↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星嶺高校の氷凪くんは、たぶん恋を知らない。~恋愛偏差値0のアオが、学年1位の美少女とギャルを救い救われる話~  作者: にめ
2学期:クリスマス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/141

第52話 雪が降る帰り道(2)

第52話 雪が降る帰り道







 あまりにも静かに言われたからこそ、結愛は一瞬意味を取り損ねた。


「……いきなり、怖いこと言わないでよ」


 冗談めかして返したあと、はたと何かに気づく。


「そういえば、青の両親って見たことないかも。三者面談もいつもひとりだったし……忙しいの?」


 聞いた瞬間、結愛は少しだけ後悔した。

 踏み込みすぎたかもしれない、と。


 だが青は怒らなかった。


 ほんの少しだけ、悲しそうに笑った。


「言ってなかったと思うけど」


 その笑い方は、普段の青にはあまりないものだった。

 無理に口元だけを上げたような、薄い笑み。


「うちは、両親がもういない」


 凛花と結愛が同時に足を止めかける。


 青は歩幅を緩めることなく続けた。


「ずっと前に亡くなってる。俺、妹と二人暮らしだったんだ」


 冷たい風が吹いた。

 白い息が、三人の間で淡く揺れる。


「その妹も、ずっと病院にいるから……今は実質ひとり暮らしみたいなものかな」


 最後だけ、青は少しだけ肩をすくめるように笑った。

 軽く言おうとしたのがわかった。

 重くしないように、相手に気を遣っているのがわかった。


 だからこそ、結愛の胸は締めつけられる。

 凛花も言葉を失っていた。


「……なんで」


 最初に声を絞り出したのは凛花だった。


「なんで、言ってくれないのよ」


 責めるような言い方なのに、声は震えていた。

 知らなかったことが悔しかった。青がそんなものを一人で背負ってきたのだと、今さら知った自分が許せなかった。


 青は少しだけ困ったように目を細める。


「言う必要がある話でもないと思ってたから」


「あるわよ」


 凛花は思わず強く言って、それから自分でも驚いたように唇を閉じた。

 けれど、もう止められなかった。


「……少なくとも、私は知りたかった」


 その言葉に、青は返事をしなかった。

 返せなかったという方が近いかもしれない。


 結愛は隣でぎゅっと手を握っていた。

 胸の奥が熱い。

 泣きそうになる。


「話してくれてありがとう」


 結愛はまっすぐ青を見て言った。


「けど、うちも父親が蒸発してるから。片親だし」


 青が少し目を見開く。


 結愛は苦笑した。


「だから、全部順風満帆ってわけじゃないよ」


 言いながら、自分の家の食卓を思い出す。母が忙しく働いて、乃愛や琉生の面倒を見て、家の中を回している日々。明るくしていなければ持たないから、明るくしてきたこと。


 凛花も静かに続ける。


「うちも、両親は厳しいわよ」


 それは慰めというより、自分もまた家庭の中で自由ではないという、精一杯の共有だった。


「……だから、青だけが特別に弱いわけじゃないって、言いたいの」


 少し不器用で、少し遠回しな言い方。

 でも、その不器用さが凛花らしかった。


 青は二人の顔を見た。


 結愛はまっすぐ見返している。

 凛花は視線を揺らしながら、それでも逸らさないでいた。


 青の胸の奥に、じんわりとした熱が広がる。


 人に話すつもりはなかった。

 話したところで、どうなるわけでもないと思っていた。

 両親がいないことも、陽葵が病院にいることも、自分が背負うべき現実であって、わざわざ誰かに預けるものではないと考えていた。


 けれど今、二人はその現実を軽くしようとしてくれているわけではなかった。

 ただ、知ろうとしてくれている。

 ひとりで抱えなくていいと言葉にせず伝えようとしてくれている。


 青は小さく息を吐いた。


「ありがと」


 それだけしか言えない。

 でも、今はそれで十分な気がした。


「けど、もう慣れてるから大丈夫だ」


 いつもの青らしい言葉。

 けれど、その最後にほんのわずかな柔らかさがあった。


 結愛はその変化に気づいて、少しだけ笑う。


「慣れるとか、そういう問題じゃないんだけどね」


「そうか」


「そうだよ」


 そのやり取りに、凛花の口元もわずかに緩んだ。


 別れ道が近づいてくる。

 三人は自然と歩く速さを落とした。


 ここから先は、それぞれの帰り道だ。

 同じ学校に通っていても、同じ場所へ帰るわけではない。

 それでも今日、少しだけ同じ痛みを分け合えた気がした。


「じゃあ、クリスマスイブ。決まりね」


 結愛が言う。


「逃げないでよ、二人とも」


「逃げないわ」

 凛花が答える。


「ああ」

 青も頷く。


 その返事を聞いて、結愛はようやく本当に安心したように笑った。


「よし。じゃあ、ちゃんと美味しいの用意するから」


「期待してる」

 青が言うと、結愛は少しだけ目を丸くした。


「珍しく素直」


「本音だ」


「……ふふ」


 凛花が小さく笑う。

 その笑い声を聞いて、結愛もつられて笑った。


 ほんの短い時間だった。

 けれど、その笑い声は、ここしばらく失われていたものがようやく戻ってきた証のように思えた。


 やがて、三人はそれぞれの帰り道の手前で立ち止まる。


「また明日」


 結愛が言う。


「ええ、また明日」

 凛花が返す。


「ああ」

 青も頷く。


 別れて歩き出した、そのときだった。


 ふわり、と白いものが視界の端を横切った。


 結愛が空を見上げる。


「……雪?」


 凛花も立ち止まって、空を見た。

 青も同じように顔を上げる。


 灰色の空から、小さな白い粒が静かに落ちてくる。

 まだ本降りにはならない、冬のはじまりを知らせるような雪だった。


「初雪かもしれないわね」

 凛花が呟く。


「寒いわけだ」

 青が言う。


 結愛は手のひらを空へ向けた。

 舞い降りてきた雪は、触れた瞬間にすぐ溶ける。


「なんか、今日っぽいね」


「今日っぽい?」

 青が聞き返す。


「うん。冷たいのに、ちょっとだけあったかい感じ」


 結愛らしい曖昧な言い方に、青は少しだけ考えてから、わずかに口元を緩めた。


「……そうかもしれない」


 凛花はその横顔を見て、胸の奥が静かに痛んだ。

 まだ全部は元に戻っていない。

 戻せないものもあるかもしれない。

 けれど、それでも今日こうして三人で歩けたことが、どうしようもなく嬉しかった。


 雪は静かに降り続いている。


 受験の冬は、これからもっと厳しくなる。

 きっと苦しいことも増える。

 それでも、この帰り道のことは、しばらく忘れないだろうと三人ともどこかで思っていた。


「じゃあ今度こそ、また明日」


 結愛が言い直す。


「ああ」

「ええ」


 三人は今度こそ、それぞれの道へ歩き出した。


 白い雪が、離れていく背中に静かに降り積もっていく。


 冬は始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。