第21話 凛花の大勘違い
# 第21話 凛花の大勘違い
放課後。
星嶺高校の生徒会室には、静かな空気が流れていた。
窓の外では夕方の光が校庭を赤く染めている。遠くからは運動部の掛け声やボールの音が聞こえてくるが、この部屋の中はどこか別世界のように落ち着いていた。
机の上には資料の束。
氷凪青は黙々と書類を整理していた。
配布用のプリントを揃え、ホチキスで止め、整然と並べていく。
その動作は無駄がなく、淡々としている。
向かいの席では雪城凛花がノートパソコンを操作していた。
カタカタ、と小さなタイピング音。
生徒会の予算表をまとめているらしい。
銀髪が肩の上でさらりと揺れる。
しばらくの間、二人の間には静かな時間が流れていた。
だが、その沈黙は決して気まずいものではない。
むしろ落ち着く空気だった。
凛花はふとキーボードを打つ手を止めた。
少しだけ視線を上げる。
目の前では青が相変わらず無表情で作業を続けている。
凛花は一瞬迷ったあと、口を開いた。
「青」
青は手を止める。
「ん?」
凛花は少しだけ視線を落とした。
「今朝は……ありがとう」
青は軽く首を傾げた。
「電車のことか」
「ええ」
凛花は小さくうなずく。
満員電車の中。
青が自分を守るように立ってくれていたことを思い出す。
あの距離。
あの近さ。
思い出しただけで、頬が少しだけ熱くなる。
(近かったわね……)
だが凛花はすぐに気持ちを切り替えた。
「助かったわ」
青は特に気にした様子もなく答える。
「問題ない」
「押されてただけだし」
それだけ言って、また書類整理を再開する。
凛花は少しだけ微笑んだ。
(本当に……青らしいわね)
感謝されても特に気にしない。
しかし、その自然さが凛花には心地よかった。
凛花は続けて聞いた。
「それと……」
「黒金さんの件はどうなったの?」
青は簡潔に答える。
「解決した」
凛花の表情がほっと緩む。
「そう。よかったわ」
少し間を置き、さらに聞く。
「怪我とか……なかった?」
青はペンを指先で回しながら考えた。
「怪我は……ないけど」
その瞬間。
昨日の公園の光景が頭をよぎる。
結愛の顔。
そして——突然のキス。
青は無意識に少し黙り込んだ。
凛花が首を傾げる。
「けど?」
青は軽く首を振った。
「いや、なんでもない」
「そう」
凛花はそれ以上聞かなかった。
だが、ふと今朝の教室の会話を思い出す。
凛花は少し遠慮がちに口を開いた。
「その……」
青が視線を向ける。
「のあちゃんと、るいちゃん?」
青は瞬きをした。
「ん?」
凛花
「今朝、教室で話してたでしょ」
「あの子たちと遊んだって」
青は思い出す。
「ああ」
「遊んだな」
凛花の手が止まる。
「遊んだの?」
青は普通に答えた。
「軽くだけど」
凛花の眉がわずかに動く。
「軽く?」
青
「時間なかったし」
「少し遊んだだけ」
凛花はその言葉を頭の中で繰り返した。
(軽く……遊んだ……)
なぜか胸の奥がざわつく。
そして、つい口から出た。
「時間がないと……軽く済ませるの?」
青は首を傾げた。
「?」
質問の意味が分からない。
「まあ」
青は少し考えて言う。
「時間あれば」
「もう少し遊べたな」
凛花の顔が少し赤くなる。
(もう少し……!?)
(つまり……もっと……?)
凛花は慌てて聞く。
「時間があれば……」
「じっくり?」
青はあっさり答えた。
「まあ、そうなる」
凛花の頭の中で何かが弾けた。
(じっくり!?)
頬が一気に熱くなる。
凛花は慌てて視線をパソコンに戻した。
だが気になって仕方ない。
「その……」
「黒金さんもいたのよね?」
青
「いた」
凛花
「三人で……遊んだの?」
青は淡々と言う。
「黒金家で」
「ちょっとだけ」
凛花の思考が止まった。
「黒金さんの……家?」
青
「そう」
凛花の顔が一気に赤くなる。
(家!?)
(それって……つまり……)
凛花は動揺を隠しながら聞く。
「親御さんとか……大丈夫だったの?」
青はあっさり答える。
「母親は仕事らしい」
「夜まで帰らないって」
凛花
「……!」
凛花の脳内で想像が暴走し始めた。
(家に大人がいない……)
(男一人……女三人……)
(しかも……じっくり……!?)
凛花は震える声で聞いた。
「じゃ、じゃあ……」
「三人で……」
「青は……」
言葉を選びながら。
「三人同時に……?」
青
「?」
青は即答した。
「いや」
「一人ずつだろ」
凛花
「!!!!」
凛花の顔が真っ赤になる。
(ひ、一人ずつ!?)
(そんな……!!)
凛花は慌てて言葉を探す。
「そ、そう……」
「まだ……それなら……」
青は完全に意味が分かっていない。
凛花はさらに聞く。
「その時……」
「他の二人は?」
「外……?」
青
「いや」
「家にいた」
凛花
「!!!!!!」
凛花の脳内では、とんでもない想像が完成していた。
凛花は震える声で言う。
「声とか……」
「聞こえちゃうでしょ……」
青
「?」
青は不思議そうに言う。
「普通に会話してるし」
「問題ないだろ」
凛花
「え!?」
「会話!?」
凛花の顔はもう真っ赤だった。
凛花は最後の確認をする。
「じゃあ……」
「同じ部屋で……?」
青
「そうだけど」
「結愛がご飯作ってる間だけな」
凛花
「ご飯?」
青は首をかしげる。
「結愛、弟と妹いるんだよ」
「夕飯ごちそうしてくれた」
「それまで」
「弟と妹と遊んでただけ」
沈黙。
数秒。
凛花の顔がさらに赤くなる。
「……」
凛花は両手で顔を覆った。
(わ、私……)
(とんでもない勘違いを……)
青は不思議そうに見ている。
「凛花?」
凛花は顔を真っ赤にしたまま言った。
「そ、そうよね……」
「それは……」
「同時には無理よね……」
青
「?」
青は完全に意味が分からない。
その後。
二人は再び生徒会の仕事を続けた。
凛花は顔が赤いまま。
青はいつも通り。
窓の外では夕焼けがさらに濃くなっていた。
やがて作業が終わり。
二人は学校を出た。
帰り道。
凛花は一人で歩きながら深いため息をつく。
「はあ……」
顔がまだ少し熱い。
「勘違い……」
「恥ずかしかった……」
空を見上げる。
夕焼けが広がっていた。
凛花は小さくつぶやく。
「てっきり……」
「えっちな話かと思ってしまったわ……」
少し歩いてから。
また呟く。
「でも……」
凛花は少し寂しそうに笑った。
「黒金さん、いいな……」
「青と夕食……」
「一緒に食べたのね……」
凛花は夕焼けの空を見上げる。
「私も……」
小さくつぶやく。
「いつか……青と……」
その言葉は最後まで続かなかった。




