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星嶺高校の氷凪くんは、たぶん恋を知らない。~恋愛偏差値0のアオが、学年1位の美少女とギャルを救い救われる話~  作者: にめ
3学期:高校卒業

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第77話 昼の雪原、逃げ場なし(2)

# 第77話 昼の雪原、逃げ場なし





 昼食は、男子数人で空いていた長テーブルの一角に座ることになった。


 窓の外では、午後の光を受けた雪面が白く眩しい。テーブルの上には湯気の立つ丼やカレーが並び、スキー帰りの客たちが騒がしく行き交っている。


 葉山は食べ始めて早々、またこちらを見てきた。


「で、さっきの話だけど」


「まだ続けるのか」


「続けるだろ。むしろここからだろ」


 青は箸を止めた。


 こういうときの葉山は、適当に流しても無駄だ。たぶん、自分が何かしら反応するまで諦めない。


「お前さ」


 葉山が声を少し落とす。


「選ばれる側でいるの、楽だったろ」


 その言葉に、青は黙った。


 否定しようとしたが、できなかった。


 楽だった、という表現が正しいかはわからない。けれど少なくとも、自分から何かを決める必要はなかった。


 誰かが好意を向けてきても、自分は曖昧なままでもいられた。受験や妹のことを理由に、答えを先延ばしにすることもできた。


 だが、今は違う。


 結愛は明確に気持ちを示した。

 凛花もまた、青にとって自分がどういう存在かを知りたがっていた。


 そして、青自身も二人のことを“ただのクラスメイト”や“ただの友人”としては見られなくなっている。


「どっちも大事なんだろ」


 葉山が続ける。


「……ああ」


「だから苦しい?」


 青は視線を落とした。


「どちらを選んでも、角が立つ」


 ぽつりと漏れた本音は、自分でも驚くほど率直だった。


 葉山はそれを聞いて、少しだけ苦笑した。


「まあ、そうだな」


「……」


「でもさ、それ恋愛だけじゃなくて、何かを選ぶときは大体そうだろ」


 葉山が珍しく真面目な顔で言う。


「何かを取れば、何かを取れない。みんなそうやって決めてんだよ」


 正論だった。


 だが、わかっていても簡単には割り切れない。


 どちらかを選ぶということは、もう片方を選ばないということだ。

 それはきっと、誰かを傷つける。


 青は箸を持ったまま、しばらく動けなかった。


 陽葵のことを思い出す。


 守れなかったこと。

 選べなかった未来。

 もう取り返せない後悔。


 だからこそ、“失うかもしれない選択”というものに、ひどく臆病になっている自分がいるのかもしれない。


 こういうとき、陽葵なら何と言っただろう。


 きっと笑って、『お兄ちゃん、難しく考えすぎ』と言ったかもしれない。あるいは『ちゃんと自分の気持ち見なよ』と、まっすぐ言ってきたかもしれない。


 だが、その声はもうどこにもない。


 青は小さく息を吐いた。


「助けてくれよ、陽葵……」


 声には出なかった。

 胸の奥で、ただそう思っただけだ。


## ◇


 昼食の途中、ふと顔を上げると、少し離れた窓際の席に凛花たち女子グループが座っているのが見えた。結愛も同じテーブルにいる。さすがに向こうまで話し声は届かないが、笑っている様子は見て取れた。


 結愛は誰かの話に身振りを交えて反応している。明るく、自然で、周囲を楽しくさせる笑顔だった。


 凛花はそんな空気の中でも少し静かめだが、完全に引いているわけではない。必要なときにはきちんと返し、微笑み、場の空気を壊さない。その控えめな存在感が、かえって目を引く。


 青は二人を見て、また思う。


 自分の近くにいたから、当たり前みたいに感じていた。

 だが本当は、どちらも多くの人に好かれて当然の人間だ。


 結愛は、そこにいるだけで周囲を明るくする。

 凛花は、静かなのに不思議と人を惹きつける。


 どちらも、自分が何もせずに“そのままそこにいる”と信じていい相手ではない。


 むしろ、何もしなければ手の届かない場所へ行ってしまってもおかしくない。


 その現実が、ランチの湯気の向こうでやけに鮮明だった。


## ◇


 食事を終えて立ち上がると、ちょうど女子たちのグループも席を立つところだった。


 人波の中で偶然、結愛と目が合う。


「青、午後も滑る?」


「ああ」


「そっか。じゃあ、また転びすぎないようにね」


「お前は最初から転ぶ前提なんだな」


「だって転ぶでしょ」


 結愛はくすっと笑って、それから青の手元に紙コップを押しつけた。


「これ、ホットココア。買いすぎたから半分あげる」


「買いすぎた、で二つになるか?」


「なるの」


 明らかに理由が苦しい。

 だが、わざわざ指摘するのも違う気がして、青は黙って受け取った。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 結愛はそれだけ言うと、女子たちに呼ばれて小走りで戻っていく。


 手の中の紙コップは、雪山の冷えた空気の中でやけに温かかった。


「やさしいなあ、黒金さん」


 葉山が横からわざとらしく言う。


「黙れ」


「図星か」


「違う」


 短く返したものの、完全には否定しきれない自分がいた。


 少しして今度は、凛花がこちらへ歩いてきた。


 彼女はいつもの落ち着いた足取りで青の前に立つと、さりげなく視線を向けた。


「青、少し疲れているでしょう」


「……わかるのか」


「わかるわよ。午前中、昨日より頑張りすぎていたもの」


「別に無理はしてない」


「そういう人ほど無理をしているの」


 凛花はごく自然にそう言った。


「午後、少し休みながらでもいいと思うわ。せっかくの旅行なんだから、怪我をしたらもったいないもの」


「……そうだな」


「ええ」


 そこで凛花は、青の手にある紙コップへちらりと視線を落とした。


 結愛にもらったココアだと気づいたのだろうか。

 ほんの一瞬だけ目元が柔らかくなった気がした。


「温かいうちに飲んだ方がいいわよ」


 それだけ言って、凛花もまた女子たちの方へ戻っていく。


 結愛とは違う。

 直接的に何かを渡すわけではないし、必要以上に近づいてくるわけでもない。

 けれど、青の状態を見ていて、必要な言葉だけを置いていく。


 その違いが、今は妙にはっきりわかる。


 そして、そのどちらにも心が動いてしまう自分が、一番厄介だった。


## ◇


 午後は昨日より少しだけ自由度の高い行動になった。


 上級者は上級者同士で奥のコースへ行き、初心者は初心者で緩やかな斜面に残る。青はしばらく葉山たちと滑ったあと、一人で雪景色の見える端の方へ歩いていた。


 滑る前に少し休もうと思っただけだ。

 だが、本当は頭の中を静かにしたかったのかもしれない。


 遠くの斜面では、誰かが歓声を上げていた。リフトの機械音と、風が吹き抜ける音。白い景色の中にいると、現実感が少し薄れる。


 それでも、考えずにはいられなかった。


 結愛は本気だ。

 凛花もまた、決して軽い気持ちではない。


 そして、自分自身も、もう何も感じていないふりはできない。


 だが、それをどう定義すればいいのかがわからない。


 恋なのか。

 まだその手前なのか。

 あるいは、陽葵を失ったあとで、誰かを特別に思うこと自体に罪悪感のようなものを感じているのか。


 わからない。


 わからないまま、それでも時間だけは進む。


 この旅行も、明日には終わる。

 終わればまた、みんなそれぞれの場所へ戻っていく。

 高校という同じ箱の中にいた日々は、もう本当に終わってしまう。


 何も決めないままで、いいのだろうか。


 青は空を見上げた。


 冬より薄い青空だった。


 春が近づいている。

 変わっていく。

 望む望まないに関わらず、何もかもが。


## ◇


 夕方、リフトの最終時刻が近づく頃には、クラスメイトたちも少しずつ疲れた顔を見せ始めていた。それでも、誰かが「最後の一本行こう」と言えば、また笑いながら立ち上がる。


 旅の終わりが近いことを、みんな本能的にわかっているのかもしれない。


 青は最後の一本を滑り終えたあと、板を外して雪原を振り返った。


 白い斜面に、無数の跡が刻まれている。

 昨日と今日で、何度も転んで、何度も立ち上がった。その跡は、やがてまた新しい雪に埋もれるのだろう。


 それでも、確かに自分はここを滑った。


 そう思うと、不思議と少しだけ落ち着いた。


 人の気持ちも、同じなのかもしれない。

 曖昧でも、不格好でも、一度生まれたものは簡単にはなかったことにならない。


 結愛の想いも。

 凛花の想いも。

 そして、自分の中に芽生えかけている何かも。


 簡単に答えが出るものではない。

 だが、目を逸らしたままではいられない。


 レストハウスへ戻る途中、葉山が隣に並んだ。


「今日はどうだったよ」


「何がだ」


「いろいろだよ」


 青は少し考えてから、短く答えた。


「……わからないことが増えた」


「はは。進歩じゃん」


「そうなのか」


「少なくとも、何もないって言い張ってるときよりはな」


 葉山はそう言って笑った。


 青もそれ以上は言い返さなかった。


 たしかに、何もないとはもう言えない。


 この旅行が終われば、また少し景色は変わるだろう。

 それまでに答えを出せるかはわからない。

 おそらく、まだ無理だ。


 けれど、何も決めないままでずっといられるほど、自分たちはもう子供ではない。


 白い雪の向こうに、夕陽が沈みかけていた。


 その光景を見ながら、青は静かに思う。


 もう、誰も待ってくれないのかもしれない。


 だからこそ、自分の足で進まなければならない。


 まだ答えの出ない想いを抱えたまま、青はホテルへの道を歩き出した。


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