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星嶺高校の氷凪くんは、たぶん恋を知らない。~恋愛偏差値0のアオが、学年1位の美少女とギャルを救い救われる話~  作者: にめ
1学期:結愛の悩み

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第19話 黒金家の夕食(2)





やがて食事は終わりに近づいた。


乃愛が最後の一口を食べて、満足そうに手を合わせる。


「ごちそうさまでした!」


琉生も続く。


「ごちそうさま」


結愛と青も箸を置いた。


「ごちそうさま」


食後の静かな満足感が、食卓に広がる。


琉生は椅子にもたれながら、誇らしげに言った。


「どうだ青。お姉ちゃんの料理」


青は短く答える。


「うまかった」


「だろ?」


琉生は自分が褒められたみたいな顔をした。


「いつでも食べに来ていいぞ」


結愛がすかさずつっこむ。


「こら」


「作るの私なんだけど」


「でも別にいいだろ?」


「よくないわよ」


「じゃあさ」


と、琉生がにやっと笑う。


「青が手伝えばいいじゃん」


その言葉に、青がふと結愛を見た。


「じゃあ、結愛」


「え?」


「今度は一緒に作ろう」


結愛は一瞬、息を止めた。


あまりにも自然に言うから、余計に心臓に悪い。


「い、一緒に?」


「ああ」


「一人で作るより効率がいいだろ」


効率。


たしかに青らしい言い方だった。


けれど、結愛の胸に届いたのは、その意味ではなかった。


乃愛がぱっと顔を輝かせる。


「新婚さんみたい!」


「っ!!」


結愛の顔が一気に赤くなる。


「乃愛っ!」


「だって一緒にご飯作るんでしょ?」


「それは、そうだけど……!」


琉生まで面白がって笑う。


「たしかに。めっちゃ夫婦っぽい」


「琉生まで!」


結愛は真っ赤になりながら抗議した。


青は少しだけ目を瞬かせたが、特に否定もせず水を飲んだ。


その落ち着きが、逆に結愛の羞恥心を煽る。


「青も何か言いなさいよ……!」


「何を」


「そういうんじゃない、とか!」


「事実としては、まだそういうんじゃない」


「まだって何!?」


「いや、言葉の綾だ」


「余計だわ!」


琉生と乃愛がけらけら笑う。


青は少しだけ口元を緩めた。


そんなやり取りが妙に楽しくて、結愛は赤くなりながらも、どこか幸せだった。


それから結愛が食器を下げようと立ち上がると、青も自然に立った。


「運ぶ」


「え、いいよ。お客さんなんだから」


「一人でやるより早い」


「また効率……」


結愛は苦笑しながらも、少し嬉しそうだった。


青は皿を重ね、乃愛の前に残っていたコップを取る。


すると乃愛が袖をつまんだ。


「青、まだ帰らないで」


小さな声だった。


結愛が少し困ったように眉を下げる。


「乃愛、だめ。青にも予定があるんだから」


「やだー……」


乃愛は露骨にしょんぼりした。


青は少しだけ考えたあと、視線を合わせるようにしゃがむ。


「乃愛」


「……なに」


「また来る」


乃愛の目がぱっと上がる。


「ほんと?」


「ああ」


「約束?」


「約束だ」


青がそう言うと、乃愛は安心したように笑った。


「じゃあ、いい」


「いい子だな」


青が頭を軽く撫でる。


その手つきはとても自然で、乃愛も嫌がるどころか嬉しそうに目を細めた。


結愛はその光景を見て、また胸の奥が熱くなる。


この人は、どうしてこんなにも簡単に自分の大事なものの中へ入ってくるのだろう。


そのとき、琉生が腕を組んで言った。


「乃愛」


「なに?」


「お兄ちゃんとお姉ちゃんが結婚すれば、ずっと一緒にいられるぞ」


一瞬、空気が止まる。


「は?」


結愛が硬直した。


乃愛はすぐにその案を気に入ったらしく、目をきらきらさせる。


「ほんと!?」


「たぶん」


「じゃあ――」


乃愛は椅子から立ち上がって、結愛の方を向いた。


「お姉ちゃん!」


「な、なによ」


「青と結婚して!」


「っ……!!」


結愛の顔が一気に真っ赤になる。


「琉生!! 変なこと教えないで!」


「変じゃないだろ」


「変よ!」


「乃愛は名案だと思うけど」


「思わなくていいの!」


乃愛はなおも真剣な顔で言う。


「だって青、やさしいよ?」


「それは……そうだけど……!」


「絵本も読んでくれるし」


「う、うん……」


「野菜も食べさせてくれたし」


「それは別に、食べさせたわけじゃ……」


結愛はしどろもどろになる。


青はそんな二人のやり取りを見て、わずかに目を細めた。


そして結愛と視線が合う。


ほんの一瞬。


どちらからともなく、少しだけ笑った。


その笑顔を見て、結愛は余計に心臓がうるさくなる。


誤魔化すように、食器を持ってキッチンへ向かった。


しばらくして、青が玄関へ向かう時間になった。


時計はもうそれなりの時刻を指している。


「明日もあるし、そろそろ帰る」


青がそう言うと、乃愛がまた不満そうな顔をした。


「やだー、もっと遊ぶ」


「乃愛」


結愛がたしなめる。


「わがまま言わないの」


乃愛は唇を尖らせたが、さっき約束してもらったことを思い出したのか、ぐっとこらえた。


「……また来る?」


青は靴を履きながら答える。


「ああ」


「約束だよ?」


「約束」


乃愛はようやく満足したように頷いた。


琉生が玄関までついてくる。


「青、また来いよ」


「気が向いたらな」


「絶対来い」


「……考えとく」


そのぶっきらぼうな返事に、琉生は笑った。


結愛も玄関まで見送りに来る。


「じゃあ、また明日」


「うん」


「今日はありがと」


「別に」


青はそう言って外へ出た。


背中に、家の中から元気な声が飛んでくる。


「ばいばい、青ー!」


「またなー!」


青は振り返り、小さく手を上げた。


「またな」


夜風が少し冷たい。


けれど、さっきまでいた家の温かさが、まだどこか身体に残っていた。


青が門を出て少し歩いたところで、ちょうど一人の女性とすれ違った。


仕事帰りらしい落ち着いた服装の女性だ。


女性は家の前で足を止め、慣れた様子でドアを開けた。


「ただいまー」


その声を背中で聞きながら、青は足を止めなかった。


おそらく結愛の母親だろう。


そう思っただけで、そのまま夜道を歩いていく。


玄関の向こうでは、すぐに子供たちの声が響いた。


「お母さん、お姉ちゃんの彼氏が来てた!」


「すっごいかっこよかったの!」


「二人、結婚するみたい!」


「ちょっと待ちなさいあんたたち!」


結愛の慌てた声が重なる。


「まだ彼氏じゃないからね!?」


それを聞いた母親は、少し含みのある声で言った。


「へえ?」


その一言だけで、結愛の顔はまた真っ赤になる。


「へえ、じゃない!」


「でも弟と妹がそんなに懐くなんて珍しいじゃない」


「それは……まあ……」


「しかも、かっこいいの?」


「……かっこいいけど」


「ふふ」


「笑わないで、お母さん!」


琉生が横から口を挟む。


「青、また来るって」


乃愛も頷く。


「約束した!」


母親はますます楽しそうな顔をした。


「じゃあ次は、ちゃんとご挨拶しないとね」


「だからまだそういうのじゃ――」


そこまで言いかけて、結愛は止まった。


脳裏に浮かぶのは、さっきの食卓。


弟と妹に自然に接する青の姿。


乃愛を膝に乗せて絵本を読む横顔。


「また来る」と優しく約束する声。


それから、何気ない顔で言った言葉。


――今度は一緒に作ろう。


結愛は一人でさらに顔を赤くした。


「……もう」


「何が?」


母親が楽しそうに聞く。


結愛はそっぽを向いた。


「なんでもない」


けれど、胸の奥だけはごまかせなかった。


今日の時間は、確かに特別だった。


事件の帰りに立ち寄っただけのはずなのに。


一緒に夕飯を食べて、弟と妹が懐いて、家族みたいな空気が生まれて。


そんな未来を、ほんの少しだけ想像してしまった自分がいる。


結愛は小さく息を吐き、玄関の方へちらりと目を向けた。


もう青の姿は見えない。


それでも、あの人がこの家にいた空気はまだ消えていなかった。


乃愛が袖を引っ張る。


「お姉ちゃん」


「なに?」


「青、また来るよね?」


結愛は少しだけ笑った。


「……来るんじゃない?」


「やったー!」


乃愛と琉生が喜ぶ。


その様子を見ながら、結愛も心の中でそっと思う。


――うん。来てほしい。


また、うちに。


また、この食卓に。


また、私の隣に。


そう思ってしまうくらいには、もう遅かった。





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