26.狩猟祭の招待状
王立狩猟祭の招待状が届いたのは、静かな午後のことだった。
分厚い羊皮紙に、王家の紋章が押されている。建国を祝う年に一度の狩猟の祭典。王侯貴族が総出で参加し、この場で婚約者の披露も行われる。ラングドン公爵家にとって、格式を示すための最も重要な行事の一つだ。
私の名は、ユリウス・ヴァレンシュタインの名と並べて記されていた。
婚約者披露。あの応接間の扉が閉まった日から、私たちは一度も言葉を交わしていない。それでも、書面の上では、私たちは並んでいる。
「まあ、素敵だこと」
メルディナの声が、背後から降ってきた。
振り返ると、彼女は招待状を覗き込むようにして立っていた。上機嫌だった。それも、取り繕った上機嫌ではない。彼女は本当に、この報せを喜んでいた。
私は、そのことに引っかかった。
この数ヶ月、彼女は私を家から追い出すために、あらゆる手を使ってきた。悪評を育て、正論を並べ、母の死を調べるなと釘を刺した。その彼女が、私と婚約者の披露の場を、心から楽しみにしている。
理屈が合わない。
「お衣装を仕立てなくてはね。クラリスの分も」
「クラリスの?」
「ええ。あの子も年頃ですもの。今年こそ、きちんとした場に出さなくては」
彼女は、それから三日をかけて、クラリスの衣装に異様な熱を注いだ。王都から仕立て屋を呼び、生地を並べ、宝飾を合わせ、何度もやり直させた。当のクラリスは、その中心で人形のように立たされ、疲れた顔をしていた。
私の衣装については、一度も話が出なかった。
その意味を、私は考えないようにしていた。考えれば、答えが出てしまうからだ。**あの人は、狩猟祭のあとにクラリスが立っている場所を、既に用意している**。
私は、その考えを頭の隅に押しやって、日々の仕事に戻った。
戻るべき仕事は、いくらでもあった。
ステラの経過を見なければならない。引退の話は宙に浮いたままだが、それでも彼女の心臓は毎日診る必要がある。領地の農村からは、仔牛の下痢が止まらないという知らせが来ていた。厩舎の若い馬が飛節を腫らしていた。母の治療記録は、まだ半分も読み解けていない。老侍女の口は、あれから固く閉じられたままだ。
そして、狩猟祭の作法の稽古がある。
昼は令嬢として立ち居振る舞いを直され、夕方に領地からの報せに目を通し、夜に厩舎へ行き、深夜に記録を読む。眠るのは、明け方に少しだけだった。
自分の体が軋み始めていることには、気づいていた。
朝、鏡の前で髪を結うとき、指がうまく動かないことがあった。厩舎で馬の脈を数えていて、数がどこまで進んだか分からなくなることがあった。前世の私なら、こういう状態の助手を診療から外しただろう。判断が鈍っている人間に刃物を持たせてはいけない。それは基本中の基本だ。
だが、外れる代わりの人間が、私にはいなかった。
ある夜、厩舎でバルトスが言った。
「お嬢様。少し、お休みになった方がよろしい」
「大丈夫よ」
「顔色が、奥方様の最後の頃に似ておいでです」
手が、止まった。
バルトスは、しまったという顔をした。彼は決して、自分から母のことを話さない。負い目があるからだ。今のは、口が滑ったのだ。
「……母は、どんな様子だったの」
「……」
「バルトス」
「よく働いておいででした」彼は、長い沈黙のあとにそう言った。「昼は奥方様のお務めを、夜はこちらを。誰にも言わずに。……お顔の色が悪くなっても、休むとは仰いませんでした」
私は、母の治療記録の筆跡を思い出していた。几帳面な、教育を受けた者の字。あれは、疲れ切った人間が夜中に書いた字には見えなかった。少なくとも、最後まで乱れていなかった。
母は、最後まで、書き続けたのだ。
「私は、母のように死にませんよ」
そう言うと、バルトスは何も答えなかった。ただ、灯りを一つ、私の手元に近づけた。
厩舎を出たのは、夜半をとうに過ぎてからだった。
屋敷に戻る途中、二階の窓に灯りがついているのが見えた。仕立ての部屋だ。こんな時間に、まだ誰かがいる。
見上げると、窓辺にクラリスが立っていた。仕立て途中のドレスを着せられたまま、じっと外を見ている。私に気づくと、彼女は小さく手を上げかけて——すぐに引っ込めた。
そして、窓から離れた。
私は、しばらくその窓を見上げていた。
何かが、狩猟祭に向かって進んでいる。その形はまだ見えない。だが、確実に日数が減っている。私はそれを、止める手立ても、正体を突き止める手立ても持たないまま、ただ日々の仕事に追われている。
自分の足元だけを見て歩いているうちに、崖の縁に近づいている——そういう感覚が、この頃、ずっと消えなかった。
招待状は、書斎の机の上に置いたままにしてある。
王家の紋章が、灯りを受けて鈍く光っていた。




