第四話 与えられた器
「行くぞ、腰抜け! 神器解放――『石化の時代』!」
拳を振り上げ、クラウドが神器を解放する。
小石を数珠繋ぎにして作られた王冠が現れ、クラウドはそれを頭に被ると、手のひらを地面に向けた。
「貫け!」
クラウドのかけ声と共に、石の王冠が輝き、セルンの足下からいきなり先が鋭く尖った岩石が飛び出してくる。出現の前に一瞬、魔力の揺らぎを感じ取ったため、セルンはこれを避けることができたが、なかなかに凶悪な威力だった。
「よく避けたな。だが次はどうだ!」
クラウドが手のひらを地面に向け、石の王冠を輝かせる。次々にセルンの足場から岩棘が飛び出し、襲いかかってくる。
「それだけじゃないぜ!」
クラウドは手のひらを空に向ける。するとなにもない空間に岩の塊が出現し、石の王冠が輝くと同時に勢いよくセルンに向かって射出された。
その間も足下からは岩棘が襲ってくる。上と下からの同時攻撃に、セルンは身体をひねるようにして岩と岩の合間に身体を滑り込ませ、これを避けた。
「わはははは! 上手く避ける奴だ! さすがは腰抜け、逃げるのだけは得意だな!」
「ふむ」
セルンは攻撃を避けつつ、相手の神器を分析する。
神器『石化の時代』、アミュレットタイプの神器であり、その能力は恐らく鉱物の操作。どれくらいの鉱物をどれだけの規模で操れるかは不明だが、少なくとも戦場となった中庭一帯の地面を武器に変えられると判断していいだろう。
「悪い神器じゃないな」
取れる戦術の幅も広く、セルン的にはなかなかに高評価な神器である。
「そら、どうした! さっさと神器を出してみろ! でないと、大怪我じゃすまねぇぜ!」
だが使い手はお粗末極まりなかった。
「石を投げ槍のように投擲武器として使うのはいいが、だからといって、本人が棒立ちというのはいかがなものだろう?」
セルンがこの神器を持っていれば、自ら武器を担いで攻撃に加わり攻撃の手数を増やすか、あるいはこんな点の攻撃ではなく、回避しにくい面での制圧に使っただろう。
「ただ神器の力を使っているだけ。能力に特化したアミュレットタイプだからって、もっと他にやり方はあるだろうに。これで序列六十三位なのか。がっかりだな」
「なんだと!?」
「そろそろこっちから行かせてもらう」
セルンは攻撃を回避し、その足でいとも容易くクラウドに肉薄すると、右の拳を握りしめた。
「くそっ、神器を使う気か!」
咄嗟に石の壁を生みだし、盾として利用するクラウド。だがセルンはその石壁を、右ストレートの一撃で粉砕してしまった。
「なっ!? 素手で!?」
「鍛えればできるさ。神器の加護もあるんだから」
「ごふッ!?」
石壁を破った勢いのまま、セルンの拳がクラウドの腹部にめりこむ。
「これくらいなら、神器を使うまでもない」
セルンが拳を振り切れば、クラウドは身体をくの字に曲げ、後ろへと吹き飛んでいってしまった。
「さあ、奥の手があるなら出してこい。俺に神器を使わせるんじゃなかったのか?」
セルンは発破をかけるが、クラウドは地面に仰向けに倒れ込んだまま、痛みに悶えているだけだった。
「どうした? まさかもう終わりなのか?」
「う、く、い、いてぇ……」
「え? 本当に終わりなのか?」
まだ一撃もらっただけだ。いくらセルンが神器から身体強化の恩恵を受けているといっても、それは相手も同じ。根性を見せれば立ち上がれないわけがないのだが、クラウドはお腹を押さえたまま、這い蹲ったまま立ち上がろうとしない。
その上で、顔だけこちらに向けてにらみつけてくる。
「こ、この卑怯者め! 勇者候補の癖に神器で戦わないなんて卑怯だぞ!」
「意味がわからん」
セルンが知るかぎり、勇者選抜における勇者候補同士の決闘は、聖戦の本番のそれに則っている。ルールらしいルールといえば、戦いが始まるまでは神器の解放を禁止とすることくらいで、戦いが始まってからはどんな手段を用いても卑怯とそしられるいわれはない。
「戦いの前に神器の解放をしちゃいけないんであって、いざ戦いが始まったからといって、神器を使わないといけないルールは存在しないぞ?」
「えっ!? そうだったの!?」
と、驚愕の声をあげたのはクラウドではなかった。
いつの間にかすぐ近くまで来ていたリコリスである。
「リコリスか。なんの用だ?」
「えっと、私はセルンさんのことが気になって追いかけてきたんだけど、これどういう状況? もしかして、序列戦をやってるの?」
「ち、違う! これは序列戦じゃねえ! だから俺とお前の序列が入れ替わることもない。ないからな!」
リコリスの方に気を取られているうちに、クラウドが捨て台詞を吐いて逃げ出してしまった。
セルンを腰抜けだなんだと馬鹿にしていたが、彼の逃げ足の方が早かった。
「別に序列を上げたいわけじゃなかったんだが、まあ、いいや」
最低限の目的は果たすことができた。これでクラウドはパーティーのリーダーであるテオドール某にセルンのことを伝えるだろう。そうして、仲間の敵討ちにでも来てくれれば、セルンとして万々歳だった。さすがに序列十一位ともなれば、歯ごたえのある相手となるだろう。
死力を尽くして強い相手と戦わなければ、神器の覚醒なんて起こらない。少なくとも、セルンはそう考えていた。
「もう二、三人、どこかの大きなパーティーからの威力偵察はないもんかね」
「よくわからないですけど、セルンさん、すごいね!」
リコリスが眼を輝かせながら力説する。
「神器を使わずに勝つなんて、セルンさんって実はすごく強い?」
「いや、相手が弱すぎただけだ。典型的な、少しだけ強い神器を手に入れてしまっただけの戦いの素人だな、あれは」
努力し、工夫すれば、あそこまで無様な敗北を得ることもなかっただろうに。
「……ああいうのが勇者候補全体の半分以上を占めてるっていうなら、姫さんが嘆くのも無理はないのかもな」
今回の勇者候補たちは平和ボケしている。レナスロッテの評価に嘘はないようだった。
それはさておき、目の前の少女のことである。
「リコリス。追いかけてきてまで、俺にまだなにか用があったのか?」
「ううん。本当にただ、セルンさんがなにをするのか気になっただけ。まさか他の勇者候補の人と決闘してるなんて思わなかったけど」
「あれは向こうから仕掛けてきたんだ。俺は悪くない」
「よく言う。そう仕向けたくせに」
戦いを大人しく見守っていたトアレが近寄ってきて、セルンを責めるような眼で見上げる
「マスター。我を使ってくれなかった」
「使うまでもない相手だったんだからしょうがないだろ」
「そうかも知れないが……むぅ、島を出てせっかく最初の戦いであったというのに、我抜きで終わらせてしまうなんて……」
二人の会話を聞いて、リコリスが首を傾げる。
「使うとか使わないとか、セルンさんとトアレちゃんってどういう関係なの?」
「それは……」
セルンは言い淀む。無論、トアレがセルンの神器であることは、ばれていないうちは隠すべき情報である。
勇者候補同士の戦いにあっては、相手の神器の能力がわかれば有利になる。同じ勇者候補であるリコリスに、あえてここでばらす理由はなかった。
前もってトアレにも、自分が神器であることはばらさないようにと言い含めてある。あくまでも、セルンとはただの知り合いということで通すようにと。直接言われなければ、まさか普通の人間にしか見えないトアレが神器だとは誰も思うまい。
セルンはトアレに目配せをすると、自信をもって誤魔化しにかかった。
「こいつは俺の――」
「我はマスターの所有物である!」
「えっ?」
トアレが眼をまん丸にすると、セルンから一歩距離を取る。
そのあと自分のマフラーを手で押さえながら、怖々と尋ねる。
「そ、そっかぁ。トアレちゃんはセルンさんの所有物なんだね。つまりそれって、その、奴れ――」
「トアレは俺の神器なんだ」
セルンはリコリスの肩に両手を置くと、速攻で秘密をばらしにかかった。他者からの評価に無頓着なセルンでも、許せないことはある。
「神器? トアレちゃんが?」
リコリスはセルンとトアレを交互に見やると、
「トアレちゃん、どう見ても普通の人間にしか見えないんだけど」
「本当だぞ。我はマスターの神器である。なんだったら今ここで、本来の姿を解放――」
「せんでいい」
なおも避けないことを口走ろうとするトアレの口を塞ぐ。
本当なら神器であることをばらしたくなかったのだ。これ以上の情報の漏洩は遠慮したい。
「とにかく、トアレが俺の神器だってのは事実だよ。決して、いかがわしい関係じゃないから」
「うん、わかった。信じるね」
リコリスはセルンの言葉を素直に信じると、トアレをまじまじと見つめた。
「でも、そっかぁ。トアレちゃん、神器なんだ。私、こんな風にちゃんと意志をもってしゃべる神器を見たのは初めて!」
「我は唯一無二の至高の神器であるがゆえにな。他の凡百の神器と一緒にしてもらっては困る」
「すごいんだね!」
「うむ、すごいのである!」
リコリスが素直に褒め称えるものだから、どんどんとトアレの胸がそっていく。
「あんまりそいつを褒めないでくれ。調子に乗るから。あと、こいつが俺の神器ってことはできるかぎり秘密にして欲しいんだが」
「秘密? あ、そうだよね。秘密にした方がいいよね」
「頼む。代わりといってはなんだが、俺にできることがあれば、協力させてもらうから」
「そんな、いいよ!」
「借りを作りっぱなしっていうのは気持ち悪いからな」
というよりも、善意だけの言葉は信用できなかった。
リコリスは悪人には見えないが、信用できるほどには彼女のことは知らない。こちらがなにか代価を支払って、ようやく約束に強制力が生まれるというものだろう。
「なんでもいい。なんかないのか?」
「う~ん……それじゃあ、ちょっとトアレちゃんに相談に乗ってもらってもいいかな?」
「我にか?」
「うん。神器であるトアレちゃんが適任なの」
リコリスは少しだけ躊躇ったあと、意を決して相談事を述べた。
「実は私、勇者候補なのに未だに神器の解放ができないの」
「神器の解放ができない?」
予想だにしていなかった事実に、セルンもつい口を挟んでしまう。
「普通、勇者候補は遅くとも選ばれて一週間の間には、神器を解放位階まで持って行けるもんなんだが。自然と自分の神器の真名がわかるようになるっていうか」
「そうみたいなんだけど、真名も浮かんで来ないし、何度やってもできないの。その理由もわからなくて。だから、神器を解放するのに必要な要素とか、もし知ってたらトアレちゃんに教えて欲しいんだ」
「なるほど。それはたしかに、相談するのに我以上の適任はおらんだろうな」
腕を組んでうんうんと頷いたあと、トアレは率直に答えを返した。
「貴様が神器解放できないのは、一重に愛が足らないからだ」
「愛?」
「お前、またそんな適当な」
「適当ではないぞ! 我は真剣に言っておる!」
トアレは真面目な顔で言い返す。
「よいか? 神器というのは、その勇者候補の魂より生まれるのだ。そしてその核となるのは、魂の一番根底にあるもの。その者が一番強く想っている願いや記憶なのである」
「強く想っている願いや記憶、か」
セルンは考えてみて、なるほど、と納得してしまった。
神器『勇者殺し』は、間違いなくセルンがなによりも強く想い続けている、ローリエを死なせてしまったことへの後悔から生まれた神器だった。
「胸に秘めた願いや忘れ得ぬ記憶は、人によって違うだろう。だがそれらはすべて、ある種の愛の発露なのだ。愛があるがゆえに、人は喜び、悲しみ、自分だけの唯一無二の器を思い描く。だから、愛なくして神器は生まれ得ぬ」
「つまり私には、愛がない……?」
「そうではない」
ショックから顔色を悪くして自分を指さすリコリスに、トアレは首を横に振って否定する。
「貴様から神器の気配自体は感じる。間違いなく、貴様の魂は神器を生み出しておる。ただ、未だに封印されているのだ。解放するに足るきっかけがないために、目覚めることができずにいると言えば分かりやすいか?」
「私にもちゃんと神器はある。愛があるんだよね?」
「ああ、ある。貴様自身が自分の愛の形に気付いておらんだけだな」
「愛の形……」
「なので、我から助言できることがあるとすれば、そうだな。恋でもしてみればよいのではないか? さすれば、貴様の神器も目覚めるであろう!」
「へえ」
セルンは驚いた。トアレは基本的には、主であるセルン以外には冷淡な態度を取ることが多いのだが、リコリスに対しては真剣に相談に乗ってあげていた。
「トアレ。リコリスのことが気に入ったのか?」
「別にそういうわけではない。ただ、我は神器であるからな。せっかく神器として生まれたというのに、主と会うことすらできずにいる神器が目の前にいて、少しばかり哀れみを覚えただけだ」
つまりトアレが気にしているのはリコリスではなく、リコリスの神器の方だと。
「リコリスと言ったな。早く神器の名前を呼べるようになれ。貴様の神器は、貴様に名前を呼ばれるときは今もずっと待っておるぞ」
「……うん。ありがとう、トアレちゃん」
リコリスは自分の胸に手をあてると、迷いが晴れた顔で言った。
「そうだよね。私の神器なんだ。私が信じてあげないとダメだよね。私、がんばるよ!」
「ふんっ、まあ、どれだけがんばろうと、次の勇者になるのはマスターだがな」
「なんの、負けないよー!」
リコリスはセルンの方を見ると、拳を握って軽く突き出した。
「セルンさん、お互いに勇者を目指してがんばろうね!」
「……そうだな」
「よぉし、燃えてきた! やるぞー!」
闘志をメラメラと燃やすリコリス。
彼女を見て、セルンはかすかに微笑んでつぶやく。
「なんだ。ちゃんと、本気で勇者を目指してる奴もいるんじゃないか」
◇◆◇
「くそっ! くそっ!」
じくじくと痛む腹を押さえながら、クラウド・テイラーは廊下を歩いていた。
「あの腰抜け野郎、よくもやりやがったな。くそっ、くそっ!」
悪態をつき、自分をこんな眼に合わせたセルンへの恨み言をつぶやく。
クラウドの中にあるのは怒りと、そしてそれ以上の恐怖だった。
「あいつが正式に届け出を出せば、俺の序列が落ちちまう。しかもあいつと入れ替わるから、最下位に……ふざけるなよ。この俺が序列最下位? あっていいわけがねえ!」
最悪なのは、戦いに第三者が同席していたことだった。
しかもそれが同じパーティーに属していない勇者候補となれば、立会人としての名目も経つ。セルンがその気になって彼女を口説けば、今日中にでもクラウドは序列最下位の烙印を押されるだろう。
無能と呼ばれ、周りから蔑まれるようになる。そうなれば、『サーカス』からも除名されるだろう。
「せっく貴族であるテオドールさんに取り入ることができたのに……この聖戦が終わり、勇者候補でなくなっても、輝かしい未来を掴むことができたのに……俺みたいな平民でも、勇者候補に選ばれたことを利用して上に行けると思ったのによ!」
その夢が一瞬で消えようとしていた。
クラウドが勇者候補に選ばれたときから夢想し続けた、聖戦が終わったあとの幸せが崩れ去ってしまう。
「なんとかしねぇと。テオドールさんにばれる前に、あの腰抜けを……」
腹が痛む。
「俺じゃ、いや、俺の神器じゃあいつに勝てねぇ。だから、そう、狙うべきは……」
保証人がいない野良の決闘では、順位の変動は起こらない。クラウドが脳裏に思い描くのは、桃色の髪の勇者候補だった。
落第生と言われ、ずっと馬鹿にされ続けている勇者候補。
「……リコリス・ハーヴィン」
あいつをなんとかすれば、クラウドの未来は守られる。
「そうだ。なんとかして、あいつの証言を曲げられれば……」
クラウドは必死になって、リコリスのことを思い出す。実はクラウド、前にテオドールに言われて彼女のことを調べたことがあった。相手が神器の解放もできなかったため、適当な報告を行ったが、それでも覚えていることがあった。
「直接は無理だ。あのアマ、相当な馬鹿だったからな」
人に馬鹿にされても、蔑まれても、いつも笑って努力し続ける。クラウドにとって、リコリス・ハーヴィンという勇者候補はそういう愚者であった。
それに彼女へ戦いに挑むのもまずい。悪い意味で、リコリスは有名だった。そして、戦いを挑む旨味がまるでない。彼女へ戦いを挑むということは、自分からなにか企んでいると暴露するようなものだった。
だから……誰の目につかないように、こっそりと、口を封じるしかない。
そして――天はクラウドに味方した。
「ん? あいつは?」
クラウドの反対側から、一人の女子生徒が歩いてくるのが見えた。
ふわふわとした亜麻色の髪の少女。リコリスと並んで有名な、戦えない勇者候補の筆頭であり、彼女の親友である少女だった。
「ああ、やっぱり俺の未来は薔薇色だ」
クラウドはニヤリと唇を曲げて嗤うと、行動に移る。
自分に勝った男が、序列になんて欠片も興味がないことも知らずに……。
もしもここに神器の気持ちを察することができる少女がいれば、貴様の神器が泣いていると、そう心から同情したのは間違いなかった。




