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第五話  悪意の切っ先



 校舎の方から鎧をつけた顔見知りの騎士が歩み寄ってきたのは、リコリスが意識も新たにがんばることを決めてすぐのことだった。


「セルン殿。ここにいらしたか」


「クリフか。姫さんからなにか言伝でも?」


「たしかに姫様から頼まれた言伝ではありますが、元々の差出人は姫様よりさらに上です」


 クリフはそこでリコリスの存在に気付くと、紳士らしく軽い礼を取る。この男、レヴェナント号で何度か話しをしていて気が付いたのだが、基本的に女子供には優しかったりする。


「勇者候補序列九十九位、リコリス・ハーヴィンだな。これは二人に伝えなければならなかったことだったから、ちょうどよかった」


「俺とリコリスに?」


「ええ、勇者選抜の管理進行を司る委員会よりの通達です。今日の午後に、セルン・ベルクルト、リコリス・ハーヴィン、両名による序列戦を執り行うとのことです」


「俺とリコリスが戦うのか?」


 序列戦自体の存在は前もって説明を受けている。


 勇者候補は最低限、二週間に一度は他の勇者候補と戦わなければならない。その相手は勇者選抜管理委員会が決めると聞いていたが、まさかその相手がリコリスになるとは。


「公式の序列戦は、原則として順位が近い者同士で執り行われることになっていますから。この場合、序列百位であるセルン殿が、序列九十九位である彼女に挑む形になるわけですね」


「でも実際は、私がセルンさんに挑む形になるのかな」


 先程の戦いでセルンの実力を垣間見たリコリスは、実力でいえば自分が劣っていることを悟っていた。


 けれど、その瞳は爛々と戦意に燃え、諦めなんて欠片も浮かんでいなかった。


「セルンさん、早速勝負だね! 私、全力でセルンさんにぶつからせてもらうから!」


「わかった。受けてたとう」


「よぉし! そうと決まったら放課後まで特訓だ! やるぞー!」


 拳を高々と振り回し、リコリスは走り去っていく。


「元気な娘よな。ああは言ったが、今日明日で神器を使えるようになるわけでもなく、マスターに敵うわけがないというのに」


 トアレが呆れ混じりに見送るも、その表情に彼女を馬鹿にする色はない。 


「まあ、勝てないとわかっていながら、マスターに挑もうとするその気概は良し! マスター、今度は我も戦うからな!」


「全力で神器だとばらしにいくのか。公式戦なら、見物客もたくさん来るだろうに」


「ダメか?」


「……まあ、お前が俺の神器だとばれるのは時間の問題だとわかったしな」


 これもある種の神器の成長と言えるのかも知れない。そう思えば、セルンとしても否はなかった。


「わかった。解放して戦おう」


「そうこなくては! リコリスには悪いが、我らの力を存分に見せつけ、見くびっている有象無象を一掃する好機である! 我、俄然やる気が出てきた! もう誰にもマスターが腰抜けなどと言わせない!」


 やはりクラウドに主が腰抜けなどと言われて、トアレは怒っていたらしい。リコリスには悪いが、恐らく戦いは一方的なものになるだろう。


 それでも彼女は必死に食らいついてこようとするだろう。


 先程の戦いなどよりもよほど、リコリスとの戦いはセルンの胸を熱くさせていたのだった。


 ――しかし放課後、戦いの舞台にリコリスが姿を見せることはなかった。 







       ◇◆◇







「リコリス・ハーヴィンの不戦敗により、勝者セルン・ベルクルト!」


 石を積み重ねて作られた闘技場の舞台で、セルンは審判から勝利を告げられる。


「ふざけんな!」


「これで終わりとか、来た意味ねえだろ!」


 それに対し、階段状に作られた観客席にいた観客から、たくさんのブーイングが飛ぶ。彼らは噂の編入生がいかにして戦うのかを見に来たのであり、まさか対戦相手不参加による不戦勝になるだなんて、期待はずれもいいところである。


「落第生はどうした! 神器を使えないにしても、せめて戦え!」


「そうだ! 俺たちは上から編入生の神器を調べてこいって言われてるんだ!」


「腰抜け相手に逃げてどうすんだよ!」


「もういいから、せめて神器見せろや!」


「そうだ、腰抜け! 一人で戦え!」


 当然、文句の矛先は現れなかったリコリスに向かうのだが、いない相手にぶつけるのも虚しいもので、セルンにもいくつもの罵倒が飛んでくることになった。


「あ、あやつら、言わせておけば……全員お望みどおりにぶち殺してくれるわ!」


 トアレがいよいよ我慢の限界を迎え、観客席によじ登って殴り込みに行こうとする。しかし身長が足らず、高い壁をよじ登れないでいた。


「このっ、なんだこの壁は?! 邪魔だてするなら、まずは貴様から破壊してくれようか!?」


「壁相手に本気で切れるな。次の試合が始まるから俺たちは下がるぞ」


 舞台から降りたセルンは、トアレを回収して控え室に戻る。


 しかし控え室に戻ってきても、トアレの怒りは治まらなかった。


「ああもう、これもすべてリコリスの所為だ! あそこまで言っておきながら来ないとはどういう了見だ!?」


「トアレの疑問はもっともだ」


 もちろん、セルンは彼女が自分との戦いを恐れて逃げたとは思っていなかった。


「リコリスが戦いが怖くなって逃げたとは思えない。なにか問題が発生したのかも知れない」


「問題?」


「具体的になにが起こったのかはわからないが、来たくても来られない状況に陥ってる可能性がある。……気になるな」


「失礼」


 セルンが疑問を口にするのと同じタイミングで、控え室の扉が開き、意外な人物が顔をのぞかせる。


「シャルティエ?」


 青銀の髪の勇者候補。シャルティエ・ボードマンだ。


「俺たち見にきてたのか。しかし、ここになんの用だ?」


「ええ。あなたに聞きたいことがあって来ましたの」


 シャルティエは腕を組むと、厳しい眼差しと共に質問をぶつけた。


「単刀直入に聞きますが、ベルクルトさん。あなた、ハーヴィンさんをどうしましたの?」


「どういう意味だ?」


「どうもこうも、そのままの意味ですわ。彼女を試合に来れなくさせたのは、対戦相手であるあなたの仕業ではなくて? たとえば、脅迫をしたとか」


「なんだと!? マスターがそんな卑怯な真似をするものか!」


 謂れのない罪を主人に被せられ、トアレが目を剥いて怒りを露わにする。


 その怒りように驚いたのは、むしろシャルティエの方だった。


「……本当にあなたではないんですの?」


「ああ。俺はそんなことはしていない。むしろ、お互いにがんばろうと約束したくらいだ」


「そうですの。……私はてっきり、あなたが試合に勝つためにハーヴィンさんを罠に嵌めたのではと」


「どうしてそう思ったんだ? リコリスが普通に臆病風に吹かれただけかも知れないだろ?」


 トアレを宥めながら聞くと、シャルティエはそれこそありえないと手を振る。


「あの諦めることを知らないお馬鹿さんが、試合に勝てそうにないだなんて理由で来なくなるわけがないでしょう?」


 それはセルンにとって、あまりにも意外なシャルティエからリコリスへの信頼だった。


「あなたは知らないかも知れませんが、彼女は神器が使えず、試合に出ても毎回笑い者にされてましたの。けれど、それでも彼女は次の試合には必ず出てきた。それで制限時間の限界まで、棄権することなく神器解放神器解放と性懲りも無く叫び続けてましたわ」


「詳しいんだな。毎回見にきてたのか?」


「そ、そういうわけではないですが。偶々、そう、偶々ですわ!」


「どっちだよ」


 と言いつつも、セルンは目の前の少女が、リコリスの試合を毎度見にきていたであろうことを察していた。口に出すと怒りそうだから突っ込まないが。


「しかしやっぱり、それじゃあリコリスが試合にこなかったのはおかしいな」


「……本当に、あなたはなにもしてないようですわね」


「誓ってな」


「では、なにか他に心当たりは?」


 そう言われて、セルンの頭に過ぎったのは朝に立ち会った勇者候補の顔だった。


「今日、クラウド・テイラーっていう勇者候補に喧嘩を売られたんだが」


「詳しく聞かせなさい」


 セルンは今日の一件をシャルティエに語り聞かせた。


 するとシャルティエはあごに手をあて、悩ましげに眉をひそめる。


「……その男自体はよく知りませんけど、所属している『サーカス』の噂は聞いたことがありますわ。勇者候補以外の人間を多く仲間に引き入れてるパーティーですけど、リーダーであるテオドールにはいい噂を聞きませんわね」


「クラウドが俺に逆恨みして、リコリスをさらった、なんてことはあると思うか?」


「序列を入れ替えさせたくなくて、ハーヴィンさんの口封じに出た、という可能性ならあり得なくもないと思いますわ。勇者候補なら誰しも、あなたに負けて最下位になんて落ちたくはないでしょうし」


「そんなものなのか」


「ええ。しかし……クラウド・テイラーがハーヴィンさんをさらった、ですか。あのハーヴィンさんが素直にさらわれるとも思えません。探せば、なにかしら目撃者なり手がかりなりがあるかも知れませんわね」


 そう言って、シャルティエはさっさと控え室を出て行ってしまう。


 セルンとトアレは顔を合わせて頷き合う。


「俺はシャルティエについて行ってみる。トアレは別行動で、リコリスの気配を探ってみてくれ。神器の気配、わかるんだろ?」


「わかるが、リコリスの神器の気配はか細すぎる」


「無理なら無理でいい。とにかく、校舎の中を探してみてくれ


「わかった」


 二人は控え室を出たところで別れ、セルンはシャルティエに追いすがる。


「シャルティエ。なにか探す宛てがあるのか?」


 シャルティエは顔だけ振り返ってセルンを一瞥すると、早足で観客席へと向かいながら説明する。


「彼女の試合には、いつもフェルトさんが見に来ていました。今日も来ているはずですから、まずは彼女に聞いてみましょう」


「なるほど。マリエールならなにか知ってるかも知れないな」


 けれど、観客席をぐるりと一周しても、どこにもマリエールの姿はなかった。


「おかしいですわね。フェルトさんもいないだなんて」


「もしかしたら、マリエールも同じ問題に巻き込まれてるんじゃないか?」


「ありえますわ。となると、本格的に情報が必要ですわね」


 シャルティエはもう一度観客席を見回す。


「今度は誰を捜してるんだ?」


「こういう試合には必ず出張ってくる人間です。ああ、やはりいましたわね」


 シャルティエが向かった先にいたのは、観客席の一番前を陣取っていた眼鏡の女子生徒だった。名前は知らないが、たしか同じ教室の生徒だった気がする。


「ミシェラ・クロケットさん。少しよろしくて?」


「ん? ああ、ボードマンさんと、編入生のベルクルトさんじゃないか。試合お疲れ様。戦ってないけど」


 ミシェラは珍しい組み合わせの二人に眼鏡をきらりと輝かせると、メモとペンを取り出して身を乗り出してくる。


「それより、なんで二人が一緒に? これはあれ? もしかしてあれな感じ?」


「そ、そんなわけないでしょう!」


 シャルティエは顔を真っ赤にして否定したあと、咳払いをして、真剣な口調で話し始めた。


「私たちはハーヴィンさんを探しているのです。彼女が試合に来なかったのは明らかにおかしいことですから」


「それはたしかにね。私もおかしいとは思ってたんだ」


 ミシェラはメモの頁をぺらぺらとめくっていくと、


「私が知っているかぎり、ほんの一時間前までリコリスちゃんは学校の訓練場の一角で訓練してたんだよね。なにかあったとするなら、そこからこの試合会場に来るまでの間になるかな」


「相変わらず、どこで知ったのかと問いつめたくなるくらい知ってますわね」


「やだなぁ、犯罪行為はしてないよ。私はあくまでも、綺麗な情報だけを扱うことを信条としてるから」


「……本当に潔癖ならば、そもそもそんなこと言わないと思いますが」


 シャルティエとしては彼女に色々と言いたいことがあったが、話が進まなくなるので今は問いつめたりはしなかった。


「ハーヴィンさんのことはわかりましたわ。ならば、フェルトさんのことはご存じ?」


「マリエールちゃんねぇ。彼女を最後に目撃したのは、トーマス先生の授業だね。一人で授業を受けたあと、次の授業には出てないみたい。マリエールちゃん、勇者候補なのに律儀に授業の予約してるんだけど、その予約した授業をさぼってるね。これ、かなり珍しいことだよ」


「ということは、マリエールになにかがあって、それが原因でリコリスも試合に来れなくなった、って可能性が高いのか」


「そういうことになるかな」


 セルンの推理を聞いて、ミシェラはぱたんとメモ帳を閉じる。


「ただ、それはあくまで可能性であって絶対ではないね。二人してただ遊んでる可能性もゼロじゃない」


「ゼロですわ」


「おっと、ボードマンさん言い切るねぇ」


「俺もそう思う。ここは二人が事件に巻き込まれたことを前提として動くべきだ」


「ベルクルトくんもそう思うんだ。勇者候補二人がそう言い切るなら、自分もちょっと本格的に調査してみようかな」


「頼めるか?」


「ま、今回は情報提供料はタダでいいよ。代わりといってはなんだけど、全部片付いたあとにベルクルトくんの神器のこととか、ちょっと知りたいなぁ」


 この場所にいるということは、ミシェラの目的もセルンの神器だろう。情報屋紛いのことをしているのなら、セルンの神器の情報は高く売れるというところか。


「いいだろう。俺の神器のことを教えるから、リコリスたちのことを探してくれ」


「了解。少しだけ時間をもらうよ」


「なにか俺たちに手伝えることはあるか?」


「そうだね。それじゃあ、あそこにいる人に聞き込みしてもらえるかな?」


 そう言ってミシェラが指さした先には、五人くらいの男女が集まったグループがあった。中心にいるのは、金髪の優男風の少年だ。観客席にだらしなく寝転び、つまらなそうに今行われている試合を見ている。


「あれは……」


「シャルティエ。知ってるのか?」


「……例のクラウドという男が所属しているパーティーですわ。それで中心にいるあの男が」


 そのとき、向けられる視線に気が付いたのか、金髪の少年が顔をあげてセルンたちの方を見る。


 ニヤリ、と彼は楽しそうに笑った。


 上品な、しかしどことなく気持ちが悪い笑みだった。


 彼を指して、シャルティエは言う。


「……あれが『サーカス』のリーダー、テオドール・フィックスですわ」


 

 

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