第13話 結愛の相談
# 第13話 結愛の相談
放課後の校舎は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
中間試験の結果発表からは、すでに数日が経っている。教室にはいつもの日常が戻りつつあり、順位の話題も少しずつ落ち着いてきていた。
それでも時折、
「次の期末どうする?」
「今回ヤバかったんだけど」
そんな声が聞こえてくる。
その空気を背にして、生徒会室を出た青の隣で、黒金結愛が小さく言った。
「……青、ちょっといい?」
青は足を止める。
「どうした」
結愛は廊下の奥をちらりと見た。
「ここじゃ話しにくいんだよね。人気ないとこ行こ」
「わかった」
青は特に理由を聞かず、結愛の後ろを歩いた。
校舎裏。
ベンチが一つ置かれているだけの場所。
グラウンドからは運動部の掛け声が遠く聞こえてくるが、ここまではぼんやりとしか届かない。
夕方の風が少し冷たい。
結愛はベンチの前で立ち止まった。
そして、俯く。
スカートの端を指でつまんでいる。
青はその様子を見て思った。
——珍しい。
結愛は普段、弱いところを見せない。
むしろ周りを明るくする側の人間だ。
その結愛が、こんなふうに言葉を探している。
それだけで、今回の相談の重さは十分伝わってきた。
青は静かに言った。
「で、相談って」
結愛は少し迷ったあと、口を開く。
「……ちょっと助けてほしいんだけど」
青は即答した。
「俺でよければ、力になる」
その瞬間。
結愛の目が潤んだ。
ほんの少しだけ。
だが、それは青には十分すぎる変化だった。
青はポケットからティッシュを取り出す。
「大丈夫か」
「……ありがと」
結愛は目元を押さえながら苦笑する。
「なんかさ、青の前だと気が抜けるんだよね」
「そうか」
「そこ、もうちょっと優しい返事ないの?」
「ない」
「即答かよ」
少しだけ、結愛の表情が緩んだ。
それから、ゆっくり言った。
「実はさ……最近、変な人に付きまとわれてる気がして」
青の目が細くなる。
「ストーカーか」
「まだ断定できないんだけどね」
結愛はスマホを取り出した。
「最初はさ、下駄箱に手紙が入ってたの」
「ラブレターかなって思うじゃん?」
「まぁ、私ギャルだし。変なの寄ってくることもあるし」
そう言って笑おうとしたが、うまく笑えなかった。
「でも……これ」
スマホ画面を青に見せる。
そこには写真。
遠くから撮られたもの。
校門。
教室。
コンビニ前。
すべて結愛が写っている。
明らかに——隠し撮りだった。
青は黙って写真を見た。
撮影距離。
角度。
時間帯。
数秒確認してから言う。
「ラブレターではないな」
「だよね」
「写真も隠し撮りだ」
「うん」
結愛は小さく頷いた。
「最初はさ、手紙とか写真くらいなら我慢できたんだよ」
「でも最近……帰り道で人の気配するんだよね」
「振り返っても誰もいないんだけど」
「でも絶対いる気がして」
「コンビニ入ると消えたりするし」
「気のせいかなって何回も思ったんだけど……」
結愛は腕を抱いた。
「ちょっと怖くて」
青は聞いた。
「心当たりは」
結愛の顔が少し曇る。
「ないよ……」
「私さ、こう見えて人に嫌われないよう結構気をつけてんの」
「迷惑かけないようにさ」
声が少し震えていた。
青はすぐ言った。
「ごめん」
結愛が顔を上げる。
「犯人が分かれば対策を立てやすいと思っただけだ」
少し間を置いてから、青は言う。
「結愛はそういうことをするやつじゃない」
結愛は目を瞬いた。
その瞬間。
青の手が頭に触れる。
「よしよし」
軽く撫でる。
結愛の顔が一気に赤くなった。
「ちょ、ちょっと青!?」
「悪かったか」
「いや悪くないけど!」
「なら問題ない」
「いや問題あるんだって!」
結愛は顔を逸らす。
「……青さ、そういうの無自覚でやるのズルいんだけど」
「意味がわからない」
「わかってないのが一番ズルいっての」
青は本気で理解していない顔をしていた。
結愛はため息をつく。
「もういいや……」
そしてバッグから封筒を取り出した。
青はそれを読む。
『いつも見ている』
『今日も可愛い』
『気づいていないだけ』
青の表情がわずかに険しくなった。
「結愛」
「ん?」
「怖かっただろうに」
結愛は少し笑った。
「まぁね」
それから、ぽつりと言った。
「手紙とか写真くらいならまだ良かったんだよ」
「でもさ……」
結愛は言葉を止めた。
少し俯く。
「最近、家の近くまでついてきてる気がして」
青の表情が変わる。
「家の近く?」
「うん」
結愛は頷いた。
「うちさ、妹と弟いるじゃん」
「乃愛と琉生」
「覚えてる」
「うん……」
結愛の声が弱くなる。
「うち片親なんだよ」
「母親一人で働いてさ、家計支えてて」
「めちゃくちゃ頑張ってんの」
結愛は唇を噛んだ。
「だからさ……」
「もし、あいつが……」
「乃愛とか琉生に近づいたらって思ったら……」
そこで言葉が止まった。
目から涙がこぼれる。
「……ごめん」
「私、全然平気なフリしてたけど」
「ほんとはめっちゃ怖くて」
「家族に何かあったらって思ったら……」
声が震えた。
青は少し考える。
それから、静かに言った。
「大丈夫だ」
結愛が顔を上げる。
青は言った。
「結愛の家族には近づかせない」
「俺が対処する」
その言葉は、感情的ではなかった。
ただ、事実を述べるように。
結愛は目を瞬いた。
「……青ってさ」
「何だ」
「そういうとこ、ヒーローっぽいよね」
「合理的判断だ」
「そこ否定しないんだ」
青は少し身を乗り出した。
「対策を考えた」
「聞くか」
結愛は頷く。
青は耳元で作戦を説明した。
・しばらく一人で帰らない
・証拠は全部保管
・帰宅ルートを変える
・家の周囲も確認
結愛の目が大きくなる。
「え……それガチの対策じゃん」
「ガチだからな」
「青、本気で守る気じゃん」
「当然だ」
青は立ち上がった。
「まず」
短く言う。
「今日は一緒に帰る」
結愛は目を丸くした。
「え、いいの?」
「相談を受けた時点で放置はしない」
「それに状況確認も必要だ」
結愛は少し笑った。
「青ってさ」
「ん?」
「彼氏だったら最高だよね」
「意味がわからない」
「そこだよ」
結愛は笑った。
少しだけ、さっきより元気な笑顔だった。
「……ありがと、青」
「助かった」
二人は並んで歩き出した。
夕焼けが校舎を赤く染めている。
青は周囲を観察しながら歩く。
結愛は少し安心した様子で隣を歩いていた。
だが——
その背中を。
遠くから見ている影があった。
木の陰。
スマートフォン。
カメラが向けられる。
カシャ
小さなシャッター音。
「……やっぱり」
低い声。
「氷凪青か」
スマホの画面には、
並んで歩く二人の姿が映っていた。
夕焼けの中で。
二人の距離は、思ったより近かった。




