第六話 勇者を目指す者として
セルンとシャルティエの方に、テオドールは取り巻きと共に近付いてくる。
「やあ、ごきげんよう。僕の方を見ていたけど、なにか用かな?」
「ええ。あなたに聞きたいことがあります」
シャルティエが前に出て、表面上は礼儀を弁えた態度で接する。現在の段階では、クラウドがなにか悪さをしたとは確証がなく、またたとえクラウドがリコリスの失踪に関与していても、テオドールもそうだとはかぎらない。
「聞きたいこと? 君はたしか、ボードマン卿のご令嬢だったかな? 名前は……」
「シャルティエ・ボードマンです。序列十八位『天狼』の」
うろ覚えだったテオドールに、取り巻きの一人が耳打ちする。
「ああ、そんな名前だったね。興味がなかったから忘れてたよ。いや、すまないね」
「んなっ!?」
悪びれた様子もなく、軽い口調で謝罪するテオドールに、シャルティエはこめかみに青筋を浮かべる。
「いえ、お気になさらず。それよりも、あなたはリコリス・ハーヴィンさんが今どこにいるのかご存じありませんか?」
それでもなんとか感情を抑え、テオドールに尋ねる。腹芸が苦手なのか、かなり直接的な聞き方だ。
「リコリス・ハーヴィン? 誰だい、それ?」
それに対し、テオドールはまったく反応を示さない。また取り巻きからリコリスのことを耳打ちされているが、「あっそ」と今度は改めて覚える気もないようだった。
「……知らないのですか?」
これにはシャルティエの方が困惑する。
セルンは彼女の横で、テオドールの反応を観察していたが、彼は本当にリコリスの居場所どころか名前も知らないようだった。
「ではあなたが率いる『サーカス』の仲間である、クラウド・テイラーが今どこにいるのかご存じですか?」
「クラウド? いや、知らないな。今日は見てない。お前たちの中に見た者は?」
取り巻きたちも、首を横に振る。
「ということだ。そもそも、僕よりもそちらの彼の方が知っているんじゃないのかい?」
テオドールがセルンに視線を向ける。
それはこれまでの薄い反応とは違って、粘つくような熱い視線であった。
「ねえ、遅れてきた最後の勇者候補くん。たしか、セルン・ベルクルト君だったかな? 僕は君に興味があってね、クラウドにあいさつしてくるよう頼んだんだけど、彼は君のところには来なかったのかな?」
「たしかに、今朝素晴らしいあいさつをしてもらったよ。素晴らしすぎて、感激のあまり腹に一撃お見舞いしてしまったくらいだ」
「それはいいね。僕も彼のそういうところが気に入ってるんだ」
自分の仲間がセルンともめたことを察していながら、テオドールは親しげに笑いかけた。
「クラウドは道化なのさ。滑稽な仕草で観客の笑いをとるあれだよ」
「道化? あれが全部演技だったと?」
セルンにはクラウドの態度が演技には思えなかった。素でああいう性格としか思えない。
「演技じゃないさ。彼は生まれながらの道化なんだよ」
テオドールもそれを肯定し、なにかを思い出してくつくつと笑う。
「初めて会ったときから、彼は道化としての才能に充ち満ちていた。元々は、どこぞの貧民街で夢もなく暮らす社会の底辺だったらしいんだけど、ある日突然勇者候補に選ばれたことで、彼は一念発起して成功者になる夢を見たらしい。それでまず、彼はなにをやったかと思う?」
「さあな。知りたくもない」
「正解は、この僕に土下座して頼み事に来たのさ! 土下座だよ? なんでもするから仲間にしてくださいって、ああも自分のプライドを投げ捨てて言える男もそうはいないよねぇ!」
ついに耐えられなくなって、テオドールは腹を抱えて笑い出す。それにつられるように、取り巻きたちも笑い声をこぼす。
「それのなにが面白いかって、自分で努力し、勇者になる気なんてさらさらなく、息を吸うように一番楽な道を選んでることさ。夢を見てまず最初にすることが人に頭を下げることって、それどういう思考回路してるの? 極めつけの馬鹿じゃないの? 面白くて面白くて、ついつい仲間にしちゃったよ!」
「…………」
セルンは顔をしかめた。シャルティエも、小声で「下衆ですわね」とつぶやく。
セルンとしても、クラウドの行為に思うところがないわけではない。勇者候補に選ばれたことで成功する夢を見たのなら、まず目指すべきは勇者であろうと。そうでなくとも、ここはユーストリア勇者学校。学舎だ。いくらでも他に選択肢はあっただろう。
けれど、それでも、目の前の男への嫌悪感の方が遥かに大きかった。
たとえ始まりがどうであっても、仲間をこうも悪し様に罵って笑える彼の思考回路こそ、セルンにとっては理解の外だった。
「あー、おかしい。僕をこうも笑わせてくれるのは、彼くらいのものだね」
ひとしきり笑ったあと、目尻の涙をぬぐい、テオドールは改めてセルンたちに向き直る。
「状況を察するに、どうやら君に負けたクラウドが、その腹いせになにか馬鹿なことをしでかしたようだね。先程言ってたなんとかって勇者候補をさらいでもしたのかな? だとしたら本当に最高の馬鹿だとしか言いようがないけど、どうか許してやってくれ! 彼は本当に馬鹿なんだ!」
「……リコリスの友人が一人行方不明なんだ。俺たちは、クラウドがさらったのはその友人の方で、それを盾にリコリスを脅迫したと考えてる」
「ありうる! クラウドならやりそうだ! そういう小狡い考え方だけできる男なんだよ!」
「……居場所に心当たりは?」
「察しはつくよ。彼がさらった人間を匿えるような場所は、僕がこの街で押さえてる物件くらいだろうからね。おい、地図を書いて彼らに渡してあげてくれ」
「はい」
テオドールは取り巻きに指示し、いくつかの物件の住所と簡単な地図を書かせてセルンたちに渡した。
本当に、いともあっさりと、仲間を売り飛ばす真似をしたのだ。
「そこのどこかにクラウドはいると思うよ。さらわれた誰かが心配なら、早めに探すことをおすすめするよ。彼は追い詰められるとなにをするかわからないからね」
「あなたは!」
シャルティエが声を荒げる。怒りで顔を真っ赤にし、テオドールに人差し指を突きつける。
「あなたは自分の仲間をなんだと思ってるのですか!? パーティーのリーダーなら、それ相応の言葉と責任の取り方があるでしょう!?」
「責任? まあ、そうだよね。今回クラウドがしたことで、僕もいくらか責は受けるだろうね。序列も落ちるかもなぁ。けど、それがどうかしたのかい? 序列なんて所詮はただの数字だろう?」
大袈裟に肩をすくめると、テオドールは今こうしている間も続いていた、勇者候補同士の試合をゴミでも見るかのような目で見下ろす。
「見なよ、あのつまらない試合を。輝きもなにもない。観客への配慮もなにもない。なにより相手を殺すことが許されていない! 僕も最初は神器同士で戦うって行為を面白く感じて、気が付けば十一位まであがっていたけど、今となって黒歴史さ。あんなくだらない行為を人前でやっていたと思うと死にたくなるね」
勇者選抜それ自体を否定するかのような発言に、シャルティエは怒りのあまり声も出ないようだった。
そして止められないことをいいことに、テオドールの語りは次第に狂的な熱を帯びていく。
「戦いって奴はさ、殺し合いって奴はさ、もっとキラキラと輝いていて、みんなが盛り上がるものじゃないといけないんだ。昔、父親に連れられて非合法の闘技場に行ったことがあるけれど、そこは本当に最高だったよ!」
「……おい」
セルンが声をかける。しかしテオドールは止まらない。
「人と獣じゃない。人と人の殺し合いが実際に行われていたんだ。僕はあそこで本当の命の輝きって奴を見たよ! 最高の主役が最高の敵役と激しい戦いを繰り広げ、そしてすべてが血と臓物にまみれた生々しい死によって締めくくられる! それが最高の聖戦って奴なんだって気付かされた!」
「……そろそろ黙れ」
「特に最高だったのが、まだ年端もいかない少女が大の大人を素手で殴り殺す奴だったよ。返り血で髪と拳を真っ赤に染めてさ、しかも泣きながらやるんだ。聞けば、戦ってた相手は彼女の育ての親だったらしくて、戦いの最後に彼女が見せた壊れた笑みはもう――」
「黙れ」
「げはっ!」
セルンはその悦に浸った横顔を殴り飛ばし、物理的に黙らせた。
同じように序列自体にこだわりをもっていないセルンも、テオドールのどこか根底から異なるその価値観には激しい拒絶感を覚えた。この男には聖戦の意味とか、勇者の尊さとか、そういうものは存在していないのだ。
この男にあるのは、ただひたすらに凄惨で残虐な見せ物へのこだわりのみ。
端的に言って――人間のクズだった。
「シャルティエ、行こう」
「そうですわね」
テオドールの取り巻きたちが喧々囂々となにか言ってくるのを視線だけで黙らせ、セルンとシャルティエはこの場をあとにしようとする。
「ねえ、セルンくん」
その背中に、テオドールが声をかける。
「僕にはわかる。君は他の勇者候補とは違う。本当の殺し合いって奴を知っている、人殺しの目をしている」
セルンは無視して歩き始めるが、テオドールは声のトーン高くして、誘いの言葉をかける。
「僕はね、君みたいな奴が勇者になって、あのときの血塗れの天使のように魔王と殺し合うのをそばで見てみたいんだ! なにか困ったことがあったら『サーカス』に来るといい! 全力で君を歓迎させてもらうからね!」
テオドールの邪な笑い声に見送られ、セルンとシャルティエは手に入れた地図を手に、しばらく無言で走り続けた。
やがて学校の敷地を出たところで、やや躊躇いがちにシャルティエが口を開く。
「あの男の言うことは気にしない方がいいですわよ。あれはきっと、勇者候補に選ばれたことが間違っていた男です」
「気にしてないさ。……けど心配してくれたことには礼を言う」
「し、心配だなんてしていません! 私はただ、あなたがあの下衆をあそこで殴り飛ばしたのがとても清々しかったので、そのご褒美のようなものですわ!」
「それ、否定してるようで最終的には心配してたこと肯定してるぞ」
「え? あれ?」
「リコリスが言ってたときは冗談だと思ってたけど、シャルティエ、お前結構いい子だな」
「はぁ!? ななな、なにを言って!」
「だってそうだろ? 今もリコリスやマリエールを心配して、こうやって必死になってくれてるんだから」
「ち、ちがっ」
シャルティエは立ち止まると、耳まで真っ赤にしながら否定する。
「私は別に二人を心配しているわけではありませんわ」
「なら、どうして本当なら勇者を目指す上でのライバルなのに、二人を捜す手伝いをしてくれてるんだ?」
「そ、それはあなたも同じでしょう?」
「俺は原因を作って二人を巻き込んだ責任があるからな。それに、二人のことを素直に心配もしている」
別に隠すようなことではない。たとえ今日知り合ったばかりの相手だとしても、話しをし、笑い合った相手だ。心配するのは当たり前だろう。
「お前は違うのか?」
「違いますわ。私が二人を実は好ましく思っていて、それで心配だから探しているのではありません」
けれど、シャルティエはあくまでも否定する。
その上で、自分が今こうして走っている理由を述べた。
「私は勇者候補ですもの。誰かが困っていたら、助けに向かうのは当たり前でしょう?」
「……ああ、そうだな。当たり前だ」
それが勇者であり、勇者候補だ。
セルンはテオドールと話しをしてから感じていた嫌な感覚が、自分の中から消えていくのを感じた。
そして意気込みも新たに、地図に記された場所を目指して走り出す。
「シャルティエ。二人を無事に学校まで連れ帰るぞ」
「当たり前ですわ! あなたこそ、足手まといになるようでしたら置いていきますわよ!」
◇◆◇
勇者を目指す者として、困っている人がいたら助けるのは当たり前のことだ。
そう、リコリスは心の底から思っている。
けれど……
「よく来たな、落第生」
街の外れにひっそりと佇む大きな館までやってきたリコリスを出迎えたのは、勇者候補のクラウド・テイラーだった。
彼は明かりがなく薄暗い大きな玄関ホール正面の、二階に続く階段の上でリコリスのことを待っていた。
彼によって、リコリスは手紙でこの場所に呼びつけられてた。手紙にはマリエールをさらい、リコリスが来なければ彼女を殺すと書かれていた。
そしてクラウドの足下には、口に布を噛ませられ、全身を鎖で縛られた姿で横たわるマリエールの姿があった。意識はあるようで、リコリスを見て彼女は顔をあげた。
「マリーちゃん!」
「おっと、そこを動くなよ」
クラウドは自分の被っている石の王冠に触れながら、マリエールに駆け寄ろうとするリコリスを制止する。
「どうやらきちんと手紙の指示どおり、あの腰抜けのところには行かずにここへ来たようだな。まずは褒めてやる」
「このっ、マリーちゃんを離せ!」
「それはお前の返答次第だ」
「くっ!」
怒りで拳を血が出るくらい握りしめながらも、リコリスは足を止め、きつくクラウドをにらみつけた。
「……マリーちゃんをさらって、私を呼び出して、一体なにが目的なの?」
「目的か。そんなのは決まっているだろ? お前にやってもらわないといけないことがあったからだ」
「私にやってもらわないといけないこと?」
「そうだ。大事なことだ。とてもとても大事なことだ」
自分の立場の絶対性を疑わず、もったいぶるように言うクラウド。
リコリスは生理的な嫌悪感を覚えながらも、いたましい親友の姿を見て頷いた。捕まる際に抵抗したのか、その頬には殴られたあとがあった。
「わかった。なにをすればいいの?」
「俺がセルン・ベルクルトに負けたことを、勇者選抜管理委員会に証言するな」
「…………ぇ?」
意味が、よく、わからなかった。
「え? なに、言ってるの?」
「聞こえなかったのか? 俺があの腰抜けに負けた事実をなかったことにしろって言ってるんだ。お前の証言がなければ、俺があいつに負けたことは誰にも知られることはない。俺の序列の順位は守られるんだ!」
「…………」
クラウドが本気で言っていることを理解し、だからこそ、リコリスには理解できなかった。
「序列? そんなことのために、マリーちゃんをさらったの?」
「そんなことだと? まあ、たしかにずっと九十九位だったお前に、この序列の重みはわからないかもな」
クラウドはリコリスの態度こそ理解できないと、見下すように告げた。
「いいか? 落第生。序列はな、そのまま聖戦が終わったあとの人生に影響するんだ。高い序列で聖戦を終わることができれば、国から報償金や地位を手に入れることもできる。貴族との繋がりも維持できる。どうだ、すごいだろう? なんだったら、俺からテオドール様にお前のことを口利きしてやっても――」
「すごくなんかない! それは人間としての矜持を捨てていい理由にはならない!」
これ以上クラウドの言葉なんて聞きたくないと、リコリスは吼えた。
そして思う。目の前にいるのは獣だと。
人間としての尊厳を捨てて、自ら獣に成り下がった肉塊なのだと理解する。
「許せない! あなたみたいな邪悪を、許しちゃいけない!」
リコリスは拳をあげ、構えを取った。
「なっ!? お前、この人質が見えないのか!?」
戦闘態勢を取ったリコリスに、クラウドは慌ててマリエールを縛る鎖をつかみ、その身体を引っ張り上げて彼女に突きつけた。
「こいつがどうなってもいいのか!? お、俺はやると言ったらやるぞ!」
「っ!?」
リコリスの戦意が揺らぐ。親友を危ない目に遭わせるわけにはいかない。けれど、この男は……。
「リコちゃん!」
そのとき、なんとか口の布をずらすことに成功したマリエールが、声に出して叫んだ。
「わたしのことは構わないで! リコちゃんは、リコちゃんがやりたいと思ったことをやってください!」
「テメェ、このっ!」
「きゃっ!」
「マリーちゃん!」
クラウドがマリエールの髪をつかみ、彼女を床へとたたきつけた。
悲鳴があがり、マリエールの額から血がにじむ。
けれど、彼女は勇ましく顔をあげて、静かな目でリコリスを見た。
それを見てリコリスは――もう一度、強く強く、拳を握りしめた。
「そうだよね。マリーちゃんも、勇者候補だもんね」
勇者を目指す者として、リコリスは覚悟をもってユーストリア勇者学校へやってきた。
それはマリエールも同じだったのだろう。これまで言葉にして確かめたことはなかったが、それでも、想いは同じだったのだとその目を見て理解する。
ならば、迷うことはない。
勇者候補ならば困っている人を助けるのは当たり前のことだ。そして、倒すべき邪悪を前にしたのであれば、その身を賭して立ち向かうのもまた、至極当たり前のことなのだ。
それが選ばれた者の責務であり、人間としての真価なのだと信じている。
「私は勇者候補リコリス・ハーヴィン!」
リコリスは決意を込めて、名乗りをあげる。
「勇者を目指す者として、お前は私が倒す! 覚悟しろ、悪党ッ!」




