行ってしまったあの人、来てしまったあの女
―*―
一方、もっと冴えない私はというと――
今回の原稿は、私とカープ、そして梵選手の出会いを熱く語ってなんとか凌いだ。
樹さんは渋い顔をしていたが「これはこれでアリかな。まぁ僕は巨人が好きだけど」と言って原稿を受け取ってくれた。
なんなんだよ野村樹。
野村の癖になんで巨人ファンなんだよ。
野村克也も野村謙二郎も野村祐輔も巨人と掠ってねーだろ。っていうか後半2人はカープだろ。
しかしカッとなってしまってはいけない。大人で淑女な私はこう言ったのだ。
「……大竹取ったら殺しますから。刺し違えても」
いやー、大人だなぁ、私。超大人。
巨人ファンにモノ申すなんて、日本人の鑑ったらありゃしないねぇ。
「そこまで熱を入れて見てないよ」
急な手のひら返し。そして逸らされた目線。
……こいつ、東京ドーム行たらオレンジのタオル振り回してるタイプだろ……。
「まあ大丈夫だよ。あんまり大竹は欲しくないから」
やっぱりコイツ……!!!!!!
いくら顔が良くてもな、いくら眼鏡男子でもな……
私は巨人が好きなヤツをイケメンだって認めないからなあああああああああああ!!!!!!!!!!!
※2013年冬、大竹寛投手は読売ジャイアンツに移籍しました。
―*―
――ニ週間後
そして迎えた合コン当日。
辛かった執筆も一度乗り越えたら随分と楽になった。
次の原稿も方向性が整っている。
大丈夫、過去なんて見なくても書ける。
私はホッと胸をなで下ろして目的地に向かった。バッグには例の小さな巾着袋を入れている。
結局、今回参加メンバーはミハル、私、知子さん。
恋頃は放し飼いにしている。きっと今頃、家で湯切りをしいてるに違いない。
それにしても、ミハルはどうして最後まで恋頃を連れて行きたがったんだろう。
っていうか、ミハルが合コンのアポを取れるような男の人ってどんなヤツなんだ。
冷静に考えればこの会には謎が多い。
集合は20時に新宿のスバルビル前。いつも女子会を開く居酒屋からあまり距離がない。
なんとなく新鮮味にかける。
どうせなら渋谷とか恵比寿とか行きたかったなぁ。でも第一志望は田無。だって無職だもん。無駄遣いしたくないじゃん。
待ち合わせ場所には、知子さんが一人で立っていた。
「あら、あきな。今日はあの痛い服じゃないの?」
開口一番にロリータの事悪く言うなよ!!!
今日の格好はトップスがZARAのTシャツ、ボトムスがMERCURYDUOのスカート。
靴はいつもの厚底は当然使えないので黒のエナメルのパンプスにした。
「違いますよ。今日の主役はミハルだし、私が悪目立ちしたら皆の印象が下っちゃうでしょ」
「アンタって……たまには頭を使えるのね」
ちぇっ、なんだよその言い方。
でもむしろ知子さんの機嫌は良さそう。なんか終始ニヤっとしてる。笑顔が噛み殺し切れてない。
さてはこの女……狙ってるな。
男をハイエナするつもりだな。
よく見てみると、今日の知子さんはどことなーくいつもより化粧が濃い気がする。
濃いけど薄く見えるナチュラルメイクをしてる気がする。
……無理すんなよ。
「知子さん、今日は残業無かったんです?」
「ええ、あんたが暴走しないか心配だったから早く片付けてきたのよ。ほんとしょうがないわねぇ」
……やっぱ張り切ってやがんな。
見え見えの嘘っていうか顔が発言と真逆なんですけど。
「それにしてもミハル、遅いなぁ」
「そうねぇ。こういうのってミハルが一番に来るタイプだと思ってたんだけど」
「知子さんも時間に厳しいけどさぁ、仕事が大変だもんね」
知子さんは激務なので遅刻参加も珍しくない。
「あきな、5分遅刻したんだから、あんたもさぞかしお仕事が大変なんでしょうね」
「激務っすよ。超激務。まず起きる事が激務」
「アンタ、ちゃんと就職活動してんの? ……貯金が尽きて実家の玄関で土下座とかやめて頂戴よね」
うう、この女、機嫌がいいと思って油断してたら、人の痛いところにずかず踏み込みがって。
っていうか貯金が尽きたら実家まで行く交通費がなくなるだろ!!!
「まあそのうち考えますよ……またテキトーに」
「いいけど、泣きついてきても絶対に仕事は紹介しないから」
ぐぬぬ、頼りにしてねーよ! この糞貧乳女!
アンタが紹介する仕事なんてどうせ「やりがい」だけは無駄にてんこ盛りの底辺激務だろ。
しかも煽り文句はこれ、「アットホームな職場です」。
「すいませーん、遅刻しちゃいましたー、うふふ」
ミハルの声がする。なんかお花畑の中かBLの本を読んでる時みたいな夢見心地な調子のミハルの声だ。
っていうか語尾に「うふふ」って付けるってどんだけだよ。
どんだけうっとりしてんだよ。
私だったらこんなうっとり状態、多くて年2回だし。
自販機のお釣り口に取り忘れがあった時ぐらいだし。
漏れるとしても「ぐふふ」だし。
パンケーキ食べるだけですぐウキウキできるような安い女と一緒にしないで欲しい。
と、思って振り向いたら、私はぎょっとした。
一瞬盗み見た知子さんもぎょっとしていた。
ミハルは――
「ぶはっ!!!!」
「ちょっと、ミハ……ミハル??」
ミハルは――
純白のウェディングドレスに身を包んでおり、片手には真っ赤なカープ色の薔薇のブーケを持っていた。




