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星嶺高校の氷凪くんは、たぶん恋を知らない。~恋愛偏差値0のアオが、学年1位の美少女とギャルを救い救われる話~  作者: にめ
2学期:文化祭

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第44話 文化祭、始動(1)

# 第44話 文化祭、始動


 九月に入ってから一週間ほどが過ぎ、二学期の空気が少しずつ教室に馴染み始めていた。


 とはいえ、三年生の教室には独特の落ち着かなさがある。


 文化祭の話をして笑っている者がいる一方で、模試の日程表を眺めてため息をつく者もいる。大学の赤本を机に入れっぱなしにしている者もいれば、推薦や志望理由書の話題を気にしている者もいた。


 行事と受験。


 どちらも無視はできない。


 そんな二学期の真ん中にあるものとして、文化祭はじわじわと存在感を増しつつあった。


 その日のホームルーム。


 如月雫が教卓の前に立つと、教室のざわめきは少しずつ収まっていった。窓の外では、まだ夏の強さを引きずる光が校庭を白く照らしている。


「さて」


 雫は出席簿を閉じ、教室を見回した。


「来月の文化祭で、クラスで何をやるか決めようと思うわ」


 その一言で、教室の空気がぱっと変わる。


「おおー」

「きたきた」

「何にする?」


 さっきまで眠そうにしていた生徒まで顔を上げ、あちこちで小声が飛び交う。


 雫はそんな反応を見て、わずかに口元を和らげた。


「ただし、三年生だから何でもできるわけではないわ。準備に使える時間は限られているし、食品を扱うなら衛生面の確認も必要。申請の締切もあるし、調達にも責任が伴う。浮かれるのはいいけれど、後始末まで見据えて決めなさい」


 そこで一度言葉を切ると、今度は前の席に視線を向ける。


「では、学級委員長。お願い」


「はい」


 結愛と青の声が重なった。


 前に出る結愛はいつものように明るく、教室の空気に自然と溶け込む笑顔をしている。一方の青は静かなまま、教卓の横に置かれたホワイトボード用のペンを手に取った。


 ふたりが並んで立つと、何人かのクラスメイトが「おー」と面白そうに声を上げる。


「じゃあ、さっそく文化祭のクラスの催し物を決めようと思います」


 結愛が教室全体に向けて声を張る。


「まずは案を集めるね。みんな、何やりたい?」


 すぐさま、勢いよく手が上がった。


「はい!」


 葉山颯だった。


 結愛が半ば予想していたように笑う。


「はい、葉山」


「コスプレカフェ! メイドカフェ!」


 一瞬の沈黙のあと、教室の女子たちから一斉にツッコミが飛ぶ。


「葉山が見たいだけでしょー」

「絶対それじゃん」

「不純すぎるんだけど」


「いやいやいや、文化祭の王道だろ!?」


 颯が抗議するように両手を広げる。だがその顔は楽しそうで、まるで最初からツッコまれる前提で言ったようでもあった。


 そのとき、後方の席から真凛がひょいと手を挙げる。


「え、でもメイドカフェいいかも」


「真凛はわかってくれてるなー!」


 颯が満面の笑みを浮かべると、真凛は呆れたように肩をすくめた。


「いや、葉山のためじゃなくて、普通に楽しそうだから言ったんだけど」


「十分じゃん」


 そのやりとりに笑いが起きる。


 結愛はくすっと笑いながら、青に視線を送った。


 青は無言でホワイトボードに『コスプレカフェ』『メイドカフェ』と書き込んでいく。癖のない、すっきりした文字だった。


「はい、コスプレカフェ、メイドカフェね。他には?」


「おばけやしきとか?」


 今度は男子のひとりが声を上げる。


「おばけやしき、いいじゃん」

「ベタだけど盛り上がりそう」

「でも準備大変そうじゃない?」


 結愛が頷く。


「おばけやしき、っと。他にもある?」


「演劇!」

「展示系は?」

「写真とか映像とかまとめるのもありじゃない?」

「脱出ゲームっぽいのやりたい」

「喫茶店系は手堅いよね」


 次々と案が出るたびに、青は淡々とホワイトボードに書き込んでいく。


 おばけやしき。

 演劇。

 展示。

 脱出ゲーム。

 喫茶店。

 コスプレカフェ。

 メイドカフェ。


 案が増えていくにつれて、教室全体の熱も上がっていった。


 文化祭という言葉には、それだけで人を浮き立たせる力があるのだろう。


「うーん、結構出たね」


 結愛が腕を組み、ホワイトボードを見上げる。


「三年生で準備期間短めって考えると、展示は楽だけどちょっと地味かもって意見もありそうだし、おばけやしきは作り込み大変そう……」


「演劇はクラス全体だと練習時間が厳しいな」


 青が静かに口を開いた。


 それまで楽しそうに騒いでいたクラスメイトたちも、自然と青の方を見る。


「台本、配役、練習、舞台の準備まで考えると、受験勉強と両立しにくい」


「たしかに」

「それはある」


 何人かが納得したように頷いた。


「おばけやしきも同じだな」


 青は続ける。


「内装に時間がかかる。交代制で回すにしても、作り込みの負担が大きい」


「じゃあやっぱ喫茶店系?」


「手堅いのはそうかも」


「衣装も着られるし、楽しそう」


 女子たちの声が重なる。


 颯はその流れを逃さず、すかさず前に出た。


「だから言ったろ、メイドカフェだって」


「執事もやるなら公平じゃない?」


 誰かの一言で、教室の空気がまた少し変わった。


「それいいかも」

「男子は執事?」

「普通に面白そう」

「女装させようとしてる人いない?」


 笑いが起こる。


 結愛はその流れに乗るように口を開いた。


「じゃあ、メイドと執事、両方やる喫茶店にする?」


「いいと思う!」

「それならみんな参加しやすそう」

「写真映えもしそう」


 真凛が勢いよく頷く横で、颯が得意げに胸を張る。


「ほらな、俺の案が結局最強なんだよ」


「葉山の不純な動機は置いといてね」


 結愛がそう返すと、また笑い声が上がった。


 青はホワイトボードの案の中で、『メイドカフェ』と『喫茶店』を囲い、そこへ『執事』を加える。


「他に強くやりたい案がなければ、これで絞っていいんじゃないか」


「異議なーし」

「賛成ー」

「決まりでよくない?」


 教室全体の反応は前向きだった。


 結愛はぐるりと教室を見回し、最後に確認するように言う。


「じゃあ、三年A組の文化祭の出し物は――メイド/執事喫茶、でいい?」


「いいと思う!」


 今度はかなり綺麗に、クラス全体の声がそろった。


 決定の空気が教室に広がる。


 結愛は小さく拍手をしてから、にっと笑った。


「よし、決まり。じゃあ次は、何を提供するか、だね」


 文化祭のタイトルが決まっただけでも教室は十分に盛り上がっていたが、ここからはより現実的な話になる。


「紅茶とか、パンケーキとかの軽食になるイメージだけど、どうかな?」


 結愛の提案に、何人かが「いいね」と頷く。


 だが青はホワイトボードの余白にメニュー案を書きながら、わずかに眉を寄せた。


「紅茶はインスタントでなんとかなるが、パンケーキは難しくないか」


「え?」


 結愛が振り向く。


「すぐ簡単に提供できるものがいいんじゃないかな」


 青はいつもの淡々とした口調のまま続けた。


「生地を作る、焼く、盛り付ける、って工程があると回転率が落ちる。客が多い時間帯に詰まる可能性が高い」


「たしかに……」


 結愛は腕を組み、少し真面目な顔になる。


「そうすると、レンチンできるやつ?」


 真凛が首をかしげる。


「そうすると、冷凍食品系?」


「結構あるぞ」


 またしても颯が元気よく口を挟んだ。


「焼きおにぎり、たこ焼き、ピザ、フライドポテト、肉まん、たい焼きとかとか」


「葉山、詳しいね」


「食い物の話だからな」


「喫茶店というより、模擬店になりそうね」


 結愛が苦笑する。


 青も小さく頷いた。


「飲食の見栄えを取るか、回転率を取るかだな」


「でも、喫茶店っぽさは欲しいよね」

「紅茶とちょっとした軽食くらいなら?」

「冷凍のたい焼きとかならアリじゃない?」

「ポテトは喫茶店感なくない?」


 意見が再び飛び交い始める。


 結愛はそのひとつひとつを聞きながら、流れをうまくまとめようとしていた。


「じゃあ、完全に本格喫茶にするんじゃなくて、メイド・執事の接客メインで、軽食を出す模擬店って感じにする?」


「それなら現実的かも」

「いいと思う」

「衣装がメインならそれで十分じゃない?」


「メニューは絞った方がいいな」


 青が板書を続けながら言う。


「品数を増やすと在庫管理が面倒になる」


「ほんと青って、こういう時頼りになるよね」


 女子のひとりが感心したように言うと、結愛が得意げに笑った。


「でしょ?」


「なんで黒金が誇らしげなんだよ」


 颯がツッコみ、教室にまた笑いが広がる。


 そのまま話し合いは進み、軽食は絞って簡単な提供にする方向、衣装と接客を主役にする方向でまとまっていった。


 文化祭の出し物は、こうして正式に決まった。


「はい、じゃあまとめるね」


 結愛が教室の前で手を打つ。


「三年A組の文化祭は、メイド/執事喫茶。メニューは簡単に提供できる軽食とドリンク中心。細かい担当とか衣装とかは、また後で決めていこうと思います」


 そこで一度言葉を切り、クラス全体を見渡す。


「これでいいかな?」


「いいと思う!」


 クラス全員の声が重なった。


 決定の瞬間、教室の空気は受験生の教室というより、文化祭を前にした普通の高校生のものだった。


 青はホワイトボードを見つめながら、わずかに息をついた。


 決まってしまえば、あとは進むだけだ。


 如月先生はその様子を教卓の横から見守っていたが、最後に軽く頷いた。


「まとまったようね。思ったよりちゃんと現実的で安心したわ」


「先生、思ったよりって失礼じゃないですか?」


 結愛が笑って抗議すると、雫はわずかに肩をすくめた。


「葉山が最初にメイドカフェって言った時点で、少し心配していたのよ」


「なんで俺だけ名指しなんですか」


「自覚があるならいいことね」


 教室に再び笑いが起きる。


 その日のホームルームは、そんなふうに賑やかなまま終わった。


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