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6.疑われる理由

厩舎の冷気が、夜明けの薄明かりと共に、一層鋭く肌を刺した。昨夜のステラの処置は、一区切りついたものの、その後の静寂は、新たな緊張感を生み出していた。私は、ドレスの汚れを拭いながら、心臓の鼓動を静かに整える。前世の記憶が、この現実の冷たい空気と、目の前の現実の重さに、鋭く同期していく。


私は、ステラの回復を願う一方で、その回復の裏側で、自分自身がどれほど多くの疑惑の渦中にいるのかを自覚していた。前世で、私は常に正確な診断を下すことで、人々の信頼を得てきた。だが、この世界では、その正確さが、ただの「冷酷さ」として消費されてしまう。


その日の午後、厩舎の隅で、バルトスが静かに私を待っていた。彼はいつものように無言で、ただ静かに立っている。彼の存在は、この場所の静けさそのものだ。私は彼に、ステラの体調に関する詳細な観察結果を報告した。心拍数の微細な変動、体温の変化、そして、毒素の痕跡の推移について。前世の知識が、この世界の病理と結びつく瞬間だった。


「バルトス、ステラの体調について、もう少し詳しく見てほしい」


私の声は、いつものように丁寧だが、その奥には、隠しきれない焦燥が滲んでいた。バルトスは、私の言葉をただ静かに受け止める。彼は何も言わないが、その視線には、深い理解と、そして、何かを隠しているような微かな諦めが宿っているように感じられた。


「原因は、グラナの根の毒が蓄積したこと。そして、それに伴う心臓への負担だ」


私は、前世の知識に基づき、具体的な病態を説明した。それは、この世界の獣医の知識体系では、まだ理解されていない、あるいは無視されがちな、微細な化学反応の連鎖だった。私は、その過程を、まるで教科書を読み上げるかのように淡々と説明した。


「この毒は、単なる中毒ではない。体内の特定の酵素を阻害し、心臓の拍動リズムを乱す。数日かけて蓄積され、最終的に心停止に至る。ステラの場合も、その過程が明確に見られる」


説明を終えた後、バルトスはゆっくりと口を開いた。彼の声は低く、感情を排している。


「お嬢様は、倒れる前から、異変に気づいていた」


その一言が、私の思考を凍結させた。私は息を呑んだ。気づいていた、というのか。それは、私が夜な夜な厩舎に通い、飼葉や水、糞の状態を観察していたこと、そして、解毒薬を密かに調合していたこと、その全てを指しているのだろうか。


「……何を言っているのですか、バルトス」


私は努めて平静を装った。もし、これが真実だとしたら、私の行動は、ただの『善意』ではなく、意図的な『隠蔽』と見なされてしまう。獣医の倫理は、真実を伝えることにある。だが、この世界では、真実を伝えることは、即座に「醜聞」として処理される。


バルトスは俯いたまま、言葉を続けた。「お嬢様は、その異変を、誰よりも早く察知されていた。だからこそ、何も言わずにいたのでしょう」


彼の言葉は、私を責めているわけではない。ただ、この世界の構造、この家が持つ重圧を、静かに示しているだけだ。私は、自分の行動が、いかにして「最悪の状況証拠」となり得るのかを理解した。善意の沈黙が、最も強力な非難の武器になるのだ。


私は、その場で何も言い返せなかった。言葉を探しても、出てくるのは、ただの自己弁護か、あるいは、前世の知識に基づいた冷徹な事実の羅列だけだった。私は、自分が何を隠し、何を証明しようとしているのか、その境界線上で立ち尽くしていた。


その時、遠くから、ユリウスの馬車が近づいてくる音がした。彼は、私のこの沈黙を、何か別の意味で解釈しているに違いない。私は、再び仮面を被り直す。冷徹な令嬢の仮面。それは、私の内側で、静かに崩れ去りつつある、真実の残骸の上に築かれた、脆い城だった。


私は、再び、ステラの治療へと意識を向けた。このままでは、この沈黙が、私自身を蝕んでしまうだろう。私は、この状況をどう乗り越えるべきか、ただ静かに、しかし確実に、次の手を模索し始めた。

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