第53話 三人のクリスマス(3)
# 第53話 三人のクリスマス
片付けが終わると、リビングのローテーブルの上にゲームが並べられた。まずは乃愛の希望で、すごろく形式のパーティゲームをやることになった。
「これ、止まったマスのお題をやるやつ!」
「罰ゲーム付きのやつじゃない?」
「軽いやつ軽いやつ」
結愛が笑いながらサイコロを振る。
最初は弟妹が大はしゃぎし、紬が天然でお題を外し、結愛が全力で場を回し、凛花が真面目に取り組みすぎるという構図で、見事なくらい性格が出た。
琉生が「好きな食べ物を全力で言う」というマスに止まり、「ハンバーグー!」と叫んで全員を笑わせる。
乃愛は「隣の人を褒める」で、青を見上げて言った。
「お兄ちゃん、やさしくてかっこいい!」
青は少しだけ困った顔をした。
「……ありがと」
すると紬がすかさず身を乗り出す。
「乃愛ちゃん、それ私も思います!」
「紬ちゃんうるさい」
「ひどいです、結愛先輩」
また笑いが起きる。
そして問題のマスに止まったのは、紬だった。
「『隣の人を本気で褒める』……隣、青先輩ですね」
紬がぴたりと青を見る。
妙に嬉しそうだ。
「えっとですね」
「そんな真面目に考えなくていいだろ」
「真面目に考えます。青先輩は、優しくて、頼りになって、すごくかっこよくて……あと、たまに困った顔するのがかわいいです」
「最後いらないだろ」
「いります」
紬はきっぱり言った。
結愛が「はいはいごちそうさま」と笑い、琉生は「いちゃいちゃしてる」と無邪気に言う。青は軽く額を押さえた。
次に凛花が止まったマスも、同じく「隣の人を褒める」だった。
そして、その隣にいたのは青だった。
空気が少しだけ変わる。
凛花は一度だけ視線を落とし、それから静かに顔を上げた。
「……青は」
言葉を選ぶような間。
「誠実よ。誰に対しても」
それだけだった。
だが、その一言の重みは紬の時とは別の意味で大きかった。
青はほんのわずかに目を伏せる。
「……そうか」
短い返答。
それでも、凛花は少しだけ安心したように見えた。
結愛はそんな二人を見て、何も言わずにサイコロを振った。
次のゲームはジェスチャーゲームになった。これが予想以上に盛り上がった。
結愛は全力で体を動かし、乃愛と琉生はきゃっきゃとはしゃぐ。紬は天然で見当違いの答えを出し、凛花は真面目すぎて逆に難解になる。
「それ何やってるの?」
「ペンギンよ」
「見えない見えない!」
凛花が本気で両腕をぴんと伸ばして横歩きしているのを見て、結愛が腹を抱えて笑っていた。青もさすがに視線を逸らしてごまかしたが、口元は少しだけ緩んでいた。
「青、今笑ったでしょ!」
「笑ってない」
「絶対笑った!」
「……少しだけ」
素直に認めると、凛花はむっとした顔をしながらも、どこか照れたように視線を逸らした。
その様子に、結愛と紬が同時に青を見る。
「青先輩、今のはポイント高いです」
「青がちょっと素直とか、逆にずるいんだけど」
「意味がわからない」
最後に、簡単な質問ゲームをやることになった。カードを引いて、書かれている質問に答えるだけのものだ。
軽い内容ばかりだと思っていたのに、乃愛が引いたカードを読み上げた瞬間、空気がまた少しだけ揺れた。
「『好きな人はいますか?』」
結愛が「わぁ」と妙な声を出し、紬がぴたりと固まる。凛花も視線を上げた。
「これ誰が答えるの?」
「今引いた乃愛ちゃんじゃない?」
「違うよ、次の順番の人」
そして、運悪く――あるいは運良く――次の順番は青だった。
「……」
視線が集まる。
青は数秒だけ黙って、カードを見た。
恋愛に興味はない。
そう言い続けてきた。
それは嘘ではない。少なくとも、以前の自分にとっては間違いなく本当だった。今はもう少し複雑だが、それをこんな場で説明する気にはなれない。
「いない」
結局、青はそう答えた。
紬が一瞬だけ嬉しそうな顔をし、次の瞬間には結愛が「うわぁ」と天井を仰ぎ、凛花は静かに目を伏せた。
「青先輩、それ本気で言ってます?」
「質問に答えただけだ」
「そういうところなんだよなぁ……」
結愛が深いため息をつく。
「青って、ほんと恋愛偏差値ゼロだよね」
「タイトル回収みたいに言うな」
思わず返した青に、全員が笑った。
笑い声の中で、凛花も小さく口元を緩めていた。
*
気づけば、時間はかなり過ぎていた。
暖房の効いた部屋、賑やかな声、テーブルの上の空いた皿とお菓子の袋。最初の緊張はもう消えて、誰もが少しだけ気を抜いていた。
乃愛が眠そうに目をこすり始め、琉生も大きなあくびをする。
「そろそろ眠い?」
結愛が訊くと、乃愛は首を横に振ったが、その直後、青の隣へすり寄ってきて、こてんと肩にもたれた。
「……ねむくないもん」
全然説得力がなかった。
青は動かず、そのままにしておいた。乃愛の体温が伝わってくる。
結愛が小さく笑って、毛布を持ってきて乃愛の肩にかけた。
「ありがと、青」
「別に」
凛花はその光景を静かに見ていた。
「本当に、優しいのね」
ぽつりと零した言葉に、青は返事をしなかった。
代わりに、窓の外へ視線を向ける。
いつの間にか、雪がちらついていた。
白く、静かに。
外はきっと冷えているのに、この部屋の中は驚くほど温かい。笑い声があって、誰かの体温があって、料理の残り香がまだ漂っている。
こういう時間は、自分には縁のないものだと思っていた。
恋愛も、賑やかなイベントも、特別な季節も。全部、自分とは少し遠い場所にあるものだと。
けれど今は違う。
結愛がいて、凛花がいて、紬がいて、乃愛と琉生がいて。
陽葵はいない。病院にいる。
それでも、ここにいる自分を許してくれた。
だから、せめて今日は。
この時間を、ちゃんと覚えておこうと思った。
「……悪くないな」
思わず漏れた小さな独り言に、すぐ近くにいた結愛が反応した。
「え?」
「いや」
「今、なんかいいこと言わなかった?」
「言ってない」
「言ったって」
結愛が顔を覗き込んでくる。距離が近い。
それに気づいた紬も反対側から寄ってきた。
「青先輩、何て言ったんですか?」
「何も」
「怪しいです」
さらに凛花まで、少しだけ興味を持ったように青を見る。
三方向から見られて、青はさすがに居心地が悪かった。
「……本当に何でもない」
そう言うしかない。
結愛はじっと青の顔を見ていたが、やがてふっと笑った。
「ま、いっか」
そして、リビングの隅に置いてあった大きめの袋へ視線を向ける。
「……じゃあさ」
その声音が、少しだけ弾んだ。
「まだ時間あるし、次はプレゼント交換しよっか?」
その一言で、部屋の空気がまた新しくきらめいた。
凛花がそっと自分の持ってきた袋に手を置く。紬も「あっ」と目を輝かせ、乃愛と琉生も眠気を少しだけ吹き飛ばされたように顔を上げる。
青も、自分の足元に置いた紙袋へ視線を落とした。
クリスマスの夜は、まだ終わらない。
白い雪は、窓の向こうで静かに降り続けていた。




