↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星嶺高校の氷凪くんは、たぶん恋を知らない。~恋愛偏差値0のアオが、学年1位の美少女とギャルを救い救われる話~  作者: にめ
1学期:結愛の悩み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/142

第14話 恋人のフリ(3)



 男は電柱の陰に身を隠しながら、スマホ越しに二人を見ていた。


 泣いて、寄り添って、また歩き出す。


 その全部が気に食わない。


「なんでだよ……」


 喉の奥から漏れた声は、ほとんど怨嗟だった。


「結愛ちゃんは、あんなふうに笑う子じゃない」


「僕の前では、そんな顔しなかったのに」


 いや、そもそも自分の前で笑っていないこと自体を、男は正しく認識できていなかった。


 彼の中では、結愛はもう「自分のもの」に近い場所にいた。


 だから、それを奪う存在は邪魔だった。


 スマホ画面の中の氷凪青。


 無表情で、冷たそうで、なのに結愛にあんなふうに近づかれている男。


「……氷凪青」


 画面を強く握る。


「邪魔だ」


 シャッター音が、また小さく鳴った。


 ◇◇◇


 やがて、結愛の家の近くまで来る。


 住宅街の一角。


 見慣れた道に入ったところで、結愛が足を止めた。


「ここ」


 青も立ち止まる。


 視線を周囲へ向ける。


 道路。


 向かいの家の塀。


 電柱。


 細い路地の先。


 人影は見えない。


 だが、それで安全だと断定はできない。


「送った」


 青が言う。


 結愛は頷いた。


「うん」


 さっきより少しだけ、表情が落ち着いている。


 完全に不安が消えたわけではないだろう。けれど、ここまで一人ではなかったという事実が、確かに彼女を支えていた。


「今日はありがと」


「まだ終わってない」


 青はいつもの口調で返す。


「しばらくは警戒する」


「……うん」


「手紙と写真は全部保管しておけ」


「してる」


「帰る時間も、しばらくはズラせるならズラした方がいい」


「わかった」


「一人で帰るな」


「それは……できるだけ頑張る」


「できるだけじゃない」


 青が少しだけ眉を寄せる。


「危ないと思ったら、すぐ連絡しろ」


 結愛は一瞬、目を丸くした。


「え、連絡していいの?」


「相談を受けた」


「それはそうだけど」


「なら対応する」


 結愛は思わず笑った。


「青って、ほんと責任感の塊みたいだよね」


「そうか?」


「そうだよ」


 それから少しだけ、いたずらっぽく目を細める。


「これ、外から見たら普通に彼氏っぽいけど」


「違う」


「否定早」


「誤解は困る」


「ふーん」


 結愛は唇を尖らせてみせた。


「じゃあ、さっきの腕組みも?」


「対策だ」


「肩寄せたのも?」


「……対策だ」


「赤くなってたのは?」


「気のせいだ」


 結愛は吹き出した。


「そこは気のせいで押し切るんだ」


「事実だ」


「はいはい」


 こうしていると、ほんの少しだけいつもの日常に戻れた気がした。


 結愛は玄関の方をちらりと見る。


 今このドアを開ければ、家の中にはいつもの生活がある。


 乃愛や琉生の声がして、母親が帰ってきていれば台所の音もするかもしれない。


 その日常を守りたい。


 青に相談した理由は、結局そこに尽きるのだろう。


「……青」


「なんだ」


「今日はほんとに助かった」


「そうか」


「うん」


 結愛は少しだけ迷ってから、笑った。


「また明日」


 青も短く返す。


「また明日」


 そのたった一言が、不思議なくらい安心できた。


 結愛はドアノブに手をかける。


 けれど、その前にもう一度振り返った。


「青」


「なんだ」


「今日は……ほんとにありがと」


「気にするな」


「そこは『どういたしまして』でしょ」


「慣れてない」


「なにそれ」


 結愛はくすっと笑う。


「じゃあ、また明日」


 そう言って、今度こそ家の中へ入っていった。


 ドアが静かに閉まる。


 青はしばらくその場に立ったまま、周囲を見渡していた。


 表通りには人影がない。


 犬の散歩をしている老人の姿も、買い物帰りの主婦の姿も、この時間には見当たらなかった。


 静かすぎるくらい静かだ。


 だからこそ、少しの違和感でも目立つ。


 青は視線を細い路地の先へ向ける。


 何かが動いた気がした。


 だが次の瞬間には、ただ夕暮れの影が伸びているだけに見える。


「……」


 青は数秒だけそこを見つめ、それからゆっくり踵を返した。


 今日のところは、これ以上動いても仕方がない。


 証拠はある。


 相手はおそらく、まだ距離を測っている段階だ。


 ならば、こちらも冷静に対応するしかない。


 そう考えながら歩き出した青の背後。


 電柱の影に、ひとつの人影が残っていた。


 スマートフォンを握る手。


 画面には、黒金家の外観が映っている。


 さらに、その前に立つ氷凪青の後ろ姿。


「……家まで来たのか」


 低い声が漏れる。


 その声には、怒りとも嫉妬ともつかない、濁った感情が混ざっていた。


「氷凪青……」


 男は画面を見つめる。


 さっき撮った、腕を組んで歩く写真。


 結愛が泣きそうな顔で青に寄り添っていた瞬間の写真。


 そして、家の前で笑っていた写真。


「邪魔だ」


 その一言だけを残して、男はゆっくりとスマホを下ろした。


 夕暮れの住宅街に、冷たい風が吹く。


 その風の中で、男の視線だけが、黒金家の方をいつまでも離れなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。