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婚約破棄代行業―その結婚、本当に意味がありますか?―  作者: 結翔 〇
第2章 噂の向こう

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[06] 死神令嬢

 3日前の朝。

 テオドラは、港にいた。

 客船の後ろから昇る朝日がフランセスを照らし、初々しい少女のように見えた。

「来てくださったのですね。テオドラ様」

 フランセスの声が弾んでいた。

「お手紙、ありがとうございました。もうすぐ、出発ですね」

「ええ」

 朗らかに微笑むフランセスは、まるで別人のようだった。

 平民のような服、背負ったバッグ、右手に持つトランク。

「ようやく、夢が叶いましたわ」

「これから、どちらへ?」

「姉のように慕っている幼い頃の家庭教師が、海の向こうの国にいるんです」

「そうでしたか」

「一緒に楽しく暮らしますわ。……テオドラ様、今回の件、ありがとうございました」

「何に対してです?」

「気づいていらしたでしょう? 私がしたことを」

 テオドラが黙っていると、フランセスは紙袋を差し出した。

「少額ですが、受け取ってください」

 率直な物言いに、テオドラは苦笑した。

「必要ありません。私は咎めるつもりも、告げ口をするつもりもありませんよ」

 フランセスの眉根が寄る。

 テオドラは紙袋から視線を上げ、フランセスを見つめた。

「荷馬車に飛び出すように仕向けた子供には、謝礼を渡したのですか?」

 テオドラの問いに、フランセスは唇を固く結び合わせた。

 そして、しばらくして、無言で頷いた。

「……何故、皆の前で口にしなかったのです?」

 フランセスの瞳が揺れた。

「後ろめたさを忘れてほしくなかったからです。結果的に子供も無事でしたからね」

「無事でなかったら、私は肉体的にも死んでいたと思います」

 テオドラはフランセスから目を離さなかった。

 身体が傷つくより先に、失われるものもある。

「長い間、家族に追い詰められれば正常ではいられないものです。そう思うと、責める気にはなれませんでした」

 客船の汽笛が鳴る。

 テオドラとフランセスは、見つめ合った。

「お元気で」

「テオドラ様も」

 二人は、どちらからともなく背を向け、振り返らなかった。


 テオドラは、アンソニーの懇願するような瞳を見つめていた。

「……フランセス様は、ご家族と絶縁されまして、平民になられました」

「何だって?」

 アンソニーの声は震え、アルフレッドは目を見張った。

「平民って……セシル家は許したのか?」

「アンソニー、令嬢の望みだったのではないか? 独り立ちするには、どうしたって金が要る」

 アルフレッドの言葉に、アンソニーは俯いた。

「俺が至らぬばかりに……」

「テオドラ嬢、フランセス様は今どこにいるのですか?」

 アルフレッドが、アンソニーの代わりに尋ねた。

「既に出国しました」

 アンソニーは顔を上げ、目を見開いた。

「いつ? どこに……どの国に? 一人か? 誰か一緒なのか?」

 テオドラはアンソニーの矢継ぎ早の質問に、静かに答えた。

「……お一人ですよ。どこの国かは聞いておりません」

「なぜ、知ってる?」

「フランセス様からご連絡がございましたので……」

 アンソニーは何か言おうとした。

 だが、言葉は出てこなかった。

 テオドラは沈黙したまま、アンソニーを見た。

 脳裏には、港で会ったフランセスの姿が浮かんでいた。

 家門、婚約、社交界――。

 見えない鎖から逃れた者のように、フランセスは晴れやかな顔をしていた。

 もう二度と会うことはないだろう。

「……今は、時間を置かれたほうがよろしいかと」

 砂時計を見ると、砂がすべて落ちていた。

「アンソニー様、お時間です。私は、この後、約束があります。申し訳ございませんが、これで終了とさせていただきます」

 アンソニーは顔を赤くし、10シルバーを取り出すと乱暴に机の上に置いた。

「忘れられるものかッ」

 テオドラは、部屋を出ていくアンソニーの背中を見つめた。

「自業自得だと言うのに諦めが悪いですね」

 テオドラは呟くと、チラリとアルフレッドを見た。

「……アスター様、アンソニー様を追ってくださいませんか?」

「うーん、私は、君ともう少し話をしたいんだが」

 テオドラは驚きを隠し、微笑んだ。

「それなら、日を改めてください。それと、相談料は30分10シルバーです。お忘れなく」

 アルフレッドは、目を細めた。

「承知した。連絡するよ」

 テオドラは、わずかに眉根を寄せた。


 平民地区。

 テオドラは町の食堂にいた。

 店の入り口には、『貸切』と札が下げられていた。

 依頼者は、遅れていた。

 テオドラは、店主が用意したハーブティーを口にしていた。

「お待たせして、申し訳ございません」

 店に入ってきたのは、マントを被ったテレーゼ・フォンカッテ伯爵令嬢だった。

 テレーゼは、すぐに店主に目で合図した。

 店主は頷くと、奥の部屋に案内した。

 窓はなく、飾り気もない。

 扉が閉まれば、世界から切り離されたような小さな部屋だった。

 テオドラとテレーゼはテーブルを囲んだ。

「侍女も連れずにこんな平民地区にいらっしゃるなんて、勇気がありますね」

 テオドラは、テレーゼが何て言うのか気になった。

「一人であなたに会いたかったのです」

 親にも言えない事情がありそうだ。

「わかりました。始めましょう」

 テオドラは、砂時計をひっくり返した。

「私の噂はご存じでしょう? 3度も結婚に失敗している死神令嬢」

 テオドラは、友人のルイーズが書いた新聞記事を思い出した。

「確か、1度目の婚約者は落馬で半身不随になったと」

「ええ。2度目は、毒を飲んで寝たきりに。3度目は、娼館での喧嘩が刃傷沙汰になって右腕が無くなりました」

 テオドラは眉根を寄せた。

「記事は読みましたが、事実なのですか?」

「ええ。ほぼ事実ですわ」

「でも……天に召されてませんから、死神令嬢ではないですね」

 テオドラの言葉にテレーゼは目を瞬かせた。

 それから、楽しいものを見つけたように笑った。

「噂通り、面白い方ね、テオドラ様は」

 噂通り……という言葉に、テオドラは首を傾げた。

 テレーゼは、すぐに真顔になった。

「テオドラ様、私、4度目の婚約を破棄したいのです」

「4度目?」

「ええ。本当の死神令嬢になる前に」

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― 新着の感想 ―
意外な展開だったフランセス編。 次のエピソードも楽しみです。
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