第22話 守るということ
# 第22話 守るということ
翌朝。
通勤ラッシュが始まりかけた駅のホーム。
まだ完全な満員ではないが、人は少しずつ増え始めている。
スーツ姿の会社員。
大学生。
同じ制服の高校生。
朝のざわめきの中、氷凪青はホームの柱の近くに立っていた。
腕時計を一度確認する。
約束の時間。
少しして、階段の方から一人の少女が姿を現した。
長い銀髪が朝の光を反射する。
雪城凛花だった。
凛花は青を見つけると、小さく手を振る。
「おはよう、青」
青も軽く頷いた。
「おはよう、凛花」
二人は並んで電車を待つ。
昨日の出来事——痴漢の存在。
それを警戒して、今日は待ち合わせして通学することになっていた。
凛花は少し周囲を見回す。
「なんだか、ちょっと緊張するわね」
青
「警戒してるだけでいい」
「俺も周り見てる」
青の声は落ち着いている。
それだけで凛花の心は少し安心した。
(青がいるから大丈夫)
そう思えた。
少し沈黙が流れる。
青は周囲を確認するように視線を巡らせた。
そして凛花を見る。
「凛花」
「なに?」
青は少し考えてから言った。
「手、繋ぐか?」
凛花の思考が一瞬止まる。
「……え?」
顔がほんのり赤くなる。
「な、なんでよ」
青は普通に答える。
「恋人のふり」
「その方が近づきにくいだろ」
凛花の胸がどくんと跳ねた。
(恋人……)
(ふりだけど……)
(でも……)
凛花は内心で思う。
(ラッキー……)
しかし表情は冷静を装う。
「そ、そうね」
「合理的だと思うわ」
凛花はゆっくりと手を差し出した。
青はそれを自然に握る。
指が触れる。
凛花の心臓が一気に速くなる。
(近い……)
(手……大きい……)
凛花は内心で必死に落ち着こうとした。
一方の青は平然としている。
凛花
「……青」
青
「ん?」
凛花
「手、強くない?」
青
「逃げられないように」
凛花
「私は逃げないわよ!」
青
「痴漢が押してきたら離れる」
凛花
「そ、それはそうだけど……」
凛花の顔が少し赤くなる。
その様子を——
少し離れた場所から見ている男がいた。
昨日の痴漢だった。
男は苛立った表情で呟く。
「朝からいちゃいちゃしやがって……」
「彼氏かよ……」
だが、そのさらに後ろ。
もう一人、二人を見ている人物がいた。
黒金結愛。
結愛は少し驚いた顔で二人を見ている。
(今日ちょっと早く家出たけど……)
(なにあれ)
(凛花と青……)
(手つないでる!?)
結愛の目が丸くなる。
(えー!?)
(そういう中だったの!?)
(聞いてないんだけど!)
その時、電車がホームに滑り込んできた。
ドアが開く。
人の流れが一気に動く。
三人は同じ車両に乗り込んだ。
車内はすでにかなり混んでいる。
青は凛花の前に立つ形になった。
手はまだ繋がれている。
青が小さく言う。
「凛花」
「うん?」
「俺から離れるな」
凛花の頬が少し赤くなる。
「う、うん」
電車が動き出す。
結愛は少し離れた位置から二人を見ていた。
(手……繋いだままなんだ)
胸の奥が少しだけチクっとする。
(なんか……ちょっとムカつく)
(いや、ムカつくっていうか……)
(……なんだろ)
その時だった。
電車が大きく揺れる。
「ガタンッ」
人の体が一斉に流れた。
青の手から凛花の手が離れる。
「っ」
青は舌打ちしそうになる。
「まずい」
凛花は人波に押される。
どんどん車両の奥へ押し込まれていく。
身動きが取れない。
「青……!」
青は人をかき分けようとするが、満員で動けない。
その瞬間——
男が動いた。
凛花の真後ろへ滑り込む。
そして。
太ももに触れる手。
凛花の体がびくっと震えた。
「……っ」
さらに。
お尻に触れる手。
凛花の目に涙が浮かぶ。
(やだ……)
(また……)
(怖い……)
呼吸が浅くなる。
(青……)
(助けて……)
その時。
男の腕を、強く掴む手があった。
「私の友達に手出さないでくれる?」
低い声。
男が振り向く。
そこにいたのは黒金結愛だった。
結愛は男の腕を強く握っている。
結愛は鋭い目で男を睨む。
「痴漢でしょ?」
「最低だね」
凛花の目が大きくなる。
「黒金さん……」
結愛は凛花にウインクした。
「安心しな」
「私いるから」
そして男を睨む。
「次の駅で降りな」
「逃げられると思うなよ」
車内がざわつく。
「痴漢だって」
「捕まえろ」
男は焦り始める。
その時。
人をかき分けて青がやってきた。
「凛花!」
凛花の顔がぱっと上がる。
「青……」
青は凛花の様子を見る。
体が震えている。
涙が浮かんでいる。
青の表情がわずかに険しくなる。
「大丈夫か」
その時、結愛に気づく。
「結愛?」
結愛は少し笑った。
「やっぱり」
「そういうことだったのね」
青
「?」
結愛
「青って優しいね」
やがて電車が駅に到着した。
青
「降りるぞ」
四人は電車を降りた。
駅員を呼ぶ。
事情を説明する。
痴漢の男は駅員に取り押さえられた。
「違うんだ!」
「誤解だ!」
駅員が冷静に言う。
「詳しい話はあとで聞きます」
男は連れて行かれた。
静かになったホーム。
凛花の体が小さく震えている。
「怖かった……」
涙が溢れる。
そして——
凛花は青に抱きついた。
「怖かったよ……」
青は少し驚いたが、すぐに凛花を支える。
「凛花」
「もう大丈夫だ」
青は優しく言う。
「座ろう」
青は凛花の肩を支え、近くのベンチへ連れていった。
ゆっくり座らせる。
凛花の呼吸はまだ少し乱れていた。
少し離れた場所で、結愛が二人を見ている。
(凛花……)
(本気で怖かったんだ)
そして青を見る。
(青……)
(やっぱ優しいな)
結愛は小さく息を吐く。
そして二人の前へ歩いてきた。
「……今日は」
青が顔を上げる。
「今日は譲ってあげる」
青
「?」
結愛は少し笑う。
「青」
「凛花のこと頼んだよ」
そして軽く手を振った。
「私は先行くね」
凛花
「黒金さん……」
結愛は振り向かずに手を振る。
そのまま改札の方へ歩いていった。
ホームには。
青と凛花だけが残った。
青は凛花の様子を見る。
「凛花」
「もう大丈夫か」
凛花はゆっくりうなずいた。
「うん……」
だが、青の制服の袖を小さく掴んだままだった。
青はそれを振り払わなかった。
朝の光がホームに差し込んでいた。




