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星嶺高校の氷凪くんは、たぶん恋を知らない。~恋愛偏差値0のアオが、学年1位の美少女とギャルを救い救われる話~  作者: にめ
3学期:高校卒業

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第75話 卒業のあとで(1)

# 第75話 卒業のあとで


 卒業式が終わってもしばらくのあいだ、校内の熱は冷めなかった。


 校門の前では、花束を抱えた卒業生たちが家族や友人と写真を撮り合い、校舎の廊下では後輩たちが最後の言葉を伝えようと列を作っていた。泣きながら抱き合う女子たちの声。男子同士の肩を叩き合う音。どこを見ても、別れと始まりが入り混じっている。


 氷凪青は、そんな喧騒から少し離れた渡り廊下の窓際に立っていた。


 さっきまで後輩たちに囲まれ、写真を撮り、寄せ書きを受け取り、礼を言われていた。そのどれもが不思議な感覚だった。自分がそんなふうに見られていたとは、最後まであまり実感がなかったからだ。


 けれど今は、その余韻よりも、もっと別のものが胸の奥に残っていた。


 凛花のこと。

 結愛のこと。


 卒業式のあと、後輩たちに囲まれている二人を見たとき、青は改めて思い知った。雪城凛花も、黒金結愛も、自分のすぐそばにいるのが不思議なくらい、多くの人の目を引く存在なのだと。


 凛花は、誰もが見惚れるほど綺麗だった。

 結愛は、周りを明るく照らすような魅力があった。


 当たり前みたいに同じ教室にいて、当たり前みたいに話してきた。それが少し不自然に思えるほど、二人は“特別”だった。


「青」


 背後から声をかけられ、振り返る。


 葉山颯が、ジュースの缶を片手にこちらへ歩いてきていた。ネクタイを少し緩め、式の緊張から解放されたような顔をしている。


「こんなとこにいたのか。探したぞ」


「探すほどのことか」


「あるだろ。卒業したんだぞ、今日」


 葉山は青の隣に立ち、窓の外を見た。


「なんか、変な感じだな」


「……ああ」


「明日からもう、ここに来なくていいんだもんな」


「来なくていい、というか、来る理由がない」


「言い方が青だなあ」


 葉山は苦笑し、それから小さく息を吐いた。


「でも、ほんと終わったんだな」


 その言葉には、いつもの軽さがなかった。


 青は黙って窓の外を見た。校庭の隅では、結愛がまだ後輩たちに囲まれている。少し離れた場所では、凛花の周りにも人だかりができていた。最後の最後まで、二人の周囲には人が集まる。


 葉山も同じ方を見ていたのか、ふっと笑った。


「雪城も黒金も、相変わらずだな」


「そうだな」


「お前、ああいうの見てどう思う?」


「どう、とは」


「いや、そのままの意味」


 青は少し考え、それから短く答えた。


「すごいと思う」


「へえ」


 葉山がわずかに眉を上げる。


「素直じゃん」


「事実だからな」


 そう言ったあと、青は視線を逸らした。


 凛花も、結愛も、誰かに好かれて当然の人間だ。

 それは頭ではわかっている。


 わかっているはずだった。


「……なあ、青」


 葉山が少し声を落とした。


「ちょっと付き合えよ」


「どこに」


「いいから」


 そう言って、半ば強引に青の肩を押す。


 葉山がこういう態度を取るときは、大抵ろくでもないことか、妙に重要なことのどちらかだ。青は小さくため息をついたが、振り払うほどではなかった。


「五分だけだ」


「はいはい」


## ◇


 葉山に連れられ、青は人通りの少ない校舎裏へ向かった。


 卒業式の日の校舎裏は、普段より少し静かだった。表側のにぎわいとは違い、こちらには時折風が抜ける音と、遠くから聞こえる笑い声だけが届いてくる。


「葉山、何がしたい」


「しっ」


 葉山は青の言葉を遮り、角の向こうを顎で示した。


 青がわずかに身を乗り出して見ると、そこには二人の人影があった。


 ひとりは、雪城凛花。


 もうひとりは、見覚えのある男子だった。同級生ではない。おそらく二年か、あるいは同じ三年でも別クラスの生徒だろう。ブレザーの襟元をきっちり整え、ひどく緊張した顔で凛花の前に立っている。


 青は、自然と口を閉じた。


 男子生徒の表情を見た瞬間、何が始まっているのか、すぐにわかったからだ。


「雪城先輩」


 震えるような声が聞こえる。


「急に呼び出して、すみません」


「いいえ」


 凛花は真っ直ぐに相手を見ていた。その態度はいつも通り落ち着いているが、こういう場に慣れているからこその静けさにも見えた。


「どうしたのかしら」


 男子生徒は一度大きく息を吸い、それから言った。


「ずっと、好きでした」


 風が止まったような気がした。


 青は無言のまま、その場に立っていた。


 当然だ、と思う。

 凛花ほどの相手なら、告白されることなど珍しくないのだろう。今までだってきっと何度もあったに違いない。卒業の日ならなおさらだ。


 頭では、そう理解していた。


 けれど、実際にその場面を目の前にすると、胸の奥が妙にざわついた。


「僕、先輩のことをずっと見てました。生徒会長として頑張ってるところも、ミスコンのときも、勉強してる姿も。大学いっても、もし迷惑じゃなければ……付き合ってください」


 真っ直ぐな告白だった。


 凛花は少しだけ目を伏せたあと、再び相手を見た。


「……ありがとう」


 その言い方は、柔らかかった。


「そう言ってもらえて、嬉しいわ」


 期待がわずかに宿る相手の顔を見てから、凛花は静かに続けた。


「でも、ごめんなさい」


 男子生徒の肩がわずかに落ちる。


 凛花は言葉を選ぶように、一拍置いた。


「私、もう……大切に思っている人がいるの」


 青の指先が、わずかに動いた。


 名前は出なかった。

 誰のことかも言わない。


 けれど、その言葉に込められた重みは、はっきり伝わってきた。


 凛花は続ける。


「だから、あなたの気持ちには応えられないわ。本当に、ごめんなさい」


 男子生徒はしばらく黙っていたが、やがて苦く笑った。


「……そっか」


「ごめんなさい」


「いえ。ちゃんと聞けてよかったです。ありがとうございました」


 そう言って頭を下げると、彼は背を向けて去っていった。


 凛花はその背中を静かに見送り、ひとりになってもすぐには動かなかった。


 風が彼女の髪を揺らす。


 その横顔を見ていると、青はなぜだか声をかけることができなかった。


 凛花は、やがて小さく息を吐き、何事もなかったように歩き出した。


 こちらには気づいていない。


 彼女の姿が見えなくなるまで、青はしばらくその場を動けなかった。


「……な?」


 葉山が小声で言う。


 青は返事をしなかった。


 胸の内側で、さっきの言葉が繰り返されている。


 大切に思っている人がいる。


 その言葉の意味を考えないわけにはいかなかった。


## ◇




「もう一個ある」


 葉山がそう言ったとき、青は露骨に眉を寄せた。


「まだ何かあるのか」


「ある」


「帰りたい」


「まあ待てって」


 葉山に促されるまま、今度は体育館の裏手に回る。


 そこもまた人目が少なく、卒業式の日特有の、妙に特別な空気が漂っていた。少し離れた場所では在校生たちの笑い声が聞こえるのに、ここだけは不自然なくらい静かだ。


 青は、嫌な予感のようなものを覚えていた。


 そしてそれは、すぐに現実になる。


 そこにいたのは、黒金結愛だった。


 彼女の前には、同じく男子生徒が立っている。背の高い、運動部らしい体つきの生徒だった。顔立ちは悪くない。卒業式用に髪も整えていて、真剣な表情で結愛を見つめている。


 結愛は少し驚いたような、それでいて困ったような顔をしていた。


「えっと……急に呼び出して、どうしたの?」


 その問いに、男子生徒は一瞬だけ視線を落とし、それから覚悟を決めたように顔を上げた。


「黒金。好きだ」


 単刀直入だった。


 結愛が目を瞬かせる。


「前からずっと気になってた。明るくて、誰にでも優しくて、でもちゃんと周り見てて。黒金と一緒にいると元気出るんだ」


 青は、その言葉を妙に鮮明に聞いていた。


 そうだろうと思う。

 結愛は、そういう人間だ。


「もしよかったら、付き合ってほしい」


 結愛は、しばらく黙っていた。


 驚いているのだろう。こういう場に慣れていないわけではないはずなのに、それでも今日という日の告白には特別な重さがあるのかもしれない。


 彼女は小さく息を吸い、申し訳なさそうに笑った。


「……ごめん」


 その一言だけで、答えはわかった。


 男子生徒は目を伏せる。


 結愛は続けた。


「すごく嬉しい。ほんとに、ありがとう。でも、あたし……もう気になってる人がいるんだ」


 青の喉が、かすかに詰まった。


 結愛は少しだけ照れたように視線を逸らしながら、それでも真面目に言う。


「たぶん、っていうか……たぶんじゃないか。ちゃんと、特別な人」


 その言い方は結愛らしかった。


 凛花のように静かに切り分けるのではなく、少しだけ感情が混ざっている。照れと本音が、隠しきれずに滲んでいる。


「だから、ごめん」


 男子生徒は黙ったあと、苦笑いした。


「そっか……」


「うん」


「正直、なんとなくそんな気はしてた」


「え?」


「黒金、たまにすげー優しい顔するから」


 その言葉に、結愛は明らかに動揺した。


「な、なにそれ……」


「見る相手、たぶん決まってるんだろうなって思ってた」


 男子生徒はそれ以上は言わず、「ありがとう」とだけ残して去っていった。


 ひとり残された結愛は、その場でしばらく立ち尽くしていたが、やがて両手で頬を押さえた。


「……もう、なにそれ」


 小さく漏れた声は、少しだけ恥ずかしそうで、少しだけ困っていた。


 青は、その姿を見ながら動けなかった。


 凛花のときとは違うざわめきが、胸の奥で広がっていく。


 結愛の“特別な人”という言葉。

 昨日のキス。

 ホワイトデーに見せた涙。

 髪留めをつけて笑っていた顔。


 それらが急に一本の線で結ばれた気がした。


 結愛はしばらくして気持ちを切り替えるように頬を軽く叩き、深呼吸してから歩き出した。こちらには気づいていない。


 彼女が去ったあとも、青はしばらくその場に立ち尽くしていた。


## ◇


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