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第五話  祭



「お待たせしました。満月焼きです」


 マリエールが焼き上げた満月焼きを、テーブルに座ったジョーイに差し出す。


 ジョーイは皿に盛られた満月焼きを、まずはなにもかけずに食べる。熱さを感じていないかのように無言で咀嚼し、飲み込む。


「ふむ」


 唸るように頷くと、ジョーイは続いてチョコレートソースをかけて一口。その次はヨーグルトソース。最後は、もう一度なにもかけずにそのまま食べる。


「なるほどなるほど、満月焼きは前に一度食べたことがあるけど、これはそのときとはだいぶ味が違うな」


 すべて平らげたあと、美食家は顎に手をあてて味の感想を告げる。


「甘さを控えめにして、老若男女、誰にでも受け入れやすいように工夫している。トッピングもそうだ。味以外の部分で、お客を楽しませようという工夫だな」


 ジョーイは空の受け皿を机に置くと、緊張で強ばった顔で裁定を待つマリエールに顔を向ける。


「味はまあ、オマケをしても並のプロ程度のまとまり具合だ。一流には大きく劣る」


「…………」


 マリエールは無言でうなだれる。美味しくなかったのか、と。


 けれど、ジョーイはそこで笑みを見せた。


「だが楽しいお菓子だった。そして、情熱を感じさせるお菓子だった。優勝するために、どれだけ考え抜いたのかがよくわかるお菓子だったよ。セルン・ベルクルトくん、君、仲間に愛されているな」


「自覚してるよ」


 セルンはジョーイのからかい混じりの賞賛に、真顔で即答した。


 そのあと、まだよくわかっていないマリーの肩に手を置いて、先程の彼女からの問いかけに答える。


「マリー。さっき自分が仲間でよかったのか聞いたよな?」


「え? あ、はい」


「俺はこう答えるよ。――マリーがいい。自分に自信がなくても、それでも精一杯がんばれるマリーこそ、仲間になってもらえて良かったと思ってるよ」


「セルンさん……ありがとうございます」


 マリエールは瞳を潤ませると、吹っ切れたような顔で笑みを見せた。


 ジョーイは二人を見てごちそうさまとつぶやくと、椅子から立ち上がる。


「じゃあ、僕は次の店に行くとするよ。まだ全部の店を周り切れてないからね」


 どうやら、彼は本当に満月焼きを食べに来ただけらしい。

 そもそもこの大会自体、彼がたくさんのお菓子を食べたいがために開いたのかも知れない。


「君たちが優勝できるかどうかはわからないけど、可能性はあると思うよ」


「もちろんだ。やるからには勝つ。そうだろ? マリー」


「はい、もちろんです!」


「ふっ、これは戦いに備えて、少し増量しておかないとダメかな」


 本気か冗談かよくわからない言葉を残し、ふくらんだお腹を叩きながらジョーイは去っていく。


 その直後、再びセルンたちのお店に客が詰めかけ始めた。ジョーイが悪くない評価を下したのを、こっそりと聞いていたのかも知れない。


「はい、満月焼き四つですね。すぐに焼くので少々お待ち下さい」


 楽しそうに調理を始めるマリエール。


 すぐにまた、辺りに甘い香りが漂い始めるのだった。







       ◇◆◇






 一時間ほどそれからまた休みなく働いたところで、ついに用意していた大量の材料が底をついてしまった。


 ちょうど今商品を渡したお客で列も途切れたため、セルンたちはお店はこれで締めることにした。まだひとつだけ商品は残っているが、一気にお客さんが来た場合に困ることになる。


 セルンは適当な木片の表面に、『完売』と文字を書いて店の前に立てかける。


「これでよし。あとは結果発表を待つだけだな」


「そうですね」


 二人はお互いの顔を見ると、労るように笑みをこぼす。


「そうだ。この残った奴はどうする? 食べちゃうか?」


「そうですね。残しておいても冷めてしまうだけですし」


「すまない」


 残った商品について相談していると、お店の前に一人のお客が立ち止まった。


 年齢は十四、五くらいか。ツインテールに結んだ銀色の髪に、赤い瞳が特徴的な美少女だった。


 服装は、袖がなく背中が大胆に開いたドレス姿。胸元部分に綺麗な刺繍が施された見事な代物なのだが、だいぶ使い込んでいるらしく、至るところが破れたり解れたりしている。


 特にスカートはボロボロで、かなりみっともない感じになってしまっている。その所為で周囲の人からは、まるで貧乏人か浮浪者を見るかのような奇異の目で見られていた。本人もそれは百も承知だろうに、背筋をピンと延ばし、堂々と胸を張って店に近付いてくると、ハキハキとした口調で訪ねてきた。


「ここで満月焼きなるお菓子が売られていると聞いたのだが、そちらはまだ売られているか?」


「あっと、満月焼きは……」


 セルンは店の前に置かれた看板に視線を向ける。


 そちらに視線をやった少女は、首を傾げる。


「自分はこちらの字が読めなくてな。看板だとは思うのだが、なんと書いてあるのだ?」


 文字が読めない。これはかなり珍しいことだった。


 白の世界では、小さな村の人間でも、日曜学校などで文字を教わることができる。文字は共通文字だけなので、覚えれば将来どこの国へ行っても通用する。そのため、どんな貧乏人でも無理矢理子供を行かせるくらいだ。


 訳ありか――少女の風体から薄々察しはついていたが、これで確定的になった。


 セルンはマリエールにどうするか確認を取る。


 マリエールは頷くと、売れ残っていた最後のひとつを手にとって少女に差し出した。


「そこには残りあとひとつです、って書かれているんですよ。こちらがその最後の満月焼きです」


「なんと。そうだったのか。それは運がいい。是非とも買わせていただきたい……と言いたいところなのだが」


 少女は恥ずかしそうに頬を染めると、懐から小さな布袋を取り出して、中から硬貨の代わりに小石を取り出した。


「実は持ち合わせがないのだ。宝石ならあるのだが、これとそれを交換してもらうことはできるだろうか?」


 そう言って少女が手のひらにのせて差し出してきたのは、真っ赤なルビーだった。指先ほどの大きさで、明らかに本物の輝きをまとっている。セルンたちが売っているお菓子の売値と比べれば、当然、高価過ぎる代物だった。


 そのため、セルンたちは難しい顔をするが、それを見た少女は足りないと思ったらしい。


「そうか。そうだよな。それほど大きな砂糖菓子だ。これでは足りないに決まっているか」


「いやいや、逆に多すぎるんだ。その宝石ひとつで、満月焼きが千個は買えるよ」


「なんと! それほど安いのか。こんなにも贅をこらした菓子だというのに」


 セルンが満月焼きの値段を伝えると、少女は眼を丸くして心の底から驚いてみせる。どれだけ世間知らずなのだろうか。


「しかし、困ったな。宝石もこれ以下となると手持ちにない。他に持っているものといえば……」


 少女が次に取り出したのは目元を覆う形の仮面だった。


「私が趣味で作った仮面なのだが、当然、これでは難しいよな?」


「いや、それでいいよ。な? マリー」


「はい。十分です」


「本当か? たくさん作ったうちの一個でしかないのだが……」


 少女はこれとお菓子を物々交換するのには抵抗があるようだった。それはどちらかと言うと、自分が差し出すものの価値が低すぎるからという感じだった。


 しかし、どうしても満月焼きが欲しいのか、酷く申し訳なさそうな顔で仮面を差し出した。


「……すまない。ではこれでお願いする」


「はい、毎度。最後だし、ソースとトッピングも丸ごと持って行ってくれ」


「なんと、これも持って行っていいと?」


 セルンがチョコレートソースとヨーグルトソースの入った容器を取り出すと、少女はいよいよ恐縮した様子になって、小さく頭を下げた。


「お二人に感謝を。かように怪しい自分に優しくしてくださったこと、私は忘れません」


「そんな大袈裟な」


「はい。お菓子を美味しく食べてもらえれば幸いです」


「ああいや、これを所望してるのは私ではなく私の連れなのだが、残さず食べるよう、私が責任をもって監督させてもらいます」


 生真面目な顔で請け負うと、少女はまるで王様から賞状でももらうかのように、両手で満月焼きとソースを受け取る。


 彼女は両手にシルクの手袋をつけていたが、滑らせる様子もなく、宝物を守るかのように両手でしっかりと抱きしめる。


「私はこれで失礼させていただきますが、お二方は今しばらくこの場所に?」


「ん? そうだな。商品は全部売れたけど、片付けとかがあるから、もうしばらくはここにいると思うけど」


「そうですね。結果発表はスピーカーを通じて発表してくれるみたいですし」


「そうか。了解した」


 なにを了解したのかよくわからないが、少女はしっかりと頷くと、最後にもう一度頭を下げてから去っていく。


 その後ろ姿が見えなくなるまで見送ったところで、セルンは口を開いた。


「変な客だったな。お金がないのか、お金持ちなのか、よくわからなかったし」


「そうですね。でも、すごく真面目な子みたいでしたね」


 それは間違いなかった。言葉遣いも、態度も、すべてが礼儀正しかった。


「マスター」


 そのとき、ずっと寝こけていたトアレが目を覚まし、セルンたちのところへやってくる。


「トアレ。よく寝てたな。もう満月焼きは全部売り切れたぞ」


「それは僥倖だな。だがそれとは別で、気になることがあるのだが」


 トアレはきょろきょろと周囲を伺うと、神妙な顔で告げた。


「今、神器の気配がして目を覚ましたのだが、どこぞの勇者候補でも喧嘩を売りに来たのか?」


「神器の気配?」


 ジョーイが訪ねてきたのは小一時間前だ。他には、どの勇者候補も来ていないはずだ。来ていれば、セルンはともかくマリエールが気が付いただろう。


「勇者候補の人は誰も来ていませんでしたよ」


「だよな。今来てたのは……」


 先程の少女のことを考え、セルンはそういえば、彼女が両手を隠していたことを思い出す。


「……まさかな」


 今のセルンたちのように、料理のために衛生目的の手袋をつけているのならともかくとして、 勇者候補ならばわざわざ手を隠す必要はない。


 だから気のせいだとは思いつつも、セルンはもう見えない少女の背中を探すように、もう一度彼女が去った方角へ視線を向けるのだった。







       ◇◆◇







 首尾よく満月焼きを手に入れることに成功した銀髪の少女は、人目を避けるようにして裏路地に入ると、迷路のように入り組んだ細い路地を進み、やがて小さな林に辿り着く。


 その林に割って入ってすぐのところに、彼女の連れは待っていた。


 大きな鉄製の鞄に腰掛けた少女は、戻ってきた彼女を見ると、ぷくーと頬を膨らませた。


「遅いわよ、レイリア。わたし、お腹ペコペコよ」


「すまない。手に入れるのに手間取った。代わりといってはなんだが、君が一番食べたがっていた満月焼きを買ってきたぞ」


「わぁ!」


 銀髪の少女――レイリアが抱えていた満月焼きを差し出すと、仲間の少女は歓声をあげ、鞄から立ち上がる。


「よく手に入ったわね。レイリア、お金持ってないでしょ? 店主を殺して手に入れたの?」


「そんなことするものか。仮面と物々交換して手に入れたんだ」


「仮面? ああ、レイリアが趣味で作ってるあれね。あんなのとお菓子を交換してくれるなんて、ほんとあれね。なんというか、あれね」


 彼女の目はお菓子に釘付けで、今ひとつ頭が回らないようだった。


 レイリアは苦笑すると、持っていたソースを満月焼きの上にまんべんなくかけてやる。


「ほら、食べるといい」


「ありがとう。ちょうど四つあるし、二つずつ分けて食べましょ」


「いいのか?」


「もちろんよ。食べ物はみんなで分け合って食べる物でしょう?」


「……そうだな。では遠慮なく」


 レイリアとしても、このお菓子には大変興味があった。二人はそれぞれ、少しだけ冷めた満月焼きを手でつまむと、同時に口の中に放り込んだ。


 途端に、舌の上に爆発する甘さ。その甘味の暴力たるや、思わずレイリアは涙ぐんでしまうほどだった。


「これは……美味しいな。なんていうか、信じられないくらい……甘くて、美味しい」


「そうね。甘い。甘いわ」


 もう一人の少女もまた、舌に残る痺れるような快感に、甘い、甘い、とうわごとのようにつぶやく。


「ゼスティ?」


 レイリアは連れの少女――ゼスティの様子がおかしいことに気付き、声をかける。


「どうした? 口に合わなかったのか?」


「まさか。美味しい。とても美味しいわ。これでもわたし、王族なのですけれど、こんな美味しい物を食べたのは生まれて初めてよ。レイリア、あなたもそうでしょ?」


「そうだな。初めてだ。うちの国ではとても作れない」


 材料がなにかはレイリアにはわからなかったが、それでもこれだけの強い甘さだ。相当な砂糖を使っているのだろう。レイリアも王族として、多少は贅沢な暮らしをさせてもらっていたが、それでもこんなものはとても口にできない。


「そうね。でも知ってる? これ、こっちでは子供でも買えるのよ? いいえ、これだけじゃない。さっき、子供が両手にいっぱいにお菓子を抱えてるところを見たわ」


 ゼスティは二つめの満月焼きをつまみあげると、それを高い位置から落とす。


「おわっ!」


 それを慌てて、レイリアが地面に落ちる前にキャッチする。手にチョコレートソースがついてしまったが、地面に落とすよりは遥かにマシだ。もったいない。


「なにをしているんだ? こんなお菓子、もう二度と食べられないかも知れないんだぞ?」


「そう、そのとおり。でも、その子供は平気で捨てたよ。美味しくないからって、たくさんのお菓子をちょっとだけかじって捨てたのよ」


 ゼスティはレイリアの手から満月焼きをつかみ取り、今度はきちんと口まで運ぶ。


 そのあと自分の指についたチョコレートを見て、はしたなくぺろりと舐めた。


 それだけではなく、レイリアの手に顔を近付けと、彼女の指についたチョコレートも余すところなく舐め取っていく。


「ぜ、ゼスティ?」


「ああ、なんて甘いの! こんな甘いものを好きなだけ食べて、笑って、楽しめるなんて、なんて素晴らしいお祭りなのかしら!」


 ゼスティは戸惑うレイリアを置いてきぼりにして、両手を広げ、天を仰ぐ。


「素晴らしい。わたし、感激したわ。だからね、決めたの」


「決めた? なにをだ?」


「なにってもちろん、みんなの幸せそうな笑顔を見ればひとつしかないでしょう?」


 レイリアは街の人々の笑顔を思い出す。心の底から祭りを楽しんでいるその姿。尊いものであり、いつかは自分の国の民にもこうあって欲しいと思った。


 けれど、ゼスティはそうは思わなかったらしい。


 彼女はその黄金の双眸を、現実から目を背けるように固く閉じると、別の瞳を開こうとする。


「おい、ゼスティ。それは!」


 レイリアが慌てて止めようとするが、遅かった。


 ゼスティは紫色の髪を揺らすと、額の第三眼を見開いた。


 そして、告げる。


「――幸せそうにしている奴ら、全員殺しましょう」


 怒りを。あふれる怒りを。絶対の怒りをもって、彼女は告げる。


「笑っている奴らは二度と笑えなくしてあげましょう。こんなにも美味しいお菓子を好きなだけ食べている子供は、心臓をもぎ取ってそれを口に突っ込んであげたら最高に愉快だわ。他にも、ここには目障りな奴らがたくさんいる。だから殺しましょう。全員殺しましょう。幸せな奴らは、全員が我らの敵なのだから」


「ゼスティ、それはダメだ」


 明らかに狂気を帯びている今のゼスティに、レイリアははっきりと告げた。


 途端、その怒れる眼差しはレイリアに向けられる。

 叩きつけられる赫怒は物理的な衝撃をもって、レイリアの身体を打ち据えた。


 けれどレイリアは揺るがない。堂々と胸をはって、彼女に進言する。


「怒りを収めろ。君はここに、無意味な死を振りまくために来たのではない」


「…………」


「自分の役目を思い出せ。でなければ、君にその瞳を代行する資格はない」


「…………そうね」


 長い沈黙のあと、ゼスティは額の瞳を閉じ、両目を見開いた。そこにはたしかな、理性の輝きが戻っていた。


「ごめんなさい、レイリア。ちょっと、こちらの空気に当てられたみたい」


「構わない」


 レイリアは容器に残った満月焼きを見下ろすと、心の中で謝罪を口にして、容器ごと地面の上に放り捨てた。


「これは毒だ。毒だよ、ゼスティ。君はその毒にあてられたのだろう」


 これを欲しがったのはゼスティであり、けれど、二人がここへ来た目的の上ではまったくの余分なことだった。


 二人はお菓子を食べに来たのではない。遊びに来たのではないのだ。


「行こう、ゼスティ。そろそろ作戦開始の予定時刻だ」


「わかったわ。始めましょう」


 ゼスティは地面に転がっていた鉄の鞄を持ち上げると、その左手を掲げた。


 そこには漆黒に輝く聖痕が刻まれていた。


 そしてレイリアもまた、左手の手袋を脱ぎ捨てると、その左手の甲に刻まれた聖痕を重ね合わせるようにして掲げる。


「魔王様の勝利のために」


「ええ、魔王様の勝利のために」


 二人は誓うように祈りを捧げ、そしてその場から閃光のように掻き消える。


 街の中心に向かうゼスティとは別の方向へと走り始めたレイリアは、屋根から屋根へと飛び移って、できるかぎり最初の位置からは遠くへと移動する。


「……私も、ゼスティのことを言えないな」


 目的のために動くのであれば、わざわざ遠くまで移動する必要はない。この街のどこでだって、レイリアのやらなければならないことは始められる。


 それでもこうして移動しているのは、これから始まるものに、あの屋台の二人を巻き込みたくはなかったからだ。せっかく譲ってくれたお菓子を無駄にしてしまった自責の念もあって、レイリアはそんな余分なことをしている。


 そう、余分だ。これは意味のない感傷のようなもの。


 善人を気取ってなにになるというのだろう? これから自分がすることを考えれば、なんの意味もないことなのに。


 遥か遠くの場所まで一気に駆け抜けたレイリアは、地面に着地を果たすと、ぐるりと周囲を見回した。


 この街は、今日はどこもかしこもお祭りの参加者で溢れかえっているようで、レイリアの周囲でも多くの人が祭りを楽しんでいた。


 彼らはいきなり空から振ってきたレイリアを見て、なにやらこそこそと陰口をたたいている。


 やれ、変な服装だなと。怪しい奴だなと。


 まあ、それが当然の反応だろう。あの屋台の二人がむしろ変だったのだ。


 だから、その変なところにあてられて、レイリアは少しだけ意味のない変な行動に出てしまったのだろう。


 けれど……それも終わりだ。


 レイリアは懐に手を伸ばし、仮面を取り出す。


 笑顔をモチーフにしたその仮面で自分の顔を隠そうとして、その前に、一度澄み渡る青空を眺める。


「ああ……綺麗だな」


 その美しさを胸に刻むと、今度こそ仮面を被る。


 同時に、街の中心部の方で、緑の輝きが天高く伸びたのを合図にして、レイリアは動き出した。


 足取りは静かに。そっと、一番近くにした見知らぬ誰かの背中に近付くと。


 ぱん、とおもむろにその頭部を握りつぶした。


 無数の肉片が散らばり、血が噴水のように飛び散る。


 それは現実感がない光景で、突然すぎて見ていた誰もなにも言えない。


 それをいいことに、レイリアは一人、また一人と、老若男女の区別なく近くにいた人々から殺害していく。心臓を抉り、首をへし折り、身体を真っ二つに切り裂いて、惨たらしい死体を量産していく。


 そう、殺しはゼスティの役目ではない。それはレイリアの役目なのだ。


 レイリアは笑顔の仮面にふさわしい、貼り付けたような作り笑いを口元に浮かべると、悲鳴をあげ、逃げまどう白の民に向かって大声で告げた。


 この良き日に、新たな祭りを始めるために。


「――さあ、魔王軍がやってきたぞ!」


 虐殺が、始まった。




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