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星嶺高校の氷凪くんは、たぶん恋を知らない。~恋愛偏差値0のアオが、学年1位の美少女とギャルを救い救われる話~  作者: にめ
1学期:体育祭

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第31話 夏期講習(2)




 青は一拍置いてから答えた。


「……颯か」


「うん」


 結愛は素直に認める。


「聞いちゃった」


「そうか」


 怒る気にはならなかった。


 葉山が完全に黙っていられるタイプではないことは知っているし、あの場の流れなら話したとしても不思議ではない。


 それに、結愛に知られたからといって困るわけでもなかった。


「大丈夫?」


 結愛が静かに言う。


 その声には、からかいも軽さもない。


 青は少しだけ視線を落とした。


「俺は大丈夫だ」


「そうじゃなくて」


 結愛は小さく首を振った。


「妹ちゃん」


「……ああ」


 青は短く答える。


「今のところは落ち着いてる」


「そっか」


 結愛は胸をなでおろすように息をついた。


「よかった」


 その一言が、青には少しだけ意外だった。


 ただ事情を聞いているだけではない。


 本当に気にかけているのが伝わってくる。


「よかったら」


 結愛は少しだけ迷ってから続けた。


「お見舞い、行きたいんだけど」


 青は彼女を見た。


 結愛はごまかさない。まっすぐ見てくる。


「だめかな?」


 そう言って、少しだけのぞき込むように顔を近づけた。


 距離が近い。


 青は一歩引きたい衝動を抑えながら、答えを考える。


「隠してたわけじゃない」


 まずそう言った。


「ただ、話す必要がなかっただけだ」


「うん」


 結愛は素直にうなずく。


「お見舞いか……」


 青は少し考えた。


 陽葵のことを思い浮かべる。


 病室にいる時間は長い。家族以外と話す機会は多くない。だからこそ、同年代の相手が来てくれたら、きっと喜ぶだろう。


 しかも、結愛の明るさは誰とでもすぐ打ち解ける力がある。


「結愛なら、ちょうどいいかもしれない」


「え?」


 結愛が目を丸くする。


「陽葵、同年代の女の子と話すのは好きだから」


「そうなんだ」


「話し相手になってくれるなら助かる」


 一瞬。


 結愛はきょとんとしたあと、ふわっと笑った。


「もちろん!」


 その笑顔は、いつも以上に嬉しそうだった。


「任せてよ。結愛ちゃん、コミュ力高いから」


「自分で言うな」


「事実だし」


 青が小さく息をつく。


 すると、その会話を少し離れた席で聞いていた凛花が、そっと立ち上がった。


「青」


「……凛花」


 凛花は少しだけ迷っているようだった。


 けれど、意を決したように口を開く。


「私も……行ってもいいかしら」


 青は目を瞬かせた。


「え?」


 素で驚いた声が出る。


 凛花は一瞬だけ肩をすくめるようにして、視線を泳がせた。


「その……迷惑でなければ」


「いや、迷惑じゃない」


 青はすぐに首を振る。


「凛花も来てくれるのか」


「……だめ?」


 わずかに不安そうな声。


 それを聞いて、青はむしろ意外に思った。


 凛花のような性格なら、こういう申し出は簡単ではないはずだ。それでも言ってくれたのなら、きっと気を遣ってくれている。


「ぜひ」


 青は素直に答えた。


「陽葵も喜ぶと思う」


 凛花の表情が、ほんの少しだけ明るくなる。


「そう……よかった」


 それを見て、結愛がすかさず横から口を挟んだ。


「じゃあさ」


「?」


「今度の週末に行こ」


 話が早い。


「結愛、お前は決めるのが速いな」


「いいことは早い方がいいの」


 結愛は胸を張る。


「凛花も大丈夫でしょ?」


「ええ、大丈夫」


「青は?」


「ああ」


 青がうなずくと、結愛は満足そうに笑った。


「決まり!」


「ただ」


 青は二人を見た。


「病院だから、静かにな」


「わかってるよ」


 結愛がすぐ答える。


「私だって、そこまで常識ないと思われてる?」


「少しは」


「ひどっ」


 結愛が頬を膨らませる。


 その様子を見て、凛花が小さく笑った。


 青は少しだけ目を細める。


 普段、凛花がこうして自然に笑うことは多くない。結愛がいると空気が柔らかくなるのだと、改めて思う。


「じゃあ、服とかちゃんと考えなきゃ」


 結愛が急に言った。


「服?」


「だって初対面でしょ?」


「病院だぞ」


「わかってるよ、派手なのは着ていかないって」


「今でも十分派手だが」


「えー、これ普通じゃん」


 結愛は自分の服を見下ろす。


 たしかに今日の服装は講習に来るだけあって比較的控えめだが、それでも結愛基準での話だ。


 凛花が控えめに言う。


「結愛ちゃんは、少し明るい色を抑えた方がいいかもしれないわ」


「えっ、凛花まで?」


「病室で目立ちすぎるのは、あまり良くないと思うの」


「じゃあ凛花は何着てくの?」


「私?」


「うん」


「……白のブラウスと、落ち着いたスカートかしら」


「優等生!」


「普通よ」


「じゃあ私は……」


 結愛が考え込む。


「青、どんな感じがいいと思う?」


「清潔感があれば何でもいい」


「ざっくりすぎ」


「病院にファッションショーしに行くわけじゃない」


「それはそうだけど!」


 結愛は納得していないようだった。


 凛花は少し口元を押さえながら言う。


「結愛ちゃん、そこまで気負わなくても、きっと大丈夫よ」


「そうかな」


「ええ」


「青の妹ちゃん、どんな子?」


 結愛の質問に、青は少しだけ考える。


「よく喋る」


「へえ」


「あと、遠慮がない」


「それ、青と正反対じゃん」


 結愛が笑う。


 青は否定しなかった。


 事実だからだ。


「たぶん、お前とはすぐ話せる」


「ほんと?」


「お前は誰とでも話せるだろ」


「ふふん」


 結愛が得意げになる。


 すると凛花が、少しだけ真剣な顔で聞いた。


「……私でも、大丈夫かしら」


 その問いに、青は即答した。


「大丈夫だ」


「でも私、あまり話すの得意じゃないし……」


「陽葵は気を遣われるより、普通に接してもらう方が好きだ」


「普通に……」


「凛花なら問題ない」


 凛花はその言葉を聞いて、わずかに目を伏せた。


「……そう」


 頬が少しだけ赤い。


 結愛がすぐに気づいて、にやっとした。


「凛花、今の嬉しかったでしょ」


「な、何が?」


「『凛花なら問題ない』だって」


「結愛ちゃん!」


 凛花が慌てる。


 結愛は楽しそうに笑った。


「よかったねー」


「ち、違うわよ」


「何が違うの?」


「別に、そういう意味じゃ……」


 言葉に詰まる。


 青はそのやり取りを見ながら、静かに思った。


 結愛は本当に遠慮がない。


 だが、そのおかげで凛花の表情がいつもよりよく動くのも事実だった。


「青」


 結愛がふいに声を落とした。


「ん?」


「妹ちゃん、甘いものとか食べられる?」


「医師の許可がある範囲なら」


「そっか」


「何だ」


「手土産、何がいいかなって」


 結愛は真面目に考えていた。


 青は少し驚く。


「そこまで気を遣わなくていい」


「でも初めて会うんだし」


「……そうか」


「青の大事な妹ちゃんなんでしょ」


 その言葉に、青は一瞬だけ黙った。


 大事。


 当然のことなのに、他人の口から言われると妙に重みがある。


「……ああ」


 短くうなずく。


 それだけで十分だった。


 結愛は満足そうに微笑み、凛花も静かに表情を和らげた。


 外では蝉が鳴いている。


 夏休みが始まったばかりの学校で、三人だけが残る教室は、いつもの授業後とは違う静けさを持っていた。


 だが、その空気は不思議と居心地が悪くない。


 青は窓の外に目を向けたあと、再び二人を見る。


「じゃあ、週末」


「うん」


 結愛が元気よく返事をする。


「ええ」


 凛花も小さくうなずいた。


「時間はあとで連絡する」


「了解」


「わかったわ」


 そのやり取りで、話はまとまった。


 けれど結愛は、そこで終わらなかった。


「ねえ青」


「何だ」


「週末までに、ちゃんと講習の復習しときなよ」


「するつもりだ」


「だってさっき、勉強不足とか言ってたし」


「……」


 青が黙る。


 凛花がくすっと笑った。


「たしかに」


「凛花まで」


「だって本当でしょう?」


 珍しく、ほんの少しだけからかうような言い方だった。


 青は言い返す言葉を探したが、うまく見つからない。


 結愛が追い打ちをかける。


「もし次も成績落ちたらどうするの?」


「落とさない」


「即答」


「当然だ」


「さすが青、ストイック」


 凛花が言う。


 その呼び方に、結愛がぴくりと反応した。


「ねえ、青」


 結愛が横から声をかける。


「ん?」


「凛花、さっきからずっと真面目な顔してるけどさ」


「そ、そんなことないわよ」


 凛花は少し視線を逸らした。


「だって、青の妹さんに会うんでしょ? ちょっと緊張してるの」


 正直な答えだった。


 結愛はそれを聞いて、にやっと笑う。


「大丈夫だよ。陽葵ちゃん、絶対凛花のこと好きになるって」


「そ、そうかしら」


 凛花はまだ少し不安そうだったが、青は短く言った。


「問題ない」


「陽葵は、人のことをよく見てる」


「凛花なら、すぐ仲良くなる」


「ほら、許可出た」


「許可って何よ……」


 凛花の耳がまた赤くなる。


 結愛は明らかに面白がっていた。


「凛花、絶対いま照れてるでしょ」


「照れてないわよ」


「顔赤いけど?」


「それは……暑いだけよ」


 凛花はそっぽを向く。


 結愛はくすくす笑い、青はそのやり取りを見て小さくため息をついた。


 夏期講習の教室で、こんな会話になるとは思っていなかった。


 夏休みはもっと静かに始まるものだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。


 けれど、悪くはなかった。


 少なくとも、結愛と凛花のやり取りを見ていると、どこか肩の力が抜ける。


 そして週末、二人を陽葵に会わせることを思うと、少しだけ不思議な気分になった。


 自分の日常の中でも、最も私的な場所に近いところへ、この二人を連れて行く。


 以前の自分なら考えなかったことだ。


 けれど今は、それを特別おかしいとも思わない。


 陽葵ならたぶん喜ぶ。


 結愛の明るさにも、凛花の不器用な優しさにも、きっとすぐ気づくはずだ。


 青は鞄を持ち上げた。


「帰るか」


「うん」


「ええ」


 三人で教室を出る。


 廊下には夏の光が差し込んでいた。


 静かな校舎に、足音が三つ並ぶ。


 結愛が途中で、また服の話を始める。


「やっぱ白系が無難かな」


「病院で目立つなよ」


「だから派手にしないってば」


「結愛ちゃんは、アクセサリーも少なめがいいかもしれないわ」


「凛花、意外と細かい」


「一般的な配慮よ」


「じゃあ一緒に選んでよ」


「どうしてそうなるの」


 そんな会話を聞きながら、青は前を向いて歩く。


 蝉の声が近い。


 夏は、まだ始まったばかりだった。



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