第16話 恋人の作戦
# 第16話 恋人の作戦
凛花の相談を聞いたあと、氷凪青と雪城凛花はそのまま生徒会室へ戻ってきた。
廊下を歩く間、二人の会話はほとんどなかった。
気まずいわけではない。
ただ、先ほど校舎裏で交わした会話が、まだ二人の中に残っていた。
凛花は少し落ち着いた表情をしていたが、時折青の方をちらりと見ている。
青は普段通りの無表情だった。
しかし頭の中では別のことを考えている。
(朝の通学電車)
(同じ時間、同じ車両)
(犯人は常習の可能性が高い)
(明日から凛花と通学すれば状況を確認できる)
そんなことを考えているうちに、生徒会室の前に着いた。
青がドアを開ける。
中には書記と会計の生徒が残っていた。
「おかえりなさい、会長」
「おかえりなさい、氷凪くん」
青は軽くうなずく。
「仕事の続きをやる」
凛花も席に戻った。
それからしばらく、生徒会室には紙をめくる音だけが響いた。
だが——
書記と会計は、こっそり二人の様子を観察していた。
(なんか空気変わってない?)
(さっきまで普通だったのに)
(会長ちょっと機嫌よさそう)
そんな視線など気づかないまま、青は淡々と仕事を進めていた。
やがて青が時計を見る。
結愛との待ち合わせ時間が近い。
青は書類をまとめて立ち上がった。
「今日は先に帰る」
そう言って、凛花の方を見る。
「凛花」
一瞬。
生徒会室の空気が止まった。
書記と会計が同時に顔を上げる。
「……じゃあ、明日の朝」
青はそれだけ言ってドアへ向かった。
パタン。
ドアが閉まる。
沈黙。
数秒後。
書記がぽつりと呟いた。
「……今」
「会長を呼び捨てに……?」
会計も驚いた顔をしている。
「氷凪くん、やるわね……」
二人の視線が凛花に向いた。
凛花は少しだけ頬を赤くしながら微笑んだ。
「うん」
「青」
「明日よろしくね」
その言葉に、書記と会計はさらに驚いた。
(え!?)
(会長も呼び捨て!?)
(この数分で何があったのーーー!?)
生徒会室は一気にざわついた。
◇◇◇
青が教室へ戻ると、そこには黒金結愛がいた。
自分の席に座り、机に頬杖をつきながらスマホを見ている。
だが青が教室に入ってくると、すぐに顔を上げた。
「おそーい」
腕を組んで言う。
しかしその表情はどこか楽しそうだった。
青は言う。
「ごめん」
「生徒会の仕事が思ったより多くて」
結愛はすぐに笑った。
「冗談よ」
「一緒に帰ってもらってるのはこっちなんだから」
「文句言わないわよ」
青は少し考えて言う。
「でも予定より遅れたのは事実だ」
「弟と妹、待たせてるだろ」
結愛は肩をすくめる。
「ちょっとくらい大丈夫よ」
「そんな子供じゃないもの」
青はうなずく。
「そうか」
そして歩き出した。
「でも急ごう」
「腹空かせて待ってるかもしれない」
結愛は少し驚いた顔をする。
それからふっと笑った。
「やさしいね、青は」
「別に」
青はいつもの調子で答えた。
◇◇◇
校門を出て、しばらく歩いたところで。
青が言った。
「結愛」
「ん?」
「今日はちょっとやりたいことがある」
結愛は首を傾げる。
「なに?」
青は周囲を確認してから、結愛の耳元で小さく言った。
作戦の内容。
結愛の顔が一瞬で真っ赤になる。
「えっ!?」
「ちょっと、それ恥ずかしいんだけど!」
青も少しだけ照れていた。
「昨日わかった」
「つけられてる」
「なら誘き出すしかない」
結愛は青の顔を見る。
「青ってさ」
「たまに大胆よね」
「合理的判断だ」
「合理的で恋人ごっこするの?」
「……」
青は少しだけ視線を逸らした。
「俺も恥ずかしい」
その言葉に、結愛は思わず笑った。
「なにそれ」
「かわいいじゃん」
「かわいくない」
◇◇◇
帰り道。
結愛は昨日の帰りを思い出していた。
昨日は少し距離があった。
だから今日は違う。
結愛は思い切り青の腕に抱きついた。
「……!」
青の体が一瞬固まる。
「お、おい」
「近い」
結愛はニヤニヤしている。
「恋人のフリなんでしょ?」
「だったらこれくらい普通よ」
さらに腕を絡める。
胸が腕に当たる。
青は視線を逸らした。
「ベタベタしすぎだ」
「昨日青が言ったんじゃん」
「恋人っぽく見せるって」
青は小さく息を吐いた。
「それはそうだが」
結愛は顔を覗き込む。
「青さ」
「なんだ」
「顔赤い」
「……気のせいだ」
「気のせいじゃない」
結愛はくすっと笑う。
「かわいい」
「うるさい」
そんなやり取りをしながら、二人は歩いていった。
◇◇◇
しかし。
その様子を遠くから見ている影があった。
電柱の陰。
スマートフォンを握る手。
画面には、腕を組んで歩く二人の姿。
低い声。
「……なんだあいつ」
スマホを握る手に力が入る。
「僕の結愛ちゃんに」
「ベタベタと……」
カシャ。
シャッター音。
写真が保存される。
男はスマホの画面を見つめながら呟いた。
「氷凪青……」
「邪魔だ」




