第三話 討伐隊結成
十年前まで、白の世界には三体の支配者級モンスターが存在していた。
陸の王ツァトゥグァ。
海の王クトゥルー。
そして、空の王ハスター。
三大支配者を呼ばれ恐れられていたモンスターたちは、それぞれが陸海空に君臨し、周囲に死をばらまいていた。支配者級モンスターは眷族級モンスターを生み出す母体であり、世にモンスターをはびこらせていた元凶だ。
過去、何度も討伐が試みられたが、ことごとくが失敗に終わった。
冒険者たちでは手も足も出ず、勇者候補たちですら、立ち向かって逃げ帰ってこられた者は数えられるほどしかいなかった。
支配者級のモンスターの強さは、覚醒位階の勇者候補に匹敵する。
つまり本物の勇者でなければ倒せないモンスターなのだ。
ゆえに各国は手出しができず、三大支配者を避けるように人類の版図を広げざるを得なかった。
しかし十年前、ついに三大支配者は討伐された。
成し遂げたのは当時の勇者、ローリエ・エルジェラント。
即ち――
「――私よ」
エルジェラントは自らを指し示し、誇らしげに胸を張る。
未だ神器の解放を保っている彼女の意識はローリエのそれであり、ハスター出現の報を聞いて開かれた作戦会議にも参加していた。
ユーストリア勇者学校の会議室に集められた他の面々は、主催者であるレナスロッテとその従者であるクリフ、彼女から同行をお願いされたセルンと仲間のトアレ、マリエール。さらにもう一人、先に学校に戻っていたユーゴもこの場に同席していた。
彼はエルジェラントに目線を向けると、ふむ、とあごに手を当てる。
「では聞かせてもらいたいのだが、エルジェラント。ハスターはどういったモンスターなんだ?」
「ハスターは黄色の表皮に覆われた触手の化け物よ。外見は、巨大な傘をイメージしてもらえればわかりやすいわ。空に根を張って、雨のように飛行型のモンスターを地上に降らせる。空の王、って名前とは違って滅多なことでは動かないけど、現れた直下の国は滅亡必死でしょうね」
今回、ハスターが現れたのは、レムルス王国の南東にある小国、ヴェルン公国であった。昨夜、夜に紛れる形でハスターが出現したかと思うと、たった一日で国は崩壊したという。生き残った住人は極わずかであるらしい。
「ハスターの表皮は風の障壁で守られてる。だから倒すには、その内側に潜り込んで叩くしかないわね」
「なるほど、わかった」
ユーゴは頷いて、レナスロッテに視線を向けた。
「話を聞いたかぎりでは、ハスターは動かないようだ。放置していても、今日明日中にさらに被害が増えるということはなさそうだが」
「もちろん、討伐致します」
レナスロッテははっきりと方針を告げた。
「このタイミングでハスターが現れたのは、間違いなく開かれた『門』の影響でしょう。つまりは我々勇者候補の不手際の結果ということです」
それをお前が言うのかという突っ込みはあったが、セルンとしても自分たちが責任をとってハスターを討伐するという方針には賛成だった。
放置すればするほど、ハスターは無数のモンスターを生み出す。しかもすべてが飛行型、国境を超えて世界中にモンスターが襲来するだろう。せっかくローリエがもたらしたモンスターなき世が崩れてしまう。
「少数精鋭でハスターの討伐隊を組みます。異論はありませんね?」
「ない」
勇者候補の二大巨頭であるレナスロッテとユーゴの同意が成った。それは勇者候補全体として動くことが決定したも同然だった。
しかし、ユーゴは討伐隊を組むことには賛成した上で、こう続けた。
「だが私は参加できそうにないな」
「……帝国からの指示ですか?」
「未来の勇者をここで失うわけにはいかないそうだ。これは帝国だけではなく、他の国からも言われているが」
覚醒位階に至ったユーゴこそ、ハスターを倒せる勇者筆頭ではあるのだが、逆を言えば彼をここで失う損失にハスターの討伐は見合わないという考えだった。
公王もまたハスターの襲来で崩御していたため、支援要請が出されないのをいいことに、各国は可能なかぎり自国の損失を抑える方向で動きたいのだろう。
「どちらにせよ、勇者候補全員でハスターの討伐に行くわけにもいかないだろう。いつハスターと同格のモンスターが現れるともかぎらないし、魔王候補たちが動く可能性もゼロではない。私はこの学校に残るとしよう」
「……それがいいでしょうね」
レナスロッテもユーゴの意見を尊重する。ここで彼を動かしては、また別の問題が発生するというものだった。
「加えていうのであれば、わたくしも参加しない方がいいでしょう。支配者級モンスターは、並の人間では近付いただけで発狂します。神器の力か、勇者候補は全員、精神汚染への耐性を持っていますが、それでも下手な勇者候補を連れて行けば足手まといになりかねません」
「となると」
「ええ」
二人の視線がセルンと、そしてエルジェラントに向かう。
「セルンとエルジェラント、二人にハスター討伐を任せたい」
「頼まれてくれませんか?」
「ああ、わか――」
「もちろん、頼まれたわ」
頷こうとしたセルンの肩に手を回すと、エルジェラントは自分の方に抱き寄せる。
「なにせ私とセルンは、前にも一緒にハスターの討伐に向かったんだから。今回も私たちに任せておけば問題ないわ。ね? セルンもそう思うでしょ?」
たしかにセルンは過去、ローリエと一緒にハスターの討伐を行った。といっても、ほとんどローリエが単独で相手取り、神器をもって灼き滅ぼしたのだが。
それをこのエルジェラントも記憶しているのだろうか?
「……ああ。ハスターの討伐は俺たちに任せてくれ」
セルンはすぐ近くにあるエルジェラントの横顔を見つめ、その本性を見極めようとしながら、そっと回された彼女の手を外す。
「ただ、二人だけじゃさすがに手が足らないかも知れない。向こうにまだ生きてる人もいるかも知れないしな」
「たしかに、せめてあと二名ほどは欲しいところだ」
ユーゴの視線が、自然とセルンの仲間であるマリエールに向かう。
マリエールは少しだけ怯えた様子を見せたあと、ぐっと手を握って頷いた。
「わたしも行きます。怪我をしている人がいれば、わたしの神器で治せますし」
「あなたはやめておいた方がいいわよ」
参加を表明したマリエールに対し、エルジェラントがそう言う。
「あなたの神器はたしかに強力みたいだけど、支配者級に対する精神防御が未熟すぎるわ。あなたが現場に行っても、発狂するのがオチよ」
「そんな……」
マリエールがセルンに視線を向ける。セルンも、エルジェラントに同意するように頷いた。
「悪いが、俺もそう思う。マリーみたいな優しくて正しい奴は、支配者級とは相性が悪い。今回は学校に残ってくれ」
「……わかり、ました」
マリエールはじゃっかん傷ついた様子だったが、セルンの言葉に納得して引き下がる。
「では誰を連れて行く? 精神防御と言われても、生憎私では判断がつきかねるのだが」
「そうねぇ」
ユーゴの問いかけに、エルジェラントは少し考え込む。
「私が今日戦ったあの勇者候補の彼を連れていきましょう。私の攻撃にも最後まで怯えなかったし、耐性は強そうだわ」
「ゼノ・フランキシスか。怪我の方は?」
「大丈夫です。今は念のため安静にしてもらっていますが、明日には全快しています」
彼の治療を担当したマリエールが自信をもって断言する。
「では私の方から要請しておこう。彼ならば断ることはしないだろう」
「じゃあ、あともう一人ね。うん、ちょうどよさそうなのが一人いたわ」
そう言ってエルジェラントは立ち上がると、会議室の扉に向かい、おもむろに開け放つ。
「うわわっ!」
扉にもたれかかっていた彼女は、いきなり扉を開けられたことで部屋の中に倒れ込む。桃色の髪とマフラーが床に広がった。
「リコリス?」
「リコちゃん!」
セルンとマリエールが驚きの声をあげる。そこにいたのは誰であろう、リコリス・ハーヴィンだった。
「えへへ、見つかっちゃった」
「リコちゃん、一体なにを?」
「セルンさんに伝えたいことがあったんだけど、なんかセルンさんたちが帰ってくるなりここにこもったから、ちょっと気になって聞き耳をですね」
「なら説明する手間もいらないわね。この子にしましょう」
エルジェラントはリコリスを助け起こすと、その肩をつかんでぐいっとみんなの前に押し出す。
「精神的なものでいえば、私やセルンに匹敵するわ。神器も十分、ハスターに通用する……っていうか、え? 嘘、なにこれ?」
エルジェラントはリコリスの顔をじっと見つめると、呆れたような顔をする。
「あなた、神器の解放できてないの?」
「えっと、はい。そうです」
「はあ……なんというか、変な子ね。神器のポテンシャル自体は強力みたいなのに、解放すらできてないなんて」
「お恥ずかしいかぎりです。でも、いつか必ず!」
リコリスは拳を握ると、それから今更のようにエルジェラントを見て首を傾げる。
「ところで、あなたって映像に映ってた序列一位の人ですよね? ローリエ・エルジェラントって呼ばれてましたけど、あの勇者ローリエ様となにか関係あるんですか?」
「私? 私はそのローリエ・エルジェラント本人よ」
「え? えっ? えぇええええええ!?」
それを聞いてリコリスは口をあんぐりと開けると、素直に叫び声をあげて驚くのだった。
「本当にあの勇者ローリエ様なんですか!?」
「そうよ。私がその勇者ローリエ様よ」
「すごい! 本物の勇者様だ! 握手して下さい!」
「いいわよ。その代わり、旅先でも色々とお願いね」
「はいっ! がんばります!」
リコリスが感激も露わに握った手を上下に振ったところで、ハスター討伐隊は結成された。
セルンとトアレ。エルジェラントとリコリス、そして今はこの場にいないゼノ。
この五人でヴェルン公国に向かうことになる。
「よし、それじゃあ行くわよ!」
「おー!」
当たり前のようにみんなを率いようとするエルジェラントに、リコリスが勢いで手を挙げて答える。
セルンはじっと、そんなエルジェラントを見つめていた。
ハスターの討伐は重要だ。だがその過程でもしかしたら、彼女の真偽をはっきりさせることができるかも知れない。この旅は、セルンにとって大きな意味を持つ旅になるだろう。
「セルン。少しいいか?」
セルンが心の中で必ず真実を暴くと誓っていると、ユーゴがこっそりと近付いてきて部屋の外に呼び寄せる。
二人は廊下に出ると、ユーゴが周囲に人の姿がないことを確認してから話し出す。
「今回の討伐だが、ハスター以外にも周囲に気を配っておいた方がいい」
「というと?」
「恐らくは、君とエルジェラントを亡き者にしようと、多くの暗殺者が放たれることになるだろう」
「ああ、なるほど。俺とエルジェラントが死ねば、お前が勇者で決定だからな」
「そうだ。君と競わせることすら、上は許容できないらしい。私としては、お互いに資格を得た上で尋常に振るいにかけて欲しいところなのだが、君に負けたことでどうやら色々と神経質になっているようでね」
ユーゴの生国である帝国は、どうしても彼を勇者にしたいらしい。
「まあ、どんな暗殺者であれ、君たちを殺すことは不可能だろう。だが、少しだけ気がかりなこともある」
「気がかり?」
「私の義父が、ある人物を匿っていた。他でもない、君たちに関わり合いのある人物だ」
君たち、そう指し示したのはセルンとエルジェラントだろう。
セルンはなんとなく予想がついた。自分に関わりがあり、なおかつエルジェラントにも関わる人物。それはきっと、人材育成の分野で専門家として名乗りをあげていた彼だろう。
「前フランキシス男爵が、君とエルジェラントを狙っているようだ」
「俺とあいつをか。というからには、エルジェラントを生み出した計画の生き残った首謀者は?」
「彼、ということになる。情けない話だが、我が父は前フランキシス男爵をなにかと重宝していたらしい」
前フランキシス男爵は、暗殺者の育成と洗脳に関しては専門家中の専門家だ。であれば、ローリエの力を再現しようとしたとき、迎え入れられても決しておかしくはない。
ユーゴの義父が匿ったのも、その能力を欲してだろう。ある意味ではテンペスターも、子供に同じ神器を継承させ続けてきたという意味では、最強の勇者を作る実験と同じことをしてきたといえる。
「前フランキシス男爵は、今日までは義父と一緒に行動していたようだが、今はどこにいるかわからないらしい」
「わかった。注意することにする」
「ああ」
ユーゴは話を終え、部屋に戻る。
一人、その場に残ったセルンは、窓の外の曇り始めた空を眺めながらつぶやきをもらした。
「……嵐が来そうだな」




