感謝感謝だな」
「そうか。病み上がりで悪いが、討伐に付き合ってもらうぞ」
「おう、任せてとけ! お前と戦うことができなかった代わりと言ってはなんだが、一緒にモンスターを退治するのも悪くねえ」
「そうだな。頼りにしてるよ」
ゼノと拳をぶつけ合う。エルジェラントに負けて落ち込んでいると思いきや、ゼノらしくそこはさっぱりと切り替えているようだった。
「しかし、エルジェラントはまだなのか?」
「いや、マスター。そこにいるぞ」
「ひぅ!?」
トアレが近くの建物の物陰を指さす。変な悲鳴があがって、身を隠していた少女の赤い髪が揺れる。
「あ、ローリエさんだ! おーい、こっちだよー!」
リコリスが大きく手を振って呼ぶが、エルジェラントはチラチラと覗き込んでくるだけで近付いてこない。どうやら今は『ローリエ』ではなく、器の少女のようだ。
「どうしたんだろ? 調子でも悪いのかな?」
「リコリス。そのな」
セルンはリコリスにエルジェラントの事情を説明する。
ゼノはすでに知っていたのか反応に乏しく、苦笑してお前たちに任せると言って馬車の準備を始めた。
「なるほど、そういう事情があったんだ」
「ああ。だから今のあいつは、昨日のあいつと別人だと思った方がいい」
「わかった。つまりは自己紹介からってことだね! よーし!」
リコリスがエルジェラントに突撃していく。
「はじめまして! 私、リコリス・ハーヴィンって言います! 今日からしばらく旅を一緒にする仲間だよ!」
「あ、は、はい。ローリエ・エルジェラントです。よろしく、お、お願いします」
「うん、よろしくね! ローリエちゃん!」
「や、あ、その、私のことはローリエじゃなくて、で、できればエルジェラントと。み、皆さんそう呼んでますし」
「エルジェラント……じゃあ、エルちゃんで!」
「エルちゃん、ですか?」
「うん、私のことはリコって呼んでね! あ、それ荷物だよね? 馬車に運ぶの手伝ってあげるよ!」
「え? あ、うん。あ、ありがとう……」
ぼそぼそと恥ずかしそうにお礼を言うエルジェラント。リコリスは気にしないでと言うように天真爛漫に笑うと、エルジェラントの荷物を半分受け取って一緒に戻ってくる。
「……恐ろしい社交性だな」
「うむ。あの明らかに扱いが難しそうな小娘と、一瞬でうち解けたぞ」
狙ってやっているわけではなく、リコリスのあれは天性のものだろう。セルンたちではとてもできない芸当だった。現にエルジェラントはセルンたちに近付くと、軽く会釈しただけで黙りこくる。こうして見ると、気弱な小動物のような少女だった。
「ゼノさん、この荷物どこに積めばいいですか?」
「おーう、こっちに積んでくれ。あ、しっかりと固定しておくんだぞ。この馬車、なんか変な改造されてるらしくて、相当な速度が出るらしいからな」
「…………」
「…………」
ゼノとリコリスが普通に話している横で、セルンとエルジェラントの間に沈黙が降りる。
お互いになにを話していいかわからない二人に、トアレが呆れた風に言う。
「お見合いでもしているのか?」
「お、お見合い!?」
それを聞いて、エルジェラントが頬を染める。
胸の前でつんつんと人差し指を合わせると、ちらちらと上目遣いでセルンを見つめる。
なぜか満更でもなさそうだった。
「……エルジェラント」
「は、はい! 趣味は部屋に引きこもるです! 職業は勇者候補をやっています! 恋人はいません!」
「落ち着け。そんなこと誰も聞いてない」
「それはつまり、も、もっとすごいことを言えと?」
「誰もそんなこと言ってない!」
セルンはついつい大きな声をあげてしまう。するとエルジェラントは肩を震わせて、途端に挙動不審になる。
「ご、ごめんなさい。そ、そうですよね。ローリエじゃない私のことなんて、誰も知りたくなんてありませんよね」
「私はエルちゃんのこと色々と知りたいよ!」
戻ってきたリコリスがそう言って、怯えるエルジェラントの腕を抱き寄せる。
「エルちゃん、馬車で色々とお話ししよ! エルちゃんのこと教えて欲しいな!」
「わ、私のこと?」
「うん。ダメかな?」
「だ、ダメじゃない、です」
「それじゃあ、隣の席に座ろ」
「う、うん!」
エルジェラントはかすかに微笑みを浮かべると、リコリスに引っ張られるようにして馬車に乗り込む。
それをセルンは、苦い表情で見送ることしかできなかった。
「基本的に冷静なマスターが大声をあげるとは珍しいな」
「……そんなつもりはなかったんだが」
セルンは自分の髪をくしゃりと掻き乱す。
「ローリエと同じ顔でああいう態度を取られるとどうもな」
「無理もあるまい。神器を解放中のときとは、性格があまりにも違いすぎる」
神器解放中のときの彼女は、まさに唯我独尊の我が道を行く性格だ。セルンに対しても慣れ慣れしく、積極的にくっついてくる。
一方で、神器を解放していない彼女は、人見知りの激しい内向的な性格のようだった。セルンに対しても興味はあるようだが、話すことすら恥ずかしがってできていない。
両極端な性格だ。それこそ、本当に別人なのかと思ってしまうくらいに。
「今しばらくはリコリスに任せておく方がよいだろう」
「そうだな」
リコリスがいてくれてよかった。彼女がいなければ、まともにエルジェラントとコミュニケーションも取れなかったかも知れない。
「トアレ。悪いが、馬車の中に行ってくれ。俺は御者席にゼノと一緒に座る」
「仕方あるまい。珍しく弱ってるマスターの頼みだ。聞いてやろう」
トアレが二人を追いかける形で、馬車の中に入る。
セルンは御者席で色々と準備をしているゼノと隣に座った。
「よう、兄弟。こっちでいいのか? 馬車の中なら美少女たちがよりどりみどりだぞ?」
「勘弁してくれ」
「エルジェラントの嬢ちゃんか?」
「ああ。ゼノも話は聞いてるだろ?」
「まあな。……噂はどうやら真実だったみたいだな」
噂と言うのは、序列一位はフランキシスの子供であるというあれだろう。前フランキシス男爵が実験に参加していたのだから、そう呼んでも間違いではない。
「なんとか力になれることがあればなってやりたいが、どうにもな。どう対応していいか正直よくわからん」
「それは俺もだよ」
「セルンの場合は解放後のあの子だろう? 俺の場合は解放前のあの子だよ。解放後は、まあ、実際に俺は先代勇者のローリエ様と会ったことはないからな。綺麗な女性としか思えんわけだが」
そういう意味では、解放後のエルジェラントに戸惑っているのは、この中ではセルンだけということになる。他の面々が気にしているのは解放前の、あの気弱な性格の方なのだろう。
セルンとしても、そちらも気にしているといえば気にしているのだが、やはり比重が大きいのは解放後の存在だ。
……正直に言えば、今のエルジェラントが解放前であることにほっとしてしまったくらいである。
「まあ、今のあの子のことはリコリスの嬢ちゃんに任せればいいだろう。解放後のことは、セルン、お前に任せた。俺になにかできることがあれば言ってくれ」
「ああ」
「じゃあ、出発するか。どうにも嵐が来そうだしな」
ゼノは三人に声をかけると、馬車を走らせる。
特殊な訓練を受けた馬たちが走り出し、みるみるうちに馬車は速度をあげていく。
この速度で、公国までは約四日の道のりだ。時間にしてみれば、あっという間の日程である。
その後に、セルンたちはあのハスターに戦いを挑むことになる。これまで数多の勇者候補たちが挑み、勝てなかった怪物に。
死地への旅路だ。嵐の気配も強い。
それなのに、考えていることがどうやって敵を倒すのではなく、どうやってエルジェラントの正体を突き止めようかというのだから、セルンとしては自嘲してしまう。
「やっぱり俺にとっては、ローリエのことがなによりも重要なんだな」
◇◆◇
馬車を走らせて半日ほど。
セルンたちは一度、湖畔の近くで休憩することになった。
「ねえねえ、セルンさん。ちょっと湖で水浴びしてきてもいいかな?」
「水浴び? まあ、馬を休ませないといけないから、それくらいの時間はあるが水着とか持ってきてるのか?」
「水着?」
「なんでもないです」
リコリスは水着なんてものの存在を知らないようだった。つまり水浴びがしたいというのは、裸になって汗を流したいという意味なのだろう。男の目があるというのに、無防備なことである。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね。エルちゃん、トアレちゃん、一緒に行こ!」
セルンの許可をもらったリコリスは、エルジェラントとトアレの腕を引っ張って湖に連れ去ろうとする。
「わ、私も?」
「仕方あるまい」
エルジェラントは慌てていたが、リコリスの強引さをよく知るトアレは半ば諦めて引きずられていく。
入れ違いに馬に水をやっていたゼノが戻ってくると、興味深そうな顔で湖の方を見る。
「嬢ちゃんたちはこれから楽しく水遊びか?」
「そうだな。で、俺たちはこっちで楽しくゴミ掃除だ」
「あー、俺もあっちに混ざりたいもんだな」
そう言いつつも、ゼノは神器を取り出す。
今、二人を取り囲むようにして、数名の人影が迫りつつあった。
気配を殺しているものの、セルンやゼノを欺くまでにはいかない。
「職業暗殺者か」
「俺とエルジェラント狙いだろうな」
セルンも持ってきていたナイフを構える。今、トアレを呼び戻すのは忍びない。
「数は……六人か。これで勇者候補を殺ろうって言うんだから、どうも舐められてるな」
「威力偵察か、功を焦っての独断専行ってところだろうけどな」
セルンたちの会話から、自分たちの存在がばれていることに気付いた襲撃者たちが仕掛けてくる。湖畔の横に広がっていた林の中から飛び出してくると、飛び道具を投げつけてくる。
だが当然、そんなものにやられる二人ではない。
「ゼノ、左を頼む」
「任された!」
素早い身のこなしで迎え撃つと、瞬く間に暗殺者たちを無力化してしまった。
「セルン、拷問して依頼主でも吐かせるか? このタイミングで来た奴なら、痛みで吐くかもしれん」
「やめておこう。聞くだけ面倒なことになりそうだ。……間接でも外して埋めておこう」
「そうだな」
暗殺者たちが戦慄する中、セルンとゼノは手慣れた様子で暗殺者を地中に首だけ出して埋め始める。運が良ければ、誰かに助けてもらえるだろう。
「これでよし、と。嬢ちゃんたちの方が大丈夫かね?」
「今のところ敵の気配はないな。トアレには警戒しておくように言ってあるし、リコリスも勘が鋭いから問題ないだろう」
「いやいやいや、ここは念のために様子を見に行くべきではないか? 兄弟」
「…………」
「無言で武器を構えるな! 冗談だよ覗かねえよ!」
「ったく」
「おお、怖い怖い。ちなみに今の、誰を守るための奴なんだ? お父さん的な感覚でトアレちゃん、それとも友達的な感覚でリコリス? それとも……」
セルンは無言でゼノにナイフを投げつける。
ゼノは弟分の照れ隠しの攻撃に、笑いながら逃げまどうのだった。
男たちがそれなりに楽しく戯れている横で、女性陣は水浴びを楽しんでいた。
「うひゃー、冷たくて気持ちがいい」
さっさと服を脱ぎ捨てて湖に飛び込んだリコリスは、気持ちよさそうな顔で二人を呼ぶ。
「二人とも! 早く早く!」
「そう慌てるな。今行く」
まず先に湖に向かったのはトアレだった。自分の身体に恥ずかしい部分などないと言わんばかりの堂々とした足取りで湖まで行くと、水の中に身体をひたす。まだ熱さの続く中、ひんやりとした冷たさはとても気持ちがよいものだった。
「うむ。これはなかなか」
「ね? やっぱり水浴びして正解だったでしょ? ほら、エルちゃんも早くおいでよ!」
「う、うん」
最後に恥ずかしげに自分の身体を隠しながらエルジェラントがやってくると、つま先から恐る恐る水の中に入っていく。だが冷たいのがあまり得意ではないのか、なかなか二人のところまで辿り着かない。
そこで……
「えいっ!」
「きゃ!」
リコリスが勢いよく水をすくって、エルジェラントにかける。
エルジェラントはいきなり水をかけられ、驚いたように目を見開いた。
そんな彼女を見て、リコリスはもう一度軽く水をかけると、
「ほらほら、せっかくの水浴びなんだよ! 楽しまないと!」
「う、うん」
ウィンクをひとつ。リコリスがなにを考えているのか理解して、エルジェラントは恐る恐るといった感じで水をすくいあげる。
だがこれまで誰かに水をかけるなんて遊びをしたことがなかったため、神器の加護に物を言わせて大量の水をすくい上げてしまう。大きな水柱があがって、リコリスのみならず、近くにいたトアレまで盛大にずぶ濡れにさせる。
「ご、ごめんなさい!」
「あはは、ずぶ濡れだー」
「ふ、ふふ、この我に対してこのような行為……宣戦布告と受け取った!」
ぶるぶると犬のように身体を揺すって水を飛ばすと、トアレがきらりと瞳を輝かせ、全力で応戦にかかる。
だがそこはそれ、腕力には乏しいトアレである。あまり大量の水をすくいあげられない。
「うりゃ!」
そこでリコリスが助け船を出す。これまでとは違って手加減なしで水をすくい上げると、エルジェラントと、そしてトアレを水の中に招待する。
「ええい、リコリスもか!」
「負けないよ、トアレちゃん! エルちゃんにも!」
「う、うん! 手加減なし、だね?」
水をかけあう三人。それはきゃっきゃうふふというには、飛び交う水の量が激しいものではあったが、本人たちは楽しそうだった。
そうしてひとしきり遊び、頭の先からずぶ濡れになったところで、三人は一度落ち着いて汗を流すことにした。
「しかし……うーん」
「え? な、なに?」
リコリスはじっとエルジェラントの身体を見る。
同性とはいえ恥ずかしいのか、エルジェラントは自分の大きめの胸を隠す。
とはいえ、リコリスとしてはその部分はどうでもよかった。常日頃、もっと大きな胸の持ち主と一緒にお風呂に入ったりしているので、今更その程度では動じない。
リコリスが気になったのは、エルジェラントの体つきの方だった。
「エルちゃん、いい身体してるね。なんていうか、理想的な身体って感じ」
「そ、そうかな? リコちゃんだって負けてないと思うけど」
「私はねぇ、ちょっと筋肉が足りてないかな」
リコリスは自分のお腹を、物足りないように撫でる。
「勇者候補に選ばれる前は、腹筋もうっすらと割れてたんだけど、勇者候補になってからなんか筋肉がつきにくくなったんだよね。これも神器の加護って奴なのかな?」
「そういえば……私も、勇者候補になる前は、ここまで引き締まった身体してなかったかも」
エルジェラントは改めて自分の身体を見下ろして、どきり、と胸の鼓動を早めた。
透き通る湖面に映る自分の顔。先代勇者ローリエ・エルジェラントにそっくりだと多くの人がいう自分の顔だ。
果たして勇者候補になる前は、こんなにも彼女そっくりな顔をしていただろうか?
「……もしかして」
神器を解放している間だけではないのかも知れない。
エルジェラントは少なくとも、自分自身はローリエとは別人だと認識していた。偶々神器として彼女を宿してしまっただけの他人であると。
だが少しずつ、少しずつ、神器を解放していない間も彼女に侵蝕されつつあるのではないだろうか?
なにせ相手は伝説の勇者だ。自分のようなちっぽけな人間など、その圧倒的な存在感を前にしては飲み込まれるのが定めだろう。
いや、けれど大丈夫だ。
「……聖戦が終われば、神器も消える」
そうすれば、きっと、自分は彼女から解放されるのだ。
「貴様はローリエ・エルジェラントのことが嫌いなのか?」
「え?」
突然、トアレにそう尋ねられる。
彼女はじっと、見透かすかのような瞳で自分のことを見ていた。
「今のつぶやき、まるで早く神器を失いたいと言わんばかりだったのでな。そういうことかと思ったが、違うのか?」
「……違わない」
エルジェラントはいつもよりもはっきりとした口調で答えた。
「嫌い。ローリエ・エルジェラントなんて大嫌い。あいつの所為で、私はずっと昔から苦しい目にあって、ようやく助かったと思ったらこんな風になって……」
ずっと縛られ続けている。会ったこともない、縁のゆかりもない、ただ単に顔が少し似ていただけの他人に、ずっと縛られ続けているのだ。
「私は解放されたい。早く聖戦なんて終わればいい。誰が勇者になっても構わないから、早くこんな神器とはお別れしたい」
「そうか。……ふんっ、どうして貴様が圧倒的な神器を持ちながらも、覚醒に至れないかがよくわかった」
トアレはエルジェラントに背を向けると、吐き捨てるように言った。
「貴様にとって、解放後のローリエはまったくの別人なのだな?」
「そう、だよ。あれは私の身体に寄生している幽霊みたいなもの。私とは関係のない他人なんだから」
「自分の神器なのにか?」
エルジェラントは頷く。そのあとで、そういえば目の前の少女も神器なのだと思い出す。
つまりセルンに力を与えている存在。彼女がいなくてもセルンは強いが、それでも強力な勇者候補や魔王候補と渡り合えるのは彼女がいてこそだ。
「あなたは、自分の主のことをどう思ってるの?」
「マスターか。当然、最高で最強の主だと思っておる。好きか嫌いで言うなら大好きだ!」
てらいもなくトアレは宣言する。自分の主に向ける想いに、恥ずかしい部分などなにもない。
「そう。ならあなたはきちんとセルンくんの言うことを聞いて戦ってくれるんだね?」
「いかにも。マスターの命令は絶対である。我はマスターの矛となって敵を滅ぼし、盾となってマスターを守る。深い信頼関係で結ばれた、唯一無二の相棒なのだからな!」
「でも私のはそうじゃない」
エルジェラントはそっと自分の聖痕に触れると、忌々しそうな目でにらみつける。
「私が神器の解放をしなくても、あれは時に私の意志をねじ伏せて表に出てくる。あいつにとって、私はただの器でしかない。私が邪魔者だと思うように、きっと向こうも私のことを邪魔だと思ってる。だから……」
きっと、最後は私を殺して私に成り代わるつもりなのだ。
「そうはさせない。そうなる前に、ローリエは私が殺す。それが無理なら……」
もしも聖戦が終わる前に、自分という存在が彼女に飲み込まれてしまうのならば。
この世がそんな残酷な世界ならば。
「こんな世界なんて要らない。全部、滅び去ってしまえばいい」
「……先程の言葉は訂正しよう」
トアレはエルジェラントのつぶやきに込められた狂おしいほどの熱量を感じて、彼女が覚醒に至れない器だと思ったことを撤回する。
「貴様は覚醒に至ってもおかしくはない器だ。その願いは破滅的なものではあるが、それでも世界を滅ぼしてでも叶えたい願いを持っているのだから」
「……覚醒すれば、ローリエを消せるのかな?」
「あるいは、な。だが、我はあまりそれを認めたくはないがな」
「それはなぜ?」
「当然だ。神器にだって心はあるのだ」
トアレは自分を人間ではなく神器だと認めている。戦うための道具であるし、主のためなら使い潰されることこそが喜びであると。
けれど、その上で自分には心があると思っている。
いや、自分だけではなく、神器には大なり小なり意志があるのだ。
だから……
「覚醒は、主と神器がお互いの心を重ね合わせて至るのだ。どちらかがどちらかを否定するために至るなど、そんなことはありえな、い……」
そうつぶやいて、その途中でトアレは顔を青ざめさせた。
「そう、覚醒は主と神器がそろって……なら、どちらかが足を引っ張ることも……」
「トアレちゃん? 大丈夫?」
二人の険悪な空気に割って入れないでいたリコリスが、様子のおかしいトアレを心配する。エルジェラントも、トアレのことは悪く思っていないのか、心配げな表情を見せる。
しかし、今のトアレには二人のことなんて頭にはなかった。
……思い出すのは、もう一人の自分が口にした言葉。
「我がマスターの邪魔になっている。我がいるから、マスターは……」
お前がいるからセルン・ベルクルトは覚醒に至れない。勇者にはなれない。
そう言われ、そしてそれはきっと事実で。
ああ、ならば――彼の神器として、トアレは思わずにはいられなかった。
「なあ、マスター。我は、いない方がいいのだろうか?」
それはまるで、親を求める迷子の子供のような表情だった。




