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星嶺高校の氷凪くんは、たぶん恋を知らない。~恋愛偏差値0のアオが、学年1位の美少女とギャルを救い救われる話~  作者: にめ
2学期:文化祭

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第45話 文化祭、開幕(2)

# 第45話 文化祭、開幕





 開場までの残り時間、教室は目の回るような忙しさになった。


 テーブルクロスを整え、簡易メニュー表を立て、レジ係の確認をし、冷凍品の動線を見直す。接客担当の女子たちは着替えを急ぎ、男子は裏方スペースの再配置と在庫管理を進める。


 青もすぐに持ち場へ入った。


 配置図を見ながら、商品の置き場所と補充動線を再確認する。注文が集中した時に人がぶつからないよう、机の位置も微調整した。


「この箱、奥じゃなくて手前に」


「了解!」


「提供口の前は広く空けておいた方がいい。詰まる」


「青、こっちのテーブル少しずらしていい?」


「その方が通りやすい」


 淡々と指示を出していく青に、クラスメイトたちも素直に動いた。


 しばらくして、更衣を終えた女子たちが教室の奥から戻ってくる。


 ぱっと空気が変わった。


「おお……」


 誰かが思わず漏らした声に、何人かがつられて振り向く。


 女子たちはそれぞれメイド服に身を包んでいた。白黒を基調にしたオーソドックスなデザインだが、フリルのついたエプロン、胸元のリボン、軽く広がるスカートが文化祭らしい華やかさを生んでいる。


 真凛は「どうどう?」とその場で一回転し、周囲の女子たちときゃいきゃい盛り上がっている。


 だが、その中でも自然と目を引いたのは結愛だった。


 結愛のメイド服姿は、ひと目で教室の中心になるだけの破壊力があった。


 明るい髪に、白いカチューシャ風のヘッドドレス。黒を基調にしたメイド服は、華やかな彼女の雰囲気と不思議なくらいよく合っていた。胸元の白いフリルとリボンが映え、普段の制服姿とは違う可愛さと、彼女らしい健康的な色気が同時に際立っている。


 短すぎないのに軽やかなスカートのラインが足の長さを引き立て、動くたびにエプロンの裾が揺れた。ギャルらしい明るさはそのままなのに、服が変わるだけでどこか特別な存在に見える。


 しかも結愛自身が、ただ着せられているのではなく、その衣装をちゃんと自分のものにしていた。


「……どう?」


 結愛は少しだけ照れたように言いながら、青の方を見た。


 さっきまでの青ざめた顔はもうなく、代わりに仕事モードとわずかな恥じらいが混じった表情になっている。


 青は一瞬だけ言葉に詰まった。


「似合ってる」


 短く、率直にそう言う。


 結愛の目が大きくなる。


「……ほんと?」


「ああ」


「そ、そっか」


 結愛は頬を少し赤くしたあと、すぐに咳払いして背筋を伸ばした。


「よし、じゃあ頑張る」


 その横で真凛がにやにやしていたが、結愛はあえてそちらを見ないようにしていた。


 男子陣も執事服に着替え終えて戻ってくる。黒いベストと白シャツをベースにした簡易なものだったが、文化祭の雰囲気としては十分だった。


「葉山、無駄に似合うな」


「無駄ってなんだよ」


「軽さが増した」


「褒めてないだろ、それ」


 そんなやりとりまで飛び出し、教室の張りつめた空気が少しだけ和らぐ。


 やがて開場時間が近づき、校内放送が流れた。


『ただいまより、星嶺高校文化祭を開始します――』


 拍手と歓声が、校舎のあちこちから湧き起こる。


 同時に、校内の人の流れが一気に動き出した。


 三年A組の教室前でも、開店を待っていた来場者が看板を見て足を止め始める。


「いらっしゃいませー!」


 最初に声を張ったのは真凛だった。


 それに結愛が続き、他の女子たちも笑顔で呼び込みを始める。


「三年A組、メイド/執事喫茶でーす!」

「軽食とドリンクあります!」

「ぜひお立ち寄りくださーい!」


 メイド服姿の女子たちの呼び込みは、それだけで十分な訴求力があった。


 教室の中では男子が注文票やトレーの確認をし、提供の準備を整えている。


 そして予想通り、いや、予想以上に客は入った。


「二名様です!」

「こちらの席へどうぞ!」

「注文お願いしまーす!」


 開店してまもなく、教室は一気に忙しさを増した。


 最初は発注ミスによる在庫の多さが不安だったはずなのに、気づけばその不安を考える暇もないほど回転が早い。接客、注文、調理補助、提供、レジ、呼び込み――すべてが途切れず回り続ける。


 女子たちは笑顔で接客し、男子は裏方としてせわしなく動く。


 青も注文の集計と補充、簡単な提供補助に追われていた。文化祭らしい浮ついた空気の中でも、彼の仕事ぶりはいつも通り無駄がない。


「たい焼き追加」


「今出す」


「ドリンク二つ先に」


「了解」


 気づけば、朝見た箱の山も少しずつ減り始めていた。


「これ、いけるかもね!」


 真凛が忙しさの合間に笑う。


「言ったでしょ、売り切ればいいって」


 颯がトレーを持ちながら得意げに返した。


 結愛はそんなふたりのやりとりを聞きながらも、ほとんど休まずフロアを動き回っていた。


「こちら、空いたのでご案内できます!」

「お待たせしました、紅茶です」

「すみません、少々お待ちくださいね」


 明るい声。素早い足取り。笑顔を絶やさない接客。


 メイド服姿の結愛は、とにかく目を引いた。


 華やかな見た目と親しみやすい笑顔の相性が良く、彼女に接客された客はそれだけで満足そうな顔をする。もともと面倒見が良く、人との距離の詰め方が上手い結愛は、こういう場では圧倒的に強い。


 ただ、その分だけ無理もしていた。


 青は裏方からフロアを見ながら、結愛が一度も座っていないことに気づいていた。朝のミスを引きずっているのだろう。自分の失敗を取り返すように、必要以上に動いている。


 そこで、教室の入口付近が不意にざわついた。


「え……」

「会長?」

「うそ、やば……」


 呼び込みの声が一瞬途切れ、視線がひとつの方向へ集まる。


 青もそちらを向いて、わずかに目を見開いた。


 入口に立っていたのは凛花だった。


 生徒会の仕事で遅れたのだろう。少し息を整えながらも、その姿は校内の空気を変えてしまうほどの存在感を放っていた。


 凛花もまた、メイド服姿だった。


 銀髪に白いヘッドドレス。黒と白のコントラストが、彼女の透明感をさらに際立たせている。結愛のメイド服が“華やかで可愛い”なら、凛花のそれは“気品があって綺麗”だった。


 体のラインに合った上品なシルエットは、清楚な雰囲気を損なわず、それでいて目を奪うだけの完成度がある。凛花の整った顔立ちと静かな立ち居振る舞いに、メイド服の愛らしさが加わることで、とんでもない破壊力になっていた。


「ごめんなさい。生徒会の仕事で遅くなって」


 凛花がそう言った瞬間、教室の外にいた他クラスの男子たちまでざわつき始める。


「会長のメイド服やばくないか……」

「いや、普通に反則だろ」

「俺は黒金さん派だな」

「いやいや会長だろ」

「どっちも強すぎるって」


 三年A組の前には、妙な意味でも人だかりができかけていた。


 真凛がにやにやしながら小声で言う。


「これ、うちの店、さらに混むやつだね」


「間違いないね」


 結愛も苦笑しつつそう返したが、その額にはうっすら汗がにじんでいる。


 案の定、凛花が接客に加わると客足はさらに増した。


 結愛と凛花。


 校内でも目立つ二人の美少女が並んでメイド服姿で接客しているのだ。話題にならない方がおかしい。


 教室内の忙しさは、朝よりさらに一段階上がった。


「青、そっち大丈夫?」


 注文伝票を受け取りながら、颯が叫ぶ。


「なんとかなってる」


「なんとかするしかねえな、これ!」


 その声に周囲が笑う。


 忙しさの中にも、高揚感があった。文化祭独特の、苦しいのに楽しいという感覚だ。


 青は紅茶の補充を終えたあと、ようやく結愛のところへ行く。


 結愛はちょうど客を案内し終えたところだったが、呼吸が少し速い。


「結愛」


「ん?」


「そろそろ休憩していいぞ」


 結愛は一瞬きょとんとしたあと、すぐに首を横に振った。


「だめ」


「だが」


「私のミスだから、休めない」


 はっきりとした口調だった。


 その目にはまだ責任感の火が消えていない。


 青は小さく息をつく。


「無理はするな」


「してない」


「してるように見える」


「……気のせい」


 強がりだということは、すぐにわかった。


 それでも結愛は笑顔を作り、次の客に向かおうとする。青はそれを止めはしなかったが、代わりに低い声で言った。


「水分はちゃんとな」


 結愛の足が一瞬だけ止まる。


 振り返った表情は、少しだけ不意を突かれたようだった。


「……うん」


 それだけ答えて、結愛はまたフロアへ戻っていく。


 だが、その背中はさっきまでよりほんの少しだけ柔らかく見えた。


 午前のピークを越え、店の回転も少しだけ落ち着きを見せ始めたころ、青の胸の奥に別の緊張がじわじわと広がり始めていた。


 特別公演の時間が近づいている。


 文化祭の運営とクラスの模擬店で忙しくしている間は意識の外に追いやれていたが、いざその時刻が迫ると、王子役という現実が嫌でも戻ってくる。


 凛花もそのことをわかっていたのだろう。


 裏方スペースの近くで、彼女が青を見つけて近づいてきた。


「青」


「……ああ」


 凛花は今もメイド服姿のままだが、その表情には仕事モードの生徒会長としての落ち着きが戻っている。


「時間よ。演劇に行くわ」


 その一言で、青は現実を受け入れるしかなくなる。


「緊張するな……」


 思わず漏れた本音だった。


 凛花は目を少し見開き、それから小さく微笑む。


「あなたがそんなこと言うの、珍しいわね」


「演技は専門外だ」


「私もよ」


 そう言いながらも、凛花の頬はほんのり赤い。彼女だって緊張していないはずがない。


 そこへ結愛がやってくる。


 少し疲れは見えるものの、メイド服姿のまま、しっかりと笑顔を作っていた。


「青、頑張ってね」


 まっすぐな声だった。


「見に行くから」


 青は結愛を見る。


 朝の涙も、発注ミスの動揺も、今はその笑顔の奥に押し込められている。自分だって大変なはずなのに、それでも送り出してくれる。


「……そうか」


「うん。王子様、ちゃんとやってきて」


 からかうように言いながら、結愛の目はやさしかった。


 青は返事に少し迷い、結局いつも通り短く頷く。


「ああ」


 凛花がそのやりとりを静かに見守っていた。


 そして、青の袖を軽く引くようにして言う。


「行きましょう」


 青は最後にクラスの中を見渡した。


 忙しく動く颯。

 呼び込みを続ける真凛。

 メイド服姿で笑顔を絶やさない結愛。

 大繁盛している教室。


 朝はあれほど不安だったのに、もう店はちゃんと回っている。


 なら、今は次の役目を果たすしかない。


 青は凛花と並んで教室を出た。


 廊下は文化祭の熱気で満ちている。すれ違う生徒や来場者の声、遠くから聞こえる音楽、階下から漂ってくる食べ物の匂い。学校中が、いつもの何倍も生き物のようにざわめいていた。


 その中を、青と凛花は体育館へ向かって歩く。


 王子と姫。


 そんな言葉が頭をよぎって、青はわずかに顔をしかめた。


 隣を歩く凛花は、何も言わず前を向いている。


 けれどその横顔もまた、これから始まる舞台を意識しているのか、いつもより少しだけ硬かった。


 文化祭は、まだ始まったばかりだ。


 クラスの模擬店も。

 生徒会の仕事も。

 そして、凛花と自分が立つことになる舞台も。


 次の扉の向こうで待っているものを思いながら、青は静かに息を整えた。


 体育館への廊下は、いつもより長く感じられた。


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