第四話 お菓子バトル
その日は朝から甘い匂いがユーストリアの街を包み込んでいた。
「皆様どうもこんにちは。私はジョーイ・パリジュン。勇者候補序列九位にして、パーティー『グルメレポート』のリーダーであるジョーイ・パリジュンです」
街のあちこちに設置された音声水晶器から、どこか愛嬌のある青年の声が響く。ユーストリア勇者学校の前にある大きな広場に、この日のために作られた特設会場。そこに立つふくよかな青年、ジョーイの声だ。
「我ら勇者候補が勇者を目指し、日夜活動することができているのも、一重に街の皆様の助けがあってのこと。このジョーイ・パリジュン、勇者候補を代表してお礼申し上げます」
マイク片手に堂々と語りかけるジョーイは、会場に集まったたくさんの人々に対しお辞儀をすると、顔をあげてにっこりと微笑んだ。
「さて、長々とお話ししても嫌われてしまうので、本題に入らせていただきます。私は本日このよき日に、皆様へのささやかな恩返しとして、今回の催しを企画させていただきました。その名も、『第一回ユーストリアお菓子王決定戦』!」
ジョーイの合図に、彼の後ろから大きな垂れ幕が落ちてくる。そこには白の国の共通文字で、『第一回ユーストリアお菓子王決定戦』と書かれていた。
「その名のとおり、お菓子の王者とその最高の作り手を決める大会です。今日は街のあちらこちらで、参加者たちによるお菓子の実演販売が行われます。皆様はどうぞ、お好きなお菓子を手にとってご賞味ください。そして、これはというお菓子を選んで投票いただきたい。つまりあなた方が最高のお菓子を決めるのです!」
ジョーイの言葉に、会場から歓声があがる。彼の言葉だけではなく、街中を漂う甘い香りが、住人たちの心を沸かせていた。中には我慢できずに、お菓子を求めて席を立つ人もいた。
それに対し、ジョーイは大きなお腹を揺らすと、なんとも幸せそうな表情で口元をゆるませる。
「おっと、もう我慢できないという方も多いようですね。かくいう私も、早くお菓子の食べ歩きをしたくてたまりません。なので、これにて開会のあいさつは終わりです。皆様、どうぞ今日は一日、心ゆくまで甘い物に酔いしれましょう!」
街の上空に、開幕を告げる大きな花火が上がる。
それを見上げ、街のあちらこちらからこれまで以上の歓声があがる。
ユーストリアの街をあげてのお菓子パーティーの始まりだった。
◇◆◇
セルンは戦場のただ中にいた。
目の前には熱く熱せられた鉄の板。表面にはいくつもの丸い窪みがあり、バターを薄く塗りつけ、生地を流し込めば、じゅうじゅうと悲鳴のような音をあげる。
表面が固まってきたら、すかさず細く長い針を突き刺し、くるりと一回転。全体をまんべんなく焼くと共に、形を綺麗な球体に近付けていく。
そうして中まで火が通ったところで、器に転がり入れるように盛りつけ、小さなお客様の前へ。
「満月焼き四つお待ちどう。好きなソースとトッピングをかけて、熱いうちに食べてくれ」
「わー、ありがとうお兄ちゃん!」
「ああ、火傷に気を付けてな」
セルンは握りしめたお金を渡してくれた子供に、笑みを浮かべて自分の作ったお菓子を渡す。子供は一緒に来た友達のところへ行くと、さっそくソースとトッピングの吟味に入る。
「ねえねえ、なにかけて食べる?」
「やっぱりチョコレートじゃない」
「けどこっちのヨーグルトソースも美味しいって言ってたよ」
「だったら半分ずつかけて食べようよ。ちょうど四つあるし、二つずつ分ければどっちも食べられるよ」
「頭いい!」
二つのソースを半分ずつかける子供たち。そのあと、まだ湯気を立てる熱いお菓子を、彼らは爪楊枝でさして一気に頬張る。
「あ、あふい! でも美味しい!」
「はふはふ! はふはふ!」
熱い熱いと口から湯気をあげながら、子供たちは楽しそう食べている。
「表面は少しサクサクしてて、中はとろっとしてる。すっごく美味しい!」
「こっちのヨーグルトソースのも美味しいよ! 甘い生地とちょっと酸味のあるソースがいい感じ!」
なかなかにグルメなことを言いながらも、子供たちは美味しい美味しいと大満足だ。
自分の作った物を食べて笑顔を見せてくれる。料理人冥利に尽きる光景だった。
セルンは小さな幸せを噛みしめると、そっと空を仰いだ。
「ローリエ。俺、色々とあったけど、今はこうしてお菓子を作って、みんなを幸せにしているよ」
空はセルンの未来を祝福するように、青くどこまでも透き通っていた。
「セルンさん! ちょっとなにをさぼっているんですか! 早くひっくり返してください焦げてしまいます!」
そんな感じで軽く現実逃避していると、背後から店長の厳しい叱咤の声が飛んでくる。
振り向けば、セルンが担当している一枚の鉄板と同じ物を使って、四つ同時に並行して調理しているマリエールの鬼気迫る姿があった。いつものどこか大人しい雰囲気は消え、生地が焼き上がる刹那の瞬間を見極めようと、眼は鋭く尖っている。
「お客様がたくさん待っているんです! 早く次を、それが終わったら生地を混ぜて、ああトッピングソースが足りなくなりそうですリコちゃんに取りに来てもらってください早くお願いします!」
「はい」
セルンは大人しく指示に従って、調理に戻る。
慣れない作業にセルンが四苦八苦しながら、なんとか売り物になるお菓子を作っている横で、五倍近い速度でマリエールがより完璧なお菓子を完成させていく。
戦場だ。ここは戦場なのだ。
鉄板から伝わってくる熱に、額に汗を滲ませながらセルンは思う。
かれこれ二時間近く、この劫火の地獄の中にいる。休む時間はまったくなく、喉が渇いても水分補給をする暇すらない。
お菓子作りを舐めていた。セルンもパーティーのリーダーとして、仲間であるマリエールを助けようと、大会参加にあたって調理を買って出たのだが、今はそれを軽く後悔していた。
しかもあまり役に立っていないと来たものだ。
これまで料理といえば、男らしい豪快な料理しかしてこなかったセルンだったが、お菓子作りは繊細な作業が求められた。
マリエールがお菓子王決定戦に際し、用意したお菓子は『満月焼き』と呼ばれる焼き菓子だった。
彼女の地元で食べられている定番のお菓子らしいが、こちらでは珍しい食べ物らしく、なおかつ作っている姿すら集客のための演出として組み込めるということで、勝負菓子として選ばれたのだった。
調理手順は簡単で、混ぜ合わせた甘い生地を丸く焼くだけなのだが、上手い感じに丸く作るのが難しい。先程は上手くいったが、セルンの作ったものは半分くらいがちょっと歪んだ形になっている。
それらはマリエールの作った、完璧な球体状の『満月焼き』とは別に、『欠けてるけど思ったよりは欠けていない男の満月焼き』として、少し値段を下げて販売されていた。
お小遣いを握りしめた子供たちに大人気だったが、作っている本人としては、劣化品扱いがほんの少しだけ悲しかった。まあ、実際に欠けているので仕方がないのだが。
なら別の場所で活躍すればいいという話にもなるのだが、接客の方でもセルンの存在は間に合っていた。
「はい、お待たせしました! 満月焼きになりまーす!」
両手に出来上がった満月焼きを乗せて、リコリスがお客さんのところへ運んでいく。
「こちらのお客様には二つですね。こちらのお客様は六つ。たくさん買ってくれてありがとう!」
ユーストリア勇者学校の制服にエプロンを合わせた格好の彼女は、最高の笑顔でテキパキと働いていた。そのたびに短めのスカートの裾がふわりと揺れ、男たちの視線を集める。
「お母さん、あそこで売ってるお菓子が食べたい!」
「おっ、お目が高いねボク。うちのお菓子は美味しいよ。ほっぺた落ちちゃうよー」
しかしそれ以上になぜか子供たちを誘惑するのがリコリスであり、家族連れのお客さんが通るたびに、リコリスは購入まで誘導してみせた。
リコリスとは逆に男の視線を釘付けにしているのは、誰であろうシャルティエである。
「ほら、持ってきてさしあげましたわよ。ソースはあちらにありますから、好きにかけて食べなさい」
制服にエプロンという格好こそリコリスと同じだが、気位の高い彼女の表情に笑顔はない。口調もどこから偉そうで、とても接客に向いているとは思えない。
「……まあ、火傷には気を付けることですわね」
なのだが、偶に見せる素の顔というか、優しさが男たちの心を鷲掴みにしているらしい。純粋に綺麗な貴族のお嬢様が接客してくれるというだけで嬉しいのかも知れないが、どちらにせよ、彼女に接客して欲しくて、若い男たちが列を作って並んでいた。
そして最後に、お菓子の販売ということで、最も狙うべき客層である女性客に人気なのがトアレだった。
トアレはいつもの白いドレス姿で、料理を運んだりすることもなく、店の前でただ立っている。
「わー、あの子かわいい!」
「え? 人形じゃないの?」
「違うよ。ちゃんと生きてる女の子だよ」
「ねえねえ、お菓子買って食べさせてあげると、なんか頭撫でさせてくれるみたいだよ?」
「ほんと? ちょっと寄ってこうよ」
学校での光景と同じだった。トアレに貢ぐためにお菓子が売れていく。トアレは差し出されたお菓子を断ることなく、もきゅもきゅととても幸せそうに頬張っていた。その姿がさらに女性客を引き寄せ、あとは延々とその繰り返し。最強の客寄せ神器だった。
「あの三人で集客効果と接客は完璧だからな」
むしろセルンが混ざっても、今並んでいる客から非難を浴びそうだった。
なので、やはりセルンの居場所はこの灼熱の戦場にしかない。
凄まじい手際の良さで、お客に歓声をあげさせながらお菓子を作っているマリエールの横で、こそこそと誰に注目されることもなくお菓子を作っていく。
悲しくはない。ああ、悲しくはないとも。
なぜなら、お菓子が飛ぶように売れているからだ。
「すごいな。これ、本当に優勝行けるんじゃないのか?」
お客さんにここまでたくさん来てもらえているのは、表でがんばっている三人の力も大きいが、それでもやはり一番の功績は、実際にマリエールの作った満月焼きが美味しいからだ。
家族や友人同士で分け合えて、ソースやトッピングで自分なりの食べ方を探す楽しさもある。
純粋な味の良さだけで言えば、恐らくは一流の料理人が作ったお菓子の方は上だろうが、それでもこのお祭り騒ぎの中で食べるお菓子としては、マリエールの満月焼きが一番かも知れない。
「よし、俺もリーダーとしてがんばらないとな」
この一週間、マリエールが寝る間も惜しんで今日のためにがんばってきたことを、リコリスからこっそりと教えてもらっていたセルンは、腕まくりをして調理に集中する。
自分の目的のこともあるが、それ以上に仲間がここまでがんばってくれているのだ。ここで力のかぎり戦わなければ、それはもうリーダー失格だろう。
セルンは今、戦場にいるのだ。
◇◆◇
「だいぶ落ち着きましたね」
お店を開いてから半日が経ち、材料の底が見えてきた頃、ようやく客の列がなくなった。
「じゃあ、マリーちゃん。セルンさん。悪いけど、私とシャルちゃんは他のお店を回ってくれるね」
「ちょ、リコリスさん。私は行くなんて一言も!」
ずっと手伝ってくれていた二人は、ここで店を離れてお祭りを楽しんで来ることになった。この状況なら、お店はセルンとマリエールだけで十分である。客寄せも、今は満足して居眠りしているトアレを店先に飾っておけば十分だろう。
「二人とも。今日はありがとな。祭りを楽しんできてくれ」
「うん、お土産買って来るからね!」
「腕を引っ張ら、こら、聞いてますのリコリスさん!」
リコリスはシャルティエを無理矢理引きずっていく。ああはいっているが、シャルティエも満更ではなさそうだった。
「素直じゃないな」
二人を見送ったあと、セルンは椅子に座って休憩しているマリエールに、飲み物を差し入れる
「マリー。ほら、お水」
「ありがとうございます、セルンさん」
彼女はお礼を言って受け取ると、美味しそうに飲んでいく。
「ふぅ。生き返りました」
「お疲れ様」
「いえいえ、セルンさんこそ、お疲れ様です」
「いやいや、マリエールに比べれば俺なんてぜんぜんだよ」
セルンとマリエールでは、作ったお菓子の量の桁が違う。
ただ、マリエールは疲れた顔をしながらも、それ以上にやり遂げた達成感でいっぱいのようだった。額や首筋ににじんだ汗が、宝石のように輝いている。
「俺のためにこんなにがんばってくれて、本当にありがとな」
「そんな、仲間なんですから当たり前のことです」
「そっか」
「そうです」
マリエールは微笑む。
セルンはマリエールを仲間に誘うとき、彼女こそはと思ったが、じゃっかん勢いに任せた部分があったことも自覚していた。彼女はもしかしたら、その勢いに飲まれて頷いただけかも知れないと。
けれど、そう考えることこそがマリエールへの侮辱だった。
きっと、彼女は彼女なりに考えて、決意をもってセルンの誘いを受け入れたのだろう。仲間になる。その意識をいうのであれば、セルンよりもよほどマリエールの方がしっかりと考えていたに違いない。
マリエールは店の前で、満月焼きを食べているお客さんを見る。
今いるのは老夫婦で、のんびりとしゃべりながら、満月焼きを二人で分け合って食べていた。お互いを見る眼差しは穏やかで、ささいなやりとりにも長年連れ添ってきた雰囲気がにじみ出ている。二人でよい年を重ねてきたのだろう。
「わたしの家、地元でパン屋さんをしているんです」
老夫婦を見ながら、マリエールが教えてくれる。
「昔からやっているパン屋さんで、お父さんがパンを焼いて、お母さんはお菓子とかを作って、家族で売っていました。わたしもよく手伝っていたんです」
「それでパン作りとお菓子作りが上手なのか」
「慣れているだけですよ。パン作りの腕はお父さんに負けてますし、お菓子作りの腕はお母さんに負けてます」
「けど、満月焼きの発想はマリーだからこそだろ?」
「いえ、今回の満月焼きも、実はちょっと考えるのにずるをしてしまいました」
「ずる?」
「はい。実は突然訪ねてきたクリフ・ゼントスさんという勇者候補の方に、色々と助言をもらったんです。わたしたちが受け取る屋台には、こういう特殊な鉄板もあるからこういう料理も作れるぞ、と。そこで地元にあった満月焼きのことを思い出して、それにしようと思ったんです。あの助言がなければ、満月焼きは思いつきませんでした」
「クリフか」
大会に出られなかったから、というだけの理由ではないだろう。彼は今、相当に忙しいはずだ。
そんな忙しい中、時間を割いてマリエールの様子を見に来てくれたのは、以前、セルンが彼になにかあったときは協力して欲しいと約束したからだ。あの騎士は律儀にその約束を果たしてくれたのだろう。今度お礼を言わなければなるまい。
「今日はたくさん売れましたが、それでもわたしの力というわけではないんです。リコちゃんやシャルちゃん、トアレちゃんもがんばってくれたからこそ、たくさん売ることができたんです」
「……もしかして、自分はあんまり役に立ってないとか思ってるのか?」
「えっと、その、はい。……セルンさんにあれだけ大見得きったのに、自分の力だけでやり遂げられなかったこと、恥ずかしく思ってます」
エプロンを握りしめ、マリエールは恥ずかしそうに顔をうつむける。
「あの、本当にわたしが仲間でよかったんでしょうか? 今回もそうなのですが、役に立てること、あんまりなくて」
もちろんだとセルンは即答しようとした。
「失礼」
「あ、はい。ただいま」
けれど、その前に店頭にお客さんがやってきたため、マリエールはそちらの接客に向かってしまった。
「満月焼きをひとついただこうか」
「わかりまし、た……」
接客対応の途中で、マリエールが言葉を詰まらせる。
不思議に思ったセルンが客を見ると、そこには大量のお菓子を両手いっぱいに抱えた、まん丸とした青年が立っていた。間違いない、ジョーイ・パリジュンだ。
狙っている相手が、思わぬところで客として来店し、マリエールは動揺している。
そんな彼女を不思議そうに見ていたジョーイは、奥のセルンの存在に気付くと、ああ、と得心がいったように頷いた。
「そっちの君、たしか遅れてきた勇者候補くんだったよね? 僕の企画に参加してくれていたんだ」
「ああ。優勝賞品目当てでな」
「優勝賞品?」
「出来る範囲で願いを叶えてくれるっていうあれだよ。それを使って、俺はあんたに序列戦を挑もうと思ってる」
「なるほどねぇ」
ジョーイは細い瞳を見開くと、これまでのただのお菓子好きの客としての顔ではなく、勇者候補としての闘志溢れる顔を見せる。
「いいよ。そういう真っ向からの挑戦は大好きだ」
その言葉には、自分に対するたしかな自信がうかがえた。序列一桁まで上り詰めた実力は、伊達ではないらしい。
「ま、もっともそれは、君たちが優勝できたらだけどね。とりあえず、僕にも満月焼きをくれるかな?」
ジョーイはすぐにお菓子好きの客に戻ると、満月焼きを要求する。
マリエールにとっては、ある意味では決闘を挑まれるよりも、よほど緊張する行為だった。
彼女は唾を飲み込むと、まさに戦いへ挑む戦士の顔になって言った。
「かしこまりました。満月焼き、すぐにご用意致します」
マリエールにとっての戦いが、始まろうとしていた。




