表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星嶺高校の氷凪くんは、たぶん恋を知らない。~恋愛偏差値0のアオが、学年1位の美少女とギャルを救い救われる話~  作者: にめ
夏休み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/80

第35話 振り向いてほしい人(2)



 凛花は少しだけ遠くを見るようにして話し始める。


「最初は、ただ気になるだけだったの」


「気になる?」


「ええ。入学してすぐの頃から、あなた、やたら目立っていたでしょう」


「目立っていたつもりはない」


「つもりはなくても、目立っていたわ」


 即答だった。


「無口なのに成績はいつも上位で、周りに媚びないのに、変に浮いてもいない。話しかけづらいのに、誰かが困っていたら放っておかない」


 凛花は少しだけ笑う。


「そういう人、気になるに決まっているじゃない」


 青は返事をしなかった。


 何を返せばいいのか、よくわからなかったからだ。


「でも、近づき方がわからなかったの」


 凛花が言う。


「あなた、普段は本当に勉強のことしか考えていないみたいだったし」


「否定はしない」


「でしょうね」


 くすりと笑う。


「だから、勉強なら話せるかもしれないと思ったの。私がもっと上を取れば、いつかあなたが気にするかもしれない。あるいは、何かきっかけができるかもしれないって」


「それで、ずっと一位だったのか」


「ええ」


「すごい執念だな」


「今のは褒めてるの?」


「一応」


「一応、なのね」


 凛花は呆れたように笑う。


 けれど、その目は少し嬉しそうだった。


「本当はね」


 凛花は声を少し落とす。


「もっと早く、普通に話しかければよかったのよ」


「話しかけづらかったか?」


「かなり」


「そうか」


「そうよ。青は自覚がないでしょうけど、教室でいつも静かにしていて、休み時間は本を読むか問題集を見ていて、近寄る隙がなかったもの」


「そんなつもりはなかった」


「だから、それが無自覚だって言ってるの」


 凛花の言葉に、青は少しだけ考える。


 たしかに自分から話しかけに行くことは少なかった。必要があれば話すが、必要がなければ話さない。それだけだと思っていた。


 だが、それが周囲からどう見えるかまでは、あまり意識したことがない。


「でも」


 凛花は少しだけ表情をやわらげる。


「生徒会で一緒に仕事をするようになって、青が思っていた以上にちゃんと周りを見ていることがわかった。書類の並び方ひとつにも気を遣うし、先生への言い方も丁寧だし、誰かが困っていたら何も言わずに手を貸す」


 その言葉に、青は視線を少し逸らした。


 褒められるのは苦手だ。


 しかも凛花は、お世辞ではなく、本当に見たままを言っているのがわかる。


「だから」


 凛花は一度だけ息を吸った。


「振り向いてほしかったの」


 改めて、静かに言う。


「私のことも、ちゃんと見てほしかった」


 青は胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


 凛花の言葉は派手ではない。甘い言い回しでもない。


 それでも、まっすぐだった。


「……見てる」


 気づけば、青はそう言っていた。


 凛花の瞳が揺れる。


「え?」


「俺は、凛花をちゃんと見ている」


 青は続けた。


「生徒会で仕事をしていても、勉強のことでも、今日みたいなときでも。凛花が真面目で、気を遣えて、無理をしてでも周りを整えようとする人間だってことは、わかっている」


 そこまで言ってから、青は少しだけ言葉を探した。


「それに」


「……それに?」


「一緒にいて、落ち着く」


 凛花は完全に止まった。


 改札へ向かう人の流れの音だけが、二人の周囲をすり抜けていく。


「青」


「なんだ」


「それ、かなり破壊力があるって、自覚したほうがいいわ」


「そうなのか」


「そうよ」


 凛花は片手で額を押さえた。


「今日だけで何回不意打ちするつもりなの……」


「不意打ちのつもりはない」


「ないから余計にひどいの」


 その言い方がおかしくて、青はわずかに口元を緩めた。


 凛花がその変化に気づいて、少しだけ目を丸くする。


「……今、笑った?」


「少し」


「ずるいわね」


「何がだ」


「青が笑うと、こっちの調子が狂うのよ」


「それは知らない」


「知らなくていいことを、そうやって増やしていくのね」


 凛花はそう言いながらも、嬉しそうだった。


 少しの沈黙のあと、ふと凛花が思い出したように言う。


「そういえば、さっき言いそびれたことがあるの」


「何だ」


「期末試験」


 青はすぐに理解した。


「わざと点数を落とした話か」


「ええ」


 凛花は観念したように頷く。


「今思うと、本当にどうかしていたと思うわ」


「少しな」


「少し、で済むの?」


「凛花らしくはない」


「でしょうね」


 自分でも呆れているようだった。


「でも、本気だったの。塾よりも学校の夏期講習に行けば、青と同じ時間を過ごせるかもしれないと思って」


 青は少しだけ黙った。


 そこまで言わせるほど、自分は凛花に思われていたのか。


 そう考えると、不思議な気持ちになる。


「怒らないの?」


 凛花がそっと聞く。


「怒る理由がない」


「でも、試験で手を抜いたのよ?」


「感心はしない」


「それはそうでしょうね……」


「ただ」


 青は凛花を見る。


「その理由が、俺と同じ講習に行きたかったから、というのは……」


「というのは?」


「少し意外だった」


 凛花は一瞬だけきょとんとして、それから顔を赤くした。


「そんなに真面目に受け取らないでくれる?」


「事実だろ」


「そうだけど」


「なら仕方ない」


「仕方なくないわよ……」


 凛花が小さく呻くように言う。


 それから、少しだけ照れたまま笑った。


「でも、よかった」


「何がだ」


「無駄じゃなかったみたいで」


 青は短く息をつく。


「次は手を抜くな」


 凛花が顔を上げる。


「凛花を超えるのが、今の俺の目標だから」


 その言葉は、帰り道で聞いたときと同じはずなのに、今あらためて凛花の胸に深く落ちていく。


 ライバルとして見ている。

 追いかける相手として見ている。

 そして、ちゃんと特別視している。


 そう思える一言だった。


「……うん」


 凛花は静かに頷いた。


 その頷きには、嬉しさと、決意と、少しの照れが混ざっていた。


 そして、ここで終われば綺麗だったのに、凛花はまだ少しだけ攻めた。


「じゃあ、青」


「なんだ」


「もし私が次も一位だったら、何かご褒美くれる?」


 青は少しだけ目を瞬かせる。


「ご褒美?」


「ええ」


「なぜだ」


「モチベーション向上のためよ」


「凛花にそれが必要か?」


「必要かもしれないわ」


 凛花はほんの少し意地悪そうに笑う。


 普段の彼女からはあまり見ない表情だった。


 青は少し考える。


「……何がいい」


「え?」


「ご褒美だろう」


「考えてくれるの?」


「お前が言い出したんだろう」


 凛花は一瞬だけ固まり、それから慌てて視線を泳がせた。


「そ、そうだけど……」


「なら、先に内容を決めたほうが公平だ」


「公平って、そういう問題かしら……」


 凛花は困ったように笑いながらも、どこか楽しそうだった。


 少し迷ってから、そっと言う。


「……じゃあ、一緒に勉強してほしい」


「勉強?」


「ええ。二人で」


 青はすぐに頷いた。


「それなら今でもできるだろ」


「そういうことじゃないの」


「違うのか」


「違うけれど、半分は合ってるわ」


「よくわからない」


「青にはまだ難しいかもしれないわね」


「そうか」


「そこはもう少し悔しがってもいいところよ」


 凛花がくすっと笑う。


 その笑い方は、病室で見せていた生徒会長の顔とも、学校での完璧な優等生の顔とも違っていた。


 もっと年相応で、柔らかくて、少しだけ甘い。


「でも」


 凛花が続ける。


「本当に、一緒に勉強したいわ」


「わかった」


「え」


「花火大会の前後で、時間が合えば」


「……そんなにあっさり」


「嫌なのか」


「嫌じゃないわ」


 凛花は即答してから、今度は自分で照れた。


「嫌じゃない、どころか……」


「どころか?」


「そこは聞き流しなさい」


「そうか」


 改札の向こうで、電車の到着音が鳴った。


 そろそろ本当に時間らしい。


 凛花は息を整えて、少しだけ背筋を伸ばした。


「じゃあ、今日はもう行くわ」


「ああ」


「青」


「なんだ」


「さっき言ったこと、忘れないで」


「どれだ」


「全部よ」


 凛花が少しだけ睨むように言う。


「振り向いてほしい人の話も、夏期講習のことも、ご褒美のことも」


「覚えておく」


「本当に?」


「ああ」


 青は迷いなく頷いた。


 凛花はその答えに安心したように微笑む。


「なら、よかった」


 それから、一歩だけ改札のほうへ向かった。


 だが、すぐには行かず、もう一度だけ振り返る。


「あと」


「なんだ」


「結愛ちゃんのことは、あまり私の前で褒めすぎないで」


 青は一瞬だけ黙った。


「……やっぱり嫉妬か」


「だから、真顔で言わないでって言ってるでしょう!」


 凛花が小声で抗議する。


 その反応があまりにもわかりやすくて、青は今度こそはっきりと口元を緩めた。


「わかった」


「ほんとに?」


「気をつける」


「……ならいいわ」


 凛花は頬を赤くしたまま、ようやく改札の中へ入っていった。


 その背中はどこか軽い。


 今日、ずっと抱えていたものを少しだけ言葉にできたからだろうか。


 青はしばらくその場に立っていた。


 駅前のざわめきの中で、胸の奥に残るのは不思議な感覚だった。


 陽葵のことを思えば、現実は決して軽くない。受験もある。病気もある。花火大会の約束も、まだ確かなものではない。


 それでも。


 凛花の言葉を聞いた今、ただ重いだけではなかった。


 自分を見てくれている人がいる。

 自分に振り向いてほしいと願ってくれている人がいる。


 その事実は、思っていたよりも胸に残る。


 青は改札の向こうを一度だけ見て、それから静かに歩き出した。


 夜風が、少しだけ心地よかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ